第9話
開始の合図が下され、アイノは先手必勝とばかりに駆け出す。
習得したばかりの縮地で一気に距離を詰め――
「キミのそれは、ボクにとって縮地じゃないよ。……だってあまりに遅いんだもん」
拳を
すかさず防御にまわり、蹴られた衝撃を利用して後方へと飛び下がるアイノ。
「まさか、視えているんですか?」
「じゃなきゃ反応できないって」
そんじょそこらのウィザードなら、間違いなく成功していたアイノの奇襲。
だが、ステラは軽々と見切り、あまつさえ反撃までしてきた。
予想以上の強さに、アイノは気を引き締め直す。
「まだまだ! そっちが来ないなら続けさせてもらいますッ」
仕掛けてくる様子のないステラ。彼女は余裕綽々といったように指を曲げて挑発する。
「せいぜいボクを楽しませてよ」
アイノは先程よりも脚に強い力を入れ、迫撃していく。
動きを見切られているのは理解した。ならば、と彼女は突き出した拳を広げてステラの腕を掴んだ。
「ふぅん。当たらないなら、捕まえて関節技って感じ? 良い選択だけど――」
腕を引いて一気に地へと組み伏せる――つもりだったが、アイノの体は宙へと投げ飛ばされていた。
ふわりと飛んでいる感覚に陥りながら、似たような事が最近あったなと思い出す。
(確か、アイキドーでしたっけ)
相手の力を逆に利用するというモノ。ステラは武の技を使う事は承知していたが、改めて理解させられる。
(ステラさんは……先生に近い実力を持つ、近接型のウィザード――ッ!)
アイノは震える。それは恐怖や不安などからくる怯えではない。
――武者震い。
恐らく他にはいないと思っていた戦闘スタイル。それも、現状は自分の上位互換が現れた事に喜びを覚えていた。
気付けば目の前にステラの踵が振り翳されている。
「ふ……ッ」
体を回転させ、鼻先を掠らせながらも回避したアイノ。着地の衝撃を前転で逃し、控えめに両手を前へと突き出して警戒する。
ステラは多少驚きを見せたが、すぐに歯をむき出して獰猛に嗤った。
「いいよ。すごくいい。今の回避もそうだけど、なにより――その闘気が心地良いッ!」
元気なスポーツ少女という印象は消え、一人の凶戦士と化したステラは「今度はこっちの番だよ」と反撃に出た。
脇を締め、自分でも得意といえる防御……
「……え、ぅ」
だが、すでにステラの拳は腹部に刺さっていた。
「これが本当の縮地だよ。見えなかったでしょ? ま、仮に見えて防御されたとしても意味ないんだけど」
まるで内蔵がぐちゃぐちゃにされている不快感。いくら硬くしていても意味が無いとライズが言っていたが、こういうことかと身を以て知った。
こみあげてくる吐き気を抑え、今にも崩れ落ちそうな膝を奮い立たせる。
「……へぇ、倒れないんだ」
先程よりも大きな驚きで問うてくるステラに、アイノは空元気で答えた。
「私はッ、防御が得意なんですッ。打たれ強いんですよッ!」
叫んだせいで体がふらついた。だが倒れるわけにいかないと、力強く一歩を前に踏み出していく。
同時にステラの胸へ拳を突き出す――が、あと拳一個分というところで腕は伸びきっていた。
「残念。惜しか――ッ!?」
少しの落胆を醸し出したステラだったが、目を大きく見開いて自分の胸に手を当てていた。
「……なに、今の。気のせい?」
ステラはしばらく胸を摩っていたが、ドサッ、という音に視線を向けた。
「勝者、ステラ=ミーティア」
アイノのノックアウトを確認したユウが、勝者を告げた。
***
ライズは気絶しているアイノを抱き抱え、ステラの方へ視線を向けた。
「約束はどうなった?」
「果たしたよ。ま、どれだかは教えないけどね」
「……少なくとも派手なモノじゃないって事か? 純粋な身体強化か、それとも……」
間違い無く固有属性を出したと言う彼女。一体どれの事だと推理していると、ステラがじっと見てくるのに気付いた。
「ね、その子の動きってさ、全部キミが教えたの?」
「あー、なんだ。縮地とか応用の技はそうだが、基本の動きは昔の俺の映像を観て覚えたんだとよ」
「ふぅん。じゃあさ、最後の――」
と、そこでライズの肩を借りていたアイノが目を覚ました。
「むにゅ……はッ!? 勝負はどうなったんですッ!」
「お前の負けだよ」
「そんなぁ」
崩れ落ち、項垂れるアイノ。そんな彼女にステラは手を差し伸べた。
「確かにボクの勝ちだけどさ。久しぶりに楽しいって思えた戦いだったよ!」
「ど、どうも。……負けちゃいましたけど、私も同じ気持ちです」
互いの手を取り合い讃え合う姿に、ライズは「うんうん」と満足げに腕を組む。
「あ、でも先生の事をバカにしたのは許してませんから! 早く謝ってくださいっ」
すぐに握手を切る弟子の姿に、ライズはがっくりと首を落とした。
「えー、別にバカにはしてないんだけど。ただ事実を言っただけで……でも、うん。ちょっと舐めてたかも。落ちぶれた魔王に何が出来るんだってね。けれど、実際は腐らず自分の跡継ぎを立派に育てていた。……さすが、ボクの憧れていた魔王さまだよ」
(いやなんか脚色が――え、憧れ?)
変に過大評価されていることに口を引き攣らせていると、まさかの言葉が出てきて驚く。
「ん、どしたのさ」
当の彼女が首を傾げると、アイノが凄い勢いで両肩を掴みに行った。
「あこ、憧れッ!? どどどどういうことですかッ!」
充血している目を近距離で見せられてドン引きのステラ。
「どういうこともなにも……ボクの戦闘スタイルの基礎はフォールズ流だよ? まぁ、ちょこっとアレンジを加えてるけどね」
自分達と似たような、なんて言ったが。まさかまんま同じだとは思わず、驚きに包まれるライズ一同。
そこで、ユウが代表して気になる事を聞いてくれた。
「何でわざわざ? あなた、フォルティでもないでしょう」
今の時代、フォールズ流魔闘術なんて使ってるウィザードは居ない。それは廃れた理由の一つ「遠距離から魔闘術使った方が安全で強い」というのがある。
なのに、フォルティでもないステラがわざわざ近接戦闘を仕掛ける理由はなんなのか。
「そんなのボクと相性が――あー、これ以上はダメー。ノーコメントだよっ」
「あぶないあぶない」と笑うステラは体を解すように背を伸ばした。
「今日は楽しかったー、満足満足。次は大会で、だね」
にひっ、と言った彼女に、アイノは頷いた。
「大会までまだ時間はあります。……少しでも強くなって、リベンジですっ」
「もうほんと楽しませくれるよね、キミ」
そこではっとした様子のアイノ。
「キミキミ、って。私、ステラちゃんより一個上の先輩なんですけど」
「そうなの? けどボクより弱い人を敬うのはなぁ」
「むむっ、いけません。礼儀は大事なんですよ」
きゃっきゃと姦しい彼女たちを、遠目から大人二人が見守る。
「大会、どうなるかしらね」
「…………」
「アイノちゃん、張り切ってるわね。案外良い所まで進むかも」
「…………」
「ステラちゃん、珍しくもあんたのファンじゃない。いまどきフォールズ流なんて希少種ね」
黙したままのライズに、ユウは溜め息をついた。
「とりあえず、今できる事を精一杯やりましょ」
「……あぁ」
己の掠れた声を聞いて、情けなくなったライズは苛立ち交じりに舌打ちをならす。
そして少女二人の姿が眩しいと、目を逸らした。
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