3章 魔闘大会
第10話
数日後にはもう魔闘大会が始まるというのに、アイノの修行は順調とは言い難かった。
並行してユウからパフォーマンスの
「すぅー、はぁッ! ……いっだいですぅッ」
魔闘塾・コボシの裏庭にある、見上げるほどの大木。アイノはそこに拳を打ち付けていた。
ビクともせず表面が軽く剥がれただけの大木に対し、彼女のダメージは甚大のようだ。
呆れた様子のライズは、蹲るアイノを退けて大木に拳をピタリとくっつけた。
「何度も言うが、力任せにやれば良いってもんじゃない。脚から流れるように上半身、そして肩、腕に力を伝達させ――」
瞬間、ゴッ――ッ、という音が響き、大木に穴が空いた。
「ステラの《徹し》と似ているが、アレは中をかき乱すのに対し、コレは真っ直ぐに貫く技だ。こんな風にな」
傷を負ってもすぐさま縫うように治る魔法の大木をコンコンと叩きながら解説するが、アイノは赤くなっている拳を摩って不満を表していた。
「先生、拳痛くないんですか?」
「痛くない。拳で殴ってないからな」
「えっと?」
今まではスポンジのように教えた事を吸収していた彼女だが、ことこれにおいては難しいようだ。でもそれも仕方ないと思えてしまう。
何故なら、
「拳は触れているだけ。実際に衝撃を与えるのは魔力だよ」
縮地の時も魔力を使っていたが、それは噴射している魔力に後から脚を合わせれば良いだけだった。
イメージとしては車の運転だ。魔力噴射がエンジンで、踏みだしの脚がアクセル。
言ってしまえば、魔力を吹かしておけばあとは自分の好きなタイミングで踏み出せば良いのが縮地。
しかしこちらの技は、突き出す腕に合わせて魔力を放つという順になる。
それは、魔力操作が苦手なフォルティにとって難しい事だった。
「パイルバンカーって知ってるか?」
知らないと首を振る彼女に、ライズは腕を伸ばしながら説明する。
「資料は少ないが、古代にあった武器らしい。拳打と共に杭を噴射し、打ち込む武装だとよ。これはその杭の部分を魔力に置き換えただけ。拳での一撃を加えた後、刹那の瞬間に魔力で二撃目を与える技だ」
「ほへー、その技の名前は?」
「ねーよ」
「え、そうなんですか?」
己の拳を見つめて答えるライズ。
「このパイルバンカーもどき、俺は使えてるとは言えないからな」
「使えてないって……さっき穴を空けてたじゃないですか」
よく分からない、と首を傾げる弟子の頭を掴んでグルグルと回す。
「使えていたら、穴が空くだけじゃすまないんだよ。……ま、名前に関してはお前が好きにつけな。もちろん、出来たらな」
「出来る気がしませんー」
情けなくも弱音を吐いたアイノ。
ライズは先日あったステラとの勝負を脳裏に浮かべる。
「いや、お前はきっと出来るようになる。ステラと戦った最後の瞬間を覚えてるか?」
「へ? いやー、ちょっと意識が朦朧としてたので」
「あの時、お前は偶然ながらもやってみせた。未完成にもほどがあるがな」
「えーっ、全然覚えてないです! むぅ、なんとか思い出してコツをーっ」
こめかみにグリグリと指を押し付ける彼女に、ライズは己のリングをかざして見せた。
「コツは知らんが、お前と俺には明確な違いがある。それがコレ、オーラリングだ」
「オーラリングですか? えっと、確かに私のは魔力の許容量は多いですね」
「リング自体の違いじゃない」
ライズは自らのリングを外してから、大木に拳をつけた。アイノにも同じ事を要求し、先程教えた技をやってみろと言う。
すると、アイノ側は大木の表面に傷をつけていたが、ライズの方は何も起きていなかった。
「あれ、先生はやらないんですか?」
「やった。ま、やれるはずがないんだけどな」
そこまで言われ、アイノはやっと理解した。
「そう。俺は
「私の魔力器官は常人より魔力の吸収が遅いだけで、溜めてはおける――」
頷くライズ。
「あぁ。言っちまえば、常人より溜めておける魔力量はリング一つ分多い。それはお前の強みであり、唯一無二の利点だ。ステラ戦の最後、偶然にもリングに僅かながら残っていた分だけ放った。それを今度は魔力器官にある分を合わせて――どした?」
ポカンとしているアイノに「ちゃんと聞いてるのか」と眉を寄せる。彼女は慌てて謝るが、その表情は嬉しそうだった。
「オーラリングなんて、フォルティの証でしかない負の象徴なのに……私の利点なんて、唯一無二なんて……初めてですよ、そんな事言われたの」
「……ま、フォルティを見下してばかりなこの世の中じゃな」
なんだか恥ずかしくなり、ぼりぼりと頭を掻いて背を向ける。
そんな師匠の姿がおかしくうつったのか、弟子は「ふふっ」と笑って腕を振り上げた。
「よーし、やったりますよ! やる気、元気、アイノ=キャンディ、ですっ」
それから数時間、大木を叩きつける音が魔闘塾・コボシを彩るバックグラウンドミュージックと化していった。
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