第20話

「風邪、引いちゃうわよ。……どうして此処に?」

「行くとこねーんだよ。お前に負けたから」


 そんな皮肉を言ってやると、彼女は気まずそうに目を背けた。


「いや冗談だよ。俺の自業自得。先を考えず行動した報いだよ」

 関係ないから失せろ、と手を払う。


「聞きたいことがあるの」


 ユウは「答えてくれるまで動かないわ」と強気に問うてくる。


「あんた、アタシから何を《吸収アブソーブ》したの? 最後の突き飛ばしは攻撃じゃなかったわよね? まるで自爆することが分かってたみたいにアタシを遠ざけた。あの試合、いったい何が起きていたの? 気付いたらあんたは爆発して、あたしが優勝して……正直、納得いってないの」


 矢継ぎ早に質問を重ねてくるユウ。


 一つ一つ答えるのが面倒。なにより、真実を明かす気はなかった。

 だが、


(待てよ。こいつはもしかしたら来年以降も魔闘大会に出るかもしれねぇ。そうなると、俺みたいに――ちっ)


 ユウが信じるかどうかは別にして、彼女の安全を考えるなら教えておいた方がいいと考え直し、ライズは口を開く。


「答える前に俺から一つ聞く。……アレス=クロウリー、様はどう思う?」


 このエレフアレー大陸に住まう人々なら、等しく『素晴らしい人格者』などと言うだろう。試合前にも聞いたが、彼女は誇らしげに握手を自慢していた。


 だから、同じような返答を予想していたのだが、


「よく、分からないわ」


 不意な答えにライズは眉をひそめた。


「いえ、今までは素晴らしいウィザードって思ってたわよ? でも、あの試合で見ちゃったの。あんたが爆発する寸前、おぞましい顔で嗤っていたのを。……見間違い、ではないのね?」


 幸か不幸か。ユウはアレスの負の一端を目撃してしまったようだ。これでは、どっちみち話すしかないと決め、ライズは己の控え室で起きた事から語り出す。


「そんな……じゃあ、最初から仕組まれて……」

「あぁ。テレスター学院の成長規模、様々な事業への出資。潤沢な資金はどこから出てんのか疑問だったが、カラクリは八百長の汚い金……魔闘大会は、奴のビジネスってこった」


 今まで信じていたものが土台から崩されたせいか、ふらりとユウの足がよろめいた。


 そして、ハッとなった彼女は傘を投げ捨てライズの両肩を掴んだ。


「待って。じゃあ、アンタが《吸収》したのは……」

「おう、お前に仕掛けられた爆破術だな。いやー、大会向けに作られた魔闘術ならまだしも、あんな純粋な殺意で出来てる魔術は流石に耐えれんかった」


 なんてことないように答えると、彼女は崩れ落ち、泥水がびしゃりと跳ねた。


「お、おい」

「……な、さい」


 祈るように握った手をライズの膝に乗せ、小声でなにかを繰り返すユウ。


「ごめ、んなさい。ごめんなさい……ッ」


 彼女は肩を震わせ、しゃくり上げる。


「アタシのせいでっ、あんたの人生が……っ」

「そこまでだ」


 泣き止ませるために、彼女の頭に手を乗せる。


「俺が勝手にやったことだし、責任感じる必要なんてねぇよ」

「でも……っ」


 何を言っても泣き止みそうにないユウ。どうしたものかと考え、ライズは本音を混ぜながらも戯けてみせる。


「あー、あれだ。一度くらい女の子にいい顔したかったんだよ、俺。結果、お前みたいな美少女を助けられたし、こうして話せた。お前も無傷で更には優勝。互いに良いことしかねーな!」


 泣き止まなかった。むしろ追い打ちをかけたようで、彼女は「ぶえぇ」と慟哭した。


 大雨のお陰で公園には二人以外の人は見当たらない。だが女性を泣かせたという罪悪感に苛まれ、アタフタとするライズ。


「ちょっ、泣くなってば……だーっ、もう! 俺はな、この一年で全てを手に入れた。地位も名声も金もな。けど女の子とはお近づきになれなかった……寄ってくる子はみんな金目当ての目付きしてたから、追い払ってたんだが……くそ、今更ながら後悔してきたっ」

「……ぐすん」


 嗚咽している彼女のつむじを見下ろしながら続ける。


「だからまぁ、なんだ。最後に美少女を助けて、良いこと返ってこないかなーってご褒美を期待してやった。嘘偽りない本音だ。そんな低俗な目的で、お前は助かった。……自分を責めんな」


 鼻水をすする音がした。そして、ポンと軽く膝を叩かれた。


「なによ、それ。バッカじゃない」


 辛辣な言葉。だが、ライズを見上げる彼女の顔は、穏やかな笑みをしていた。



 ***



「みっともないとこ見せたわね」

「ホントにな」


 隣に座ったユウの足蹴りが飛んでくる。


 少し前に雨は止んだが、二人はまだ公園に留まっていた。


「それで、あんた行くとこ無いって言ってたわね。実家は?」

「孤児院。もう普通に出て行く年齢だから、帰るわけにいかねーよ。……仮に帰れたとしても、歓迎されないだろうし」


 世間で馬鹿にされている【フォルティ】となってしまった自分など受け入れてくれるはずない。そう考え、ライズは自虐の笑みを浮かべた。


 その横顔を見つめていたユウは「ふぅん」と答え、前を向いた。


「アタシ、貰った優勝金で魔闘塾を建てたのよ。一週間前に完成して、絶賛生徒募集中」

「魔闘術を教える所なんざいっぱいあるだろうに」

「なんと、《魔防》システムのある魔闘室を導入してあるの」

「へー、高い買い物したんだな。《魔防》がある設備なんて……あー、テレスター学院があったな」

「塾としては初よ」


 嫌な事を思いだした、と顔を顰めるライズ。


「で、塾がどうした? 生徒を塾に入れて、強くして……その先はどうせ魔闘大会だろ。さっき言った通り、大会は――」


 熱弁するようにユウの方を向いたライズだが、ゆっくりと首を振る彼女に口を閉ざす。


「別に全員が魔闘大会を目標にしている訳じゃないわ。純粋に魔術操作が上手くなりたいとか、自分だけの魔闘術を一緒に考えてほしいとか。あとね、アタシみたいに綺麗な魔闘術を人に魅せたいって言ってくれる子供たちがいた。……アタシは、そんな子たちに教えたいの。それがアタシに出来る精一杯だから」


 ユウは立ち上がり、ライズの前で手を伸ばした。


「塾は町外れにある森の中に作ったから、結構広いの。部屋、余ってるわよ」


 ライズは彼女の手と顔を交互に見つめ、面倒そうに口元を曲げた。


「んだよ、その代わり塾を手伝えってか?」


 ユウは苦笑する。


「違うわよ。そうね……アンタ風に言えば、アタシの自己満足。アンタはさっき自分で言ったように、ただ受け入れたらいいのよ。――美少女を助けたご褒美ってね」


 ぽかんと口を開けたライズ。やがてふっと笑い、ユウの手を取った。


「自分で美少女っつーのはちとキツい」

「凍らすわよ」

「もう凍ってきてるわ!? ちょ、雨で濡れてたからヤベーって!」


 騒がしく公園を出る二人。上空の雨雲は何処かへ移動し、太陽が顔を出していた。


「なぁ、ラトス。塾の名前は?」

「ユウでいいわよ、ライズ」


 彼女は朗らかに、誇るように、大事そうに名を言った。


「何度転んでも起き上がって欲しい。そう願って名付けたの――魔闘塾・コボシ、ってね」

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