第19話

「来たわねっ、ライズ=フォールズ!」


 決勝戦の相手、ユウ=ラトスはやってきたライズに指を差して迎えた。自信満々な彼女に対し、小声で問いかける。


「なぁ、アレス=クロウリー、様に挨拶されたか?」


 もはや様づけしたくないほどに嫌悪しているが、怪しまれないように仕方なく付けた。するとユウは怪訝な表情をしながらも頷いた。


「ええ、さっき控え室に来たわよ。アタシの活躍を期待しているって、握手までしてもらったんだから」


 誇らしげにそう言う彼女。


 ライズは、爆発の仕組みはそこにあると考えた。このアリーナに足を踏み入れた以上、既に《魔防》は起動し張られている。外部からの干渉は不可能だ。


 しかし、それより前にやられていたら。

 もし、アレスに触れることが爆発の条件だったなら。


「あー、くそっ。なんでこんな事に……」


 ライズとしては、孤児院からの見事な成り上がりの途中。将来の事を考えるならば、見て見ぬ振り……八百長はしないにしても、目の前の彼女が勝手に爆発し、不戦勝という形にしてもいいのだ。


「なによ、さっきからブツブツと。ほら、もう始まるんだし構えなさいよ。言っとくけど、手加減無用だからね」


 彼女、ユウ=ラトスは真剣に望んでいる。裏では汚いことが行われていると知らずに。見たところ、年も近い少女だ。


(今まで爆発で退場していったウィザードってどうなってんだっけ。……あぁ、フォルティになったのも居たか)


 フォルティになってしまったウィザードの末路は悲惨だ。普通の人として扱われることは少ないのだから。


 別に高尚な正義感など持っているつもりは無い。だが、もしこの少女がそうなったらとつい考えてしまう。


(……スッキリしねぇよなぁ)


 つまるところ、ちっぽけながら人並みの善性はあった。


 開始の合図が鳴る。


「魔王だかなんだか持て囃されてるけど、アタシの方が強いって教えてあげるわ!」


 接近戦を警戒したのか、ユウは一歩飛び下がり魔闘術を放とうした。


「一瞬で氷漬けにしてあげるッ――ブリザー――」

「《吸収アブソーブ》」

「え? まだアタシの魔闘術は――」


 ユウの魔闘術は、まだ放たれていない。にもかかわらず、ライズの吸収は発動し、完了した。


 彼女の狼狽を横目に、観客席の端へ意識を向けた。

 そこには、アレス=クロウリーが愉悦に浸って佇んでいた。


(思惑通り、ってか。にしてもこれは……なるほど、起爆の魔術か。接触した時に仕込んで、あとは好きなタイミングで内部からドカン。やることなすこと全部が悪役……つーか、再生なんて嘘っぱちじゃねぇかクソが)


 吸収した魔術を確認したライズは顔を歪ませた。


 一人のウィザードには一つの固有属性。それがこの世界のルールで、覆る事はない。


 アレス=クロウリーはずっと嘘をついていたのだ。


 奴の固有属性は【再生】ではなく――【爆破】。


(民衆は再生だと信じ切っている。そりゃ疑われねーよな)

 と、そこでユウが足下を凍らせ、アイススケートのように滑って向かってきた。


「よく分からないけど――《三叉氷槍トリシユーラ》!」


 展示品のような美しい、先端が三叉に分かれている造形の槍。彼女はそれを握り、ライズを貫こうとする。

 液体や固形の魔闘術を飛ばしても吸収されるだけと考えたのか、武器を取って近接戦を挑んできた。


「いつもなら、わざわざ近づいてくれてサンキューなんて喜ぶけど……今は離れてくんねーか」


 素直な軌道で突かれた槍を避け、片手で掴んで折る。手のしもやけという被害があったが、気にせず折った槍を捨てた。


 そして、驚愕しているユウの肩に掌を当て、

「……あー、なんだ。こんな結末ですまんな」

「は? なにを――ッ!?」


 焦り、警戒、恐れ、不安。様々な顔色を見せるユウを優しく、だが巻き込まれないように遠くまで強く突き飛ばした。


 刹那、アレス=クロウリーが居た方向から、パチンッ――と指を鳴らした音が聞こえた。


 体の内側から一気に魔力が膨らむのを感じる。


「これでまた、つまんねー人生に逆戻りかー」

 自嘲し、空を仰ぐライズ。


「地位も、名声も充分。金もたんまり稼いだし、思い残す事は――あー、人気なうちに女の子口説いとくんだったなー。一度くらい、一人くらい、女の子と――」


 それを最後に、意識がプツンと途切れた。


 ***



 目を覚ますと、三ヶ月の時が流れていた。


 ライズ=フォールズとユウ=ラトスの試合は、ライズの自爆によりユウの優勝。爆発については例年通り『事故』として処理されたようだ。


 魔王と呼ばれた男が魔力操作のミスを起こした、という知らせは嘲笑の的となった。が、それ以上に『ライズ=フォールズがフォルティになった』ことが原因で揶揄されている。


「……とりあえず寝床を探さねーと」


 退院したライズに待っていたのは、住処の追放。一ヶ月以上の家賃滞納で大家から追い出されたのだ。


 入院していたこと、きちんと払うことを説明したが、了承されることはなかった。

 なにやら、フォルティに落ちた元魔王を一目見ようと野次馬が来るため、近所から迷惑だと通報されているらしい。


 自分は悪くないと思いながらも、まだ騒ぎは続くだろうと考えたライズは諦めた。

 幸い、去年の優勝金がまだ残っている。しばらくは貯金を崩しながら生活しようと決め、歩き疲れた足を休めるために公園へ立ち寄った。


 巨大なスタジアム――アンフィテアトルムが見える。あの中にあるアリーナで自分の人生が終わったと思うと、深い溜め息が出てくる。


「あーあ、間違えたかなー」


 背もたれに体をだらしなく預け、曇り空を見上げる。もう少しで雨が降りそうだ。


「探したぜ、坊主」

「んー? なんだ、おっさんか」


 ボーッとしていたライズに声を掛けたのは、去年優勝してから「取材させろ!」と付きまとってくる自称専属記者の男……クープだった。


「お前さんが魔力操作のミスだ? 前々からきな臭いとは思ってたが、今回で確信した。これは人為的に引き起こされている事件だ。そうだろう?」


 肯定せず、静かに見返すライズ。


「今は結構な騒ぎになっちゃいるが……落ち着いた頃に、お前さんが犯人を追及すればいい。もちろん手伝うぜ? 見たんだろ、一体誰が……」

「そこまでだ」


 言い募ろうとするクープを遮り、ライズは足を組み直した。


「俺は『魔力操作をミスっただけ』だ。犯人だとか、事故だとか、そんなんねーよ。そら、おっさんはこんな落ちぶれたフォルティなんかほっといて、新しい金づる探せば? こないだ俺に勝ったウィザードの方がさぞ良い――」

「納得いってないんだよッ!」


 びくりと肩を揺らしたライズ。


 この記者はいつも飄々とした態度でヘラヘラと接してくる。だから驚いた。初めて声を荒げ、怒りをぶつけてきたことに。


「ライズ=フォールズは凄いウィザードになる。そう確信して、お前さんに近づいた。確かに良い記事を書けるとも思っていたが、それ以上に――見たいんだ。ライズ=フォールズはどこまで行くのか……どこまで上り詰め、最強を示してくれるのか。……見たかったんだ」


 彼なりの矜持があるようで、普段の態度は鳴りを潜めて熱血に叫ぶ。


「なのにッ、どこかのバカが邪魔しやがった! お前さんを台無しにしてくれやがった! 未来ある子供をッ、メチャクチャに……ッ」

「おっさん……」


 クープは息を整え、ボロボロのキャスケットを被り直した。


「今は動く時じゃない。それは分かってる。だが、俺は諦めねーぞ、坊主。それに、怪しいと思う奴には目星付いてんだ。いつか、尻尾を掴んだらまた会いにくる。……俺は、俺に出来る事を精一杯やるだけさ」


 そうして、記者は去って行った。


「意外と情熱的なんだな。そういや、俺と年の近い子供が居るって言ってたっけ。疎遠らしいし、重ねて見られてんのかね」


 苦笑したところで、鼻先に雨粒が落ちてきた。

 本格的に降りそうだが、まだ動く気になれなかったライズ。雨の勢いが強まり、ぐっしょりと濡れていく。


 膝に肘を置き、地面に顔を向ける。


 髪先から滴る雨水を見つめていると、ふと雨が止んだ。音を聞く限り、降り続いているのに。


「……なんだ、今日は来客が多いな」


 顔を上げると、傘を差している女性……ユウ=ラトスがいた。

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