幕間 魔王ライズ=フォールズ

第18話

 第四十五回・魔闘大会。


 その控え室にて、ライズ=フォールズは鼻唄を鳴らしながら出番を待っていた。


 昨年の大会で鮮烈なデビューを飾り、いまや空前のライズブーム。

 地位も名声も金も、全て己の手の中だと笑うライズ。


 そんな中、来客が訪れた。

「……あん? 試合まであと数分だってーのに、誰だよ」


 リラックスタイムを邪魔され、イラついた様子のライズはノックされた扉を開ける。


「へいへい、何の用ですかー……っと。こりゃ失礼」

「やぁ、邪魔するよ」


 アレス=クロウリー。テレスター学院を創り上げた校長であり、ライズの住むエレフアレー大陸で、なくてはならない偉大な存在。


 傲慢を極めたライズであっても、畏まるに値する人物だった。


「もうすぐ試合だというのに、すまないね」

「いえいえ。アレス様にお声がけいただいて、気合いが入るってもんですよ」


 柔く微笑むアレス。実年齢は百は越えているらしいが、老いなど微塵も感じさせない色気のあるダンディな表情。


 魔力である程度のアンチエイジングは可能だが、ここまでの若返りは不可能。

 ひとえに、彼の固有属性である【再生】のお陰だろうと検討づけるライズ。


 ふと、アレスが掛けている首飾りに目を奪われた。


 赤黒く輝く石。まるで紅玉ルビーの原石をそのまま紐に括り付けたかのようなアクセサリー。


(やっぱ大陸一の金持ちだと身に付けるモノが高価なんだな。俺も帰りにバカ高い宝石買って周りに自慢しよー)


 ニヤニヤしていると、アレスに「考え事かい?」と首を傾げられたので慌てて要件を聞き出した。


「んんっ。それで、ご用件は?」

「あぁ、頼みがあるんだよ」


 頼み事と聞いて、内心では面倒くさい溜め息をついたライズ。だが、もしかしたら報酬があるかもしれないと考え直し、和やかに続きを促した。


 アレスも微笑んだまま頷き、



「――負けてくれないか?」


「……えっと?」


 耳が詰まったか、とほじくりなおして聞き返す。


「この試合、負けてくれ」


 答えは変わらなかった。


「……聞かなかった事にするんで、出て行ってください」


 清廉潔白な人物だと思っていただけに、裏切られた気分だった。

 背を向けるも、アレスは出て行く気配を見せない。


「ふむ、受けてくれないのか。ならば仕方ない……ユウ=ラトスくんを消すか」


 物騒な言葉で思わず振り向いた。


「消すって、アンタ何を――」

「君がこの話を受け入れてくれないのなら、我の手でラトスくんを戦闘不能にさせる。試合前の事故で君の不戦勝となるよ。少々懐が寂しくなるが、まぁ許容範囲。全額持って行かれるよりかは、マシだろう」


 ライズは、訳が分からないとばかりに一歩下がる。


「さっきから何を言ってるんだ。負けろだの、不戦勝だの……アンタはいったい何を、何がしたいんだッ」


 場が震えるほどの怒鳴り声。アレスは臆した様子もなく、ただ不気味な笑いを浮かべる。


「ふ、ふふっ、ふくくっ。力を持った傲慢な子供かと思えば、意外と人想いで情熱的な性格のようだ。……話に乗るだろうと思って来たが、今回は見誤ったか」


 アレスの表情が一変し、鋭く冷たい視線でライズを刺す。


「何がしたい、か。簡単な話――賭けだ」

「賭けだと?」


 強張っているライズに、アレスは鷹揚と頷く。


「この魔闘大会の裏ではね、賭けが行われているんだ。君が想像つかないくらいの、莫大な金が動いている」

「だから、俺に負けろと……八百長を持ち掛けたのか」

「そうだ。もし受け入れてくれるのなら、何分の一かは分けてやらんでもない」


「どうだ?」と手を差し伸べられるが、胸糞悪いと睨み付ける。肩を竦ませるアレスに、ライズは舌打ちで応えた。


「この事がバレたら、ただで済まない」

「密告するつもりかい? 無駄だよ。権力を持つ者には握らせているし、握っているんだ。そもそも……この我と、ただ強いだけの子供ガキ。どちらが信用されるのかな」


 苦虫を噛み潰したように、ライズは俯く。


 目の前の男は、いつでももみ消せるように金を握らせ、用心のための弱みさえも握っているという。ライズがたとえ今日の事を誰かに話したとしても、無駄に終わるだろう。


 と、そこでライズは「まさか」と、あることに気付いた。


「待て。さっきアンタ、今回は見誤ったと言っていたな。その口ぶりだと、八百長は過去に何度も行われていたんだろ。だが、俺のように拒否した奴も居たはず。その人達は――」


 アレスが口を三日月のように歪ませ嗤った。その顔は悪魔のようで、皆の知っているアレス=クロウリーではなかった。


 否、この顔こそが本性なのだ。


「事故だよ。悲しい、爆発事故さ。世間で言われている通り『ウィザードの魔術操作ミス』に過ぎない。くくっ、ふくっ」


 ライズは確信した。事故ではない。魔術操作ミスでもない。


 すべて、アレス=クロウリーが仕組んだことだ。


 方法は分からないが、先程『ユウを消す』と言っていた。ならばもう仕込みは終わっていると思われる。


 時計を確認する。試合開始は、もう間もなくだ。


「どうするのかは君次第だが……期待しているよ」


 粘り着くような仄暗い声音を無理やり剥がすように、ライズはアリーナへ奔った。

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