4章 それぞれの戦い
第21話
早朝。鳥の囀り、虫のさざめき、風で葉が揺れる音を聞きながら、ライズは魔闘室の中央で座禅を組んでいた。
昨晩、アイノに去られてからずっとこうしているが、頭の中にあるモヤモヤを取り払うことは出来なかった。
いつの間にか、来ていたユウに声をかけられる。
「それ、瞑想できてんの?」
「……いや、まったく。集中できねぇ」
考えるのは、やはりアイノのこと。はたして、あれで良かったのか? 別の言い方があったのだろうか? 結論が出ないまま、時間だけが過ぎていく。
「ね、アイノちゃんがなんで魔闘大会に出て、優勝を目指してるか知ってる?」
ふと、出入り口にもたれかかっているユウに問われた。
「なんでって……、フォルティでも戦える、強くなれるって世間に示したいんだろ。あいつがそう言ってたよ」
知っている事を当然のように答えたが、溜め息をつかれてしまった。
「そうね。でもそれは半分。もう半分はね……ライズ、アンタよ」
「俺?」
眉をひそめ、首をねじるように振り向く。
「えぇ。パフォーマンスを教えている時に、聞いたことあるのよ。でも、普段からあんな態度なんだし、分かるものだと思うけど」
「で、その半分はなんだよ」
ユウは首を横に振った。
「アタシが言うのはね。だから、直接聞きなさいな」
そうしてユウは「ほら、入りなさい」と言って去る。
入れ替わりに、
「……お、おはようございます」
「……おう」
アイノが恐る恐るといった様子で室内に入ってきた。
なんだか気まずくなって、ライズは座禅の続きをするように目を閉じる。
気配でアイノがおろおろとしているのが分かる。やがて彼女は、ライズの背後に座り込んだ。
自然の音が
そして、
「すまん」「ごめんなさい」
謝罪が同時に行われた。「「え」」と互いに振り向き、目があう。
驚いているアイノの眼を見ていると、なんだかおかしくなって気が抜けてくる。
「なんでお前が謝ってんだよ」
「えぇと、昨日は何も聞かず飛び出してしまったので。……だから、その謝罪と、理由が聞きたくて来ました」
もう逃げない、と確かな感情を瞳に宿しているアイノ。きっと理由を話さなければ、彼女はここから動かない。昼過ぎにある決勝戦をも辞退するかもしれない。
しかし、それで本当にいいのかと自問するライズ。
(……俺の勝手な感情で、もう止めろと突き放した。理由も話さず……、そりゃ戸惑うよな。なら、ちゃんと全部言って、分かってもらおう)
ライズは決心し、背を向けたまま話し出す。
「あぁ、分かった。だがその前に、お前が戦う理由を先に話して貰えるか?」
「へ? そのことなら前に」
「前に言ったのは半分なんだろ」
アイノは「うぅ、でもぉ」と呻き、体をもじもじと動かしていた。そして深呼吸をして、
「……ふぅ、はぁ。分かりました。でも二度は言いません。その、恥ずかしいので」
そう前置きをし、アイノはゆっくりと話しだす。
「前に、ライズ先生の事を〝憧れ〟って言ったのを覚えていますか?」
「ん、まぁ」
彼女と初めて会った日。弟子にする時にあったやりとりを思い出し、ライズの顔に照れが浮かぶ。
「先生のおかげで、私は戦える。先生が居たから、私は諦めなかった。フォルティの私に希望をくれた人。……ライズ=フォールズは、私を救ってくれた人」
ライズの背にもたれてくるアイノ。彼女の後頭部が軽くこつんと当たった。
「私はみんなに言いたいんです。広めたいんです。この人は強いんだって、優しい人だって、素晴らしい人だって――私の先生は、最強の魔王様なんだって」
そこまで言われて、ライズはようやく彼女の目的を悟った。
「お前、俺の汚名を?」
「慕ってる先生が悪く言われるの、嫌なんです」
以前言っていた『フォルティの希望になりたい』。それに比べれば、あまりにも小さい理由だ。しかし、彼女にとっては大事なのだろう。
「そうか。そうだったのか……」
バカにされるのは慣れた。だから何を言われても気にしない、これは本当だ。でも弟子はそれが許せないと憤ってくれる。
なんだか嬉しくなり、「く、くくっ」と笑いが溢れる。肩を揺らした事で彼女に感づかれたのか「むっ、なんで笑ってるんですかっ」と怒られてしまった。
そしてライズは一言、
「ありがとな」
「……お礼はまだ早いです。ちゃんと優勝して、言いますから」
「そうか、そうだな」
ライズが「ふぅ」と息を入れ直す。
「今度は俺の番だな。……落ち着いて聞いてくれよ」
過去に思いを馳せ、ライズは自分がフォルティになった日の事から語り出す。
アイノの息をのむ声を途中に挟みながら、ユウの手で魔闘塾・コボシに導かれたところまで話した。
「そんな、ことが……」
自分が住んでいる大陸のトップ。更には通っている学院の校長が、あくどい所業をしていたなど信じられないだろう。
もしかしたら疑ってくるかもしれない、と少しの不安を抱く。
「だから先生は、私に辞退しろと言ったんですね。同じ目に遇うかもしれないから、と」
「ああ」
背中からアイノが離れる。
「話は分かりました。――やっぱり私は決勝戦に行きます」
「……どうしてだ?」
ゆっくりと振り返る。アイノが正座し、意思の強い目でライズを見つめていた。
「今の話を聞いて、私は尚更出なきゃいけないと決めました。先生のために」
「まさか大会の場で全部バラすつもりか? さっきも言ったが、既に対策されてるし、小娘一人の意見を民衆が信じるなんて――」
「先生」
怒りで声音が重くなるが、アイノの凛とした言葉で遮られた。
「こうして私を弟子にしてくれて、鍛えてくれて……。既にたくさんのワガママを言って、聞いてもらっていますけど……、もう一つだけ聞いて下さい」
アイノは正座のまま、頭を下げた。
「私は、諦めたくないんです。先生、お願いします。なんとかしてください」
仮にここで『ダメだ』と言ったら、きっと彼女は受け入れてくれる。互いに全てを話し、想いを確認した後なら『仕方ない』と寂しげに笑って諦めてくれるだろう。
でも、頭を下げ続ける彼女の姿は、『ライズ先生は受け入れてくれる』と言っているような気がした。
(弟子の願いを聞くのが師匠。先生なんて呼ばれて慕われてるんだ――こいつが憧れてる先生、魔王ライズ=フォールズなら、きっと)
ライズは重く息をつき、無造作に長く伸びている黒髪をガリガリと掻いた。
「決勝戦は昼過ぎなんだ。それまでまだ時間がある……鍛錬でもしてこいよ。必殺技がないと、ステラ=ミーティアを倒すのはキツいぞ」
「――ッ、先生!」
ガバリと顔を上げる弟子に、ライズは苦笑した。
「面倒くさいことは俺に任せろ。だからお前は、しっかり勝ってこいよ」
「……はいッ!」
アイノは感極まった表情でライズに抱きついた。
「だぁっ、くっつくな!」
「うへへ、せんせぇー、ジョリジョリー」
無精ヒゲに頬を擦り寄せるアイノを引っぺがし、ライズは魔闘室の出入り口に向かいながら言う。
「俺はちょっとやる事があるから。鍛錬サボるなよ」
「はーい」
後ろから聞こえる軽い返事に呆れていると、ユウとすれ違った。
「決まったのね?」
「ああ、決めた。――俺は、俺に出来る事を精一杯やってみる。教え子のためにな」
ユウは「そ」と短く応え、すれ違い様にライズの背を『パンッ』と叩いた。
痛みに悶えていると、彼女は悪戯な笑みを浮かべて去って行く。
「ちゃんと先生してんじゃない」
ひらひらと手を振るユウに溜め息をつき、門の入り口で携帯を取りだした。
「おう、おっさん。今どこだ? 話したいこと、それと、頼みたいことがあるんだ。前に言ってた策を教えてくれ」
待ち合わせ場所を指定し、通話を切る。
「さて、と。気合い入れるか」
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