第22話

 決勝戦まであと数時間と迫った頃。


 ライズは魔闘塾・コボシに帰ってきた。

 入り口の門を潜った所で、ユウに見咎められる。


「ちょっと、どこに行ってたのよ。もう出発しない、と……」


 徐々に声のトーンが落ちていくユウ。そして、彼女は目をクワッと見開いた。



「誰よアンタッ!」

「ひでぇなおい」


 顔を顰めてみるも、彼女は反省せずビシッと指を差してくる。


「アタシの知ってるライズは、こんな小綺麗なイケメンじゃないわ! あいつはもっと小汚くて……」

「罵倒にも程がある。というか、お前と初めて会った頃はこんなだろうが」


 ユウがワナワナと体を震わせ、後ずさりしていく。


 彼女が驚いている理由はただ一つ。ライズが身なりを整えているからだ。

 それだけで驚くのは失礼だと思われるが、普段のだらしなさを考えれば仕方ないともいえる。


 今のライズは、伸ばしっぱなしでボサボサの黒髪を短く切り揃え、ヒゲも綺麗に剃っている。

 体格など成長している部分はあるが、魔王と呼ばれていた頃の姿に戻っている状態だ。


 そこへ、鍛錬を終えて出発の準備をしているアイノがやってきた。


「ユウさーん、先生帰ってきました、か――!?」


 彼女の視線がライズを捉え、ぱちくりと瞬きを繰り返す。そして段々と瞳の輝きが増し、花が咲くようにパーッと笑顔を浮かべた。


「ほわーっ、先生!? ライズ先生っ、どうしたんです!? 私が映像で観ていた頃のライズ=フォールズが今ここに! あぁっ、いつものくたびれやさぐれハードボイルドな姿もいいですけど、やはりこの馴染み深い正統派イケメンも捨てがたいっ。なんですかなんですか、魔王ライズ様が復活ですか!?」


 早口で語りながら迫るアイノに、久しぶりのドン引きを見せるライズ。


 こほん、と仕切り直して、魔闘塾・コボシを背に立つ二人をみつめる。


「まぁ、なんだ。決着をつけに行くんだ。諦めて堕落した俺のままじゃいられない……。アイノの師として、ユウの同僚として、コボシの仲間として……ちゃんとしないとなって」


 アイノとユウは顔を見合い、ライズにそれぞれの笑顔を向けた。


「良かった。強引な形でアンタを引っ張ったから、心配してたの。でも、うん。本当に良かったわ。アタシ、少しはアンタに恩返し出来たのね」


「やっぱり、先生は私の憧れです。誰かのために、こんなカッコよく決めてくれるなんて。絶対ステラちゃんに勝って、先生の汚名をそそいでみせますから!」


 涙を堪え、ユウは嬉しそうに。

 強く頷き、アイノは真剣に。


 ライズは手を前に伸ばし、二人に目配せする。分かってくれたようで、掌が重ねられた。


「……勝つぞッ」

「ええ!」「はい!」


 返事と共に、三人分の拳が空へと振り上げられた。


 気合いも準備も万端。魔闘塾・コボシの面々は、いざ魔闘大会へ――


「あ、すみません。私ジャージのままでした。着替えてきますね」


 ライズとユウの首がガクリと落ちた。


「なんか、雰囲気が台無しになった感じするな」

「はぁ。さっさと着替えてきなさい」


 てへへ、と笑ったアイノは急いで更衣室まで走っていった。


「俺もちょっと」

「覗きに行くんじゃないでしょうね」

「ちげーわ!」


 ジト目で睨んでくる彼女に文句を言い、ライズは裏庭へ向かう。


「ちゃんとサボらず鍛錬してたんだろうな? アイツのことだ、決勝に備えて体力の温存なんてことも……」


 訝しみながら、大木のある鍛錬場までやってきた。

 そこには、


「これは――、なるほど。どうりで『絶対に勝つ』って言えるわけだ」


 大木は確かにある。どんなに傷を負っても、すぐさま治る大木だ。


 しかし、そこから後ろは何もない。あったはずの草木は、直線の暴風に見舞われたかのように綺麗さっぱり刈り取られていた。


 ライズは大木に手を当て、ぽつりと溢した。


「俺はせいぜい穴を空けるくらいだったが。さて、アイノはこの大木をどうしたんだろうな」


 こん、と叩いたところで二人の呼び声が聞こえてきた。返事をし、踵を返す。


「みんな、自分の出来る精一杯をやってる。……ハッ、俺も負けてらんねーなぁ」


 ライズは笑みを浮かべた。かつての姿に近しい影響か、その表情は魔王と呼ばれ、驕り高ぶっていた頃の笑い顔だった

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