第23話

 三人で街を歩き、決勝戦の舞台であるアンフィテアトルムへ向かう。


 大陸で最も注目される日であり、人混みはいつも以上だ。アイノの顔も割れているため、視線が集まる。


 盛り上がっているから、みんなが応援しているから、とそんな周りのノリに合わせて『がんばれー』と声援を飛ばすような人たち。


 ライズは掌を返されたような気分になるが、ちらほらと腕や首にリングを身に付けている集団がみえる。


「が、がんばってくださいっ」

「俺たちにっ、夢を見せてくれ!」


 老若男女のフォルティが、アイノに手を振っていた。


「はいっ。皆さんの想いを持って、絶対に勝ちますから!」


 大きく両手で振り返し、天真爛漫な笑みを浮かべるアイノ。

 人の海を割るように、三人は進んで行く。やがて、公園に辿り着いた。前方にはアンフィテアトルムが見える。


 決勝戦当日ということで、観客は既に中で待機している。他にも、先程の街にもあるような空中スクリーンが浮いている場所で、大陸中の人たちは試合を今か今かと待ちわびている。


 なので、いまこの公園には三人以外の人間はいなかった。

 急に立ち止まったライズ。アイノとユウが怪訝な表情を向けてくる。


「どうしたのよ」

「遅れちゃいますよ?」


 ライズはアイノの頭に手を置いた。


「お前は何も心配しなくてもいい。ただステラ=ミーティアに勝つことだけを考えろよ。……お前が絶対に勝つって言ってくれたように、俺も絶対に負けないから。お互い頑張ろーぜ」


 手を離し、拳をゆっくりとアイノに向ける。


 彼女はここで何をするのか聞いてはこなかった。ただライズを信じていると強く頷き、拳をくっつけた。


「――いってきます!」

「おう、いってら」


 再び歩き出すアイノ。その後ろ姿は、闘志に燃えていた。ユウも彼女に続いて行こうとしたが、心配そうに振り返ってきた。


「お前は一応、ギリギリまであいつの傍にいてくれ」

「えぇ。過去の優勝者権限でもなんでも使って、控え室まで付いていくわ。……気をつけなさいよ、ライズ」


「おう」と軽く手を挙げて、大会へ向かう二人を見送る。


「……そういや、この公園って色んなことが起きるよな。呪われてんのか?」


 代わり映えのないベンチに座り、背もたれに肘を乗せる。


 この公園でユウに拾われ、アイノと出会った。ついでに言うなら、アイノのライバルであるステラ=ミーティアとも。


 こう考えれば、呪いというよりも人との縁を結んでくれる有り難い場所に思えてくる。


「けど、今から戦場になるんだし。やっぱ呪われてるよな――俺たちに」


 前を向いたまま、後ろにそう話し掛けたライズ。

 すると、


「……ライズ=フォールズ。約束通り来たぞ」


 首を回して確認する。そこには、金色の長髪を風に靡かせている端正な顔立ちの男性、アレス=クロウリーが厳かな目付きでライズを睨んでいた。


「わざわざアレスサマが来てくれるなんて恐悦至極。……ホントに来るなんて、よっぽど切羽詰まってんのかよ。ウケる」

「戯れ言はいい。さっさと要件を話せ。その約束だろう」


 民衆に見せる穏やかな姿は無く、苛立った感情を滲ませているアレス。


 傲慢な顔つきで人を煽る。そんな過去の言動を意図して行っているライズにも原因はあるだろうが、余裕の無い佇まいだった。


 ライズは懐から端末を取りだした。いつも携帯している通信端末ではない、古いモノだった。電源を入れ、ピピッと操作をすると映像が画面に映った。


『――その話を受け入れたら、本当に分け前を貰えるんですね?』

『あぁ、約束しよう。だから、負けてくれるね?』

『…………はい』


 そこで映像は途切れた。


「明らかな八百長の現場、バッチリ撮られちゃってるな」

「……チッ」


 映像の中でアレスと取引をしていたのは、去年の魔闘大会優勝者。顔も音声も高画質に残されており言い逃れできない、これ以上ない証拠だった。


「あの部屋は大会関係者しか入れないはず、カメラを隠すことなんて――まさか、キョウ=コメタリーか? 彼女なら関係者であり、《複製》を使えば……いやだが、それだと」


 顎に手を当て、ぶつぶつと言っているアレスだが、「まぁいい」と頭を振って手を伸ばした。ライズはそこに向かって、端末を投げた。


 証拠映像が入っている端末がアレスの手に収まり、


「ふんっ」


 固有属性である《爆破》で消し飛ばされた。


「まったく。誰に頼んだのかは知らんが、我の元に『これをバラされたくなければ来い』などと……これ以外無いだろうな?」

「おやおや。アレスサマとあろうものが、意外と小心者なんだなぁ。普段は頑張って虚勢張ってたのかよ? 安心しな、コピーなんて無い。証拠はいま、お前が塵にしちまった」


 アレスは目を細める。


「しかし何故こんなことをした。てっきり恐れ逃げ、隠居したかと思えば。今更楯突くような真似を」


 ライズはアンフィテアトルムを指さして言う。


「あそこで今、俺の弟子が戦ってんだ。邪魔させるわけにいかねーよ」

「ほぉ、どちらだ? ステラ=ミーティアか? 彼女は我が学院でも上位のウィザード。フォルティに墜ちたどこぞの魔王如きが育てられる器では無いが……そうなると、くくっ、落ちこぼれの方か」


 愉快だと嗤ったアレスは、馬鹿にするように続けた。


「我が学院は、優秀なウィザードしか入れない。なら何故、アイノ=キャンディの入学を認めたのか教えてやろう。……彼女がフォルティだからだ!」


 両手を広げ、声高らかに謳いだしたアレス。


「優秀な者ばかりでは、つまらないからなぁ。あえてフォルティを入れることで、周りの者はこう思う、『ああはなりたくない』と。自らより下の人間を見て、モチベーションを保つことが出来る。何があっても、『自分より劣ってる奴が居る』と安心できるのだ。生徒のために考え、これを実行した我はさぞ良い教育者だろう?」


「……アイノは人柱かよ」

「そうだとも。それ以外、フォルティが役立つことなぞあるか?」


 ライズは立ち上がり、ニヤつきを貼り付けたアレスと相対する。


「テレスターの生徒たちからは、お前は立派な教育者として見られてるんだろうな。けど」


 指を組み、ぽきりと鳴らした。準備運動のように、首や肩を回すライズ。


「……アイノにとっちゃ、お前は先生じゃねぇ。ただの性格ワリィ若作りのくそジジィだ」


 ピクリとアレスの眉が跳ねた。


「俺はよぉ、アイノの〝先生〟として、お前をぶっ倒すって決めたんだ」

「なるほど。呼び出した本来の目的はそれか」


 笑いを堪えるように、アレスは口へ手を当てる。


「面白い。フォルティに墜ちた魔王の実力、見せてもらおうか」

「余裕綽々ってかァッ!?」

 

 ライズの叫びが合図となり、因縁の戦いが始まった――。

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