第24話

 ライズは己が出せる最高の《縮地》で間合いを詰めた。


 ギョッとするアレスだが、すぐにライズの顔面へ右手を突き出してくる。腰を落とし、アレスの右手を回避した。


 髪先に指が掠ったのを感じながら、バックステップで距離を取る。


「……どうやら人肌じゃないと効果出ないみてぇだな」

 頭を摩り、アレスを睨む。


「さて、どうかな?」


 動じない彼は、左の薬指と親指をくっつけた。嫌な予感がしたライズは、掠めたあたりの髪の毛を抜き取り、投げ捨てた。


 瞬間、パチンと音が鳴り――目の前で小さな爆発が起きた。


 怪我を負うような規模ではないが、襲いかかる熱風に顔を顰めるライズ。


「我の手で触れたモノは、すべて爆発物と化すのだよ」

「どこまでも厄介なッ」


 ライズの攻撃方法は、近接格闘。対し、アレスも近接する必要はあるが、触れさえすればいい。相性は最悪としかいいようがない現状だ。


 攻めあぐねていると、アレスは地に落ちている小石をいくつか拾っていた。


「君と違って、我は遠距離でも攻撃出来るのだよ」


 言いながら、小石を散弾のように投げてくる。


「……くそッ、ずりぃ!」


 横に転がると、先程立っていた場所で続けざまに小規模な爆発が起きていく。


(存在するもの全てが奴の爆弾、武器になる。距離を取るのは得策じゃねぇし、そも近づかないと攻撃手段が無い。……なんとか回避しながら、ちょっと試してみるか)


 再び《縮地》で接近。敵は分かっていたとばかりに右手を伸ばしていた。対し、ライズはアレスの腕が伸びきった距離で急停止。そして、アレスの右手首を掴んだ。


「――ッ」


 焦った顔を確認し、ライズは内心で胸をなで下ろした。


(恐らく条件は『掌で触れる』こと。指も条件のうちだろうから要注意するとして……いけるな)


 掴んだ部分をねじるように引っ張り、アレスの重心を動かす。体勢が崩れたところで、整った顔面に膝蹴りが炸裂した。


「ふがァ――ッ!?」


 飛び散る鼻血。ライズは二撃目を繰り出そうとするが、アレスの左腕が動いたのを確認し、一時撤退を選んだ。


 バク宙で距離を取ると、鼻血を拭き取ったアレスが腕を大きく横薙ぎに振るった。


「あまり舐めるなよッ、フォルティ!」


 飛んでくる血が目に入らないように片腕で顔を覆うが、袖に付着してしまった。瞬間、

「ぐっ……!」


 腕に爆破の衝撃が走り、激痛に悶えるライズ。


 威力は今までで一番小さいが、液体を飛ばすという最速の攻撃手段だった。


(皮膚が抉れただけで骨は折れてない。まだやれる)


 グーパーと握り、損傷を確かめる。体液すらも武器になるのは厄介だが、腕を封じつつ意識を奪えばいいと考える。


(絞め技で落と……したいとこだが、奴の腕を抑えなくちゃいけねぇし。最大火力をぶち込む短期決戦を狙うしかねぇか? つっても、アイノみたいな必殺技なんて今の俺には――ん?)


 破損したジャージの上着を脱ぎ捨てていると、アレスがまたもや小石を拾っていた。だがライズが抱いた疑問は、奴の顔面にあった。


(――傷が治ってる? 鼻を折ってやったはずなんだがな)


 拭い取った鼻血の痕は間抜けにも残っているが、曲がっていた鼻は綺麗さっぱり元に戻っていた。


「よくも我の顔を……ッ、貴様は絶対に爆殺してやるぞ!」


 激しい怒りで顔を真っ赤に染め上げたアレスは、サイドスローで爆発物を投げてくる。


 爆弾の雨を掻い潜り、隙間を縫うように駆けていくライズ。


 狙いはアレスの右腕。だが奴はいつでも触れるように腕を前へ構えている。ライズは旋回し後ろへ回り込んだ。


「どうしたッ、逃げているだけか!?」

「そっちこそ、石ころを投げるだけか?」


 爆破で荒れ果てた公園を駆け回り、徐々にアレスへと近づいて行く。そして背後を奇襲するように《縮地》で詰め、

「読めているぞッ」


 振り向きと共に腕を払ってきたアレス。


「俺もなんだよね」

 拳をアレスの腕にぶつけ、下からカチ上げる。


 ガラ空きになった顎に狙いを定めたが、視界の端で小石が落ちくるのが見えた。手の中に隠し持っていたようだ。


(くそッ、爆発する前に殴り飛ばすか!? いや、コイツに隙を晒すだけだ。縮地で距離を――ッ!?)


 刹那の間に判断し、距離を取ることに決めるも……アレスの左腕に捕まった。

 しまった、と思うも束の間。至近距離での爆発を浴びた。


 ライズは後方へ大きく吹き飛び、地面に何度かバウンドして倒れた。


「……ッ、はぁ、ぐぅッ! 自分諸共の攻撃かよ……ッ。ああくそ、見えねぇ。片目が潰れちまったか」


 顔半分がジュクジュクと痛み、燃えているような熱さを感じる。視界が制限されたのは痛手だが、それは奴とて同じこと。


 ゆっくりと膝をついたライズは、同じ距離で爆発を喰らったアレスの方へ顔を向けた。


「……なんで、無傷なんだ」


 爆風で汚れてはいるが、アレスは傷一つ負っていない。乱れた髪を整え、ライズを睥睨していた。


「いい加減、鬱陶しいぞ。何度向かって来ても貴様は我に勝てんのだ。そのまま諦めて死ね」

「諦め、るわけっ、ねーだろが。はぁ」


 おぼつかない足で立ち上がり、ふらふらと歩き出す。


「やれやれ、醜いな」

「本当に醜いのは、どっちなんだろうなぁ」


 アレスは小石を指で弾いた。前方で爆発が起こり、ライズの体がグラついた。倒れないよう踏みしめ、己の腕を見下ろした。


(おかしい……俺の腕がまだある。何故だ?)


 至近距離で爆発を喰らったのは、逃げられないよう掴まれたからだ。そう、確かにアレスの手に接触した。なのに、爆破してこない。


(考えられるのは……爆破の条件が右手のみ。それなら、かなり戦いやすくなる。残る問題は、傷が治っていることか)


 アレス=クロウリーの固有属性は《爆破》。これに間違いは無い。だが、表では《再生》と言っており、確かにいまその効果を味わっている。


 一人が二つの固有属性を持つ事は基本ない。はたして一体どういうカラクリなのか?


 そう思考している間にも、アレスは指を重ねた。

 経験と直感でその場から飛び退き、発生した爆風に押されるよう走りだす。


「ふん、動けなくなるまで甚振いたぶってやろう」

「同じことを何度もッ」


 アレスではなく、投げられた小石に向かって縮地する。予想していた爆発地点よりも前に来られたことで、アレスは動揺していたが苦虫を噛み潰したような顔で起爆しようとしていた。


(やはり右手で触り、左手で起爆。これが奴の条件か。あとは――)


 小石を掴み、アレスへと投げ返す。この距離ではダメージをもらってしまうが、ライズの目的を考えれば必要なリスクだった。


 爆発の衝撃で片腕があらぬ方向へ曲がった。これはもう使いものにならないだろう。だが構わず目を凝らし続ける。


(見逃すなッ、絶対に何かあるッ、再生の仕組みが!)


 巻き上がる土煙。その奥にある人影を見つけた。


「うぅ、ぶふぅー」

 アレスの顔は焼け爛れていた。


 しかしすぐに時間がまき戻るかのように皮膚が再生していく。


(どこだ!? 奴自身の能力でないなら、何かが――あれは?)


 もうすぐ再生が終わるという頃。アレスの胸元で光る何かを見つけた。赤くぼんやりと、ゆっくりと明滅している。


 ライズは記憶を掘り起こす。


(あれは確か、高そうな宝石のネックレス。……まさか)


 かつて控え室で見たアクセサリー。その時よりも、明るく存在を主張していた。

 アレスの再生が完全に終わり、宝石の光は失われた。


「まったく、乱暴をするね。だが我にはこの通り、効かないんだ」


 元通りの姿。ライズは確信した。


「そういや、俺も同じようなモノ欲しいって思ったっけなぁ。ちょうどいい、くれよ。ソレ」

「ぶつぶつと何を言っている、喜色悪いな。気をやったか?」


 獰猛な笑みを浮かべ、ライズは駆けた。


「猪突猛進。馬鹿の一つ覚え。フォルティは本当に劣った存在だな。何度同じことを繰り返すのだ」

「お前をぶっ倒すまでだッ!」


 襲来する石の爆弾。避けられるもの以外は全て、折れた腕をバットのようにして打ち返す。


「イカれているのか貴様――ッ」


 打ち返したモノは爆発することなく、ただの小石としてアレスに降り注いだ。その隙に近づき、体一つ分ある距離のところでライズは足を大きく上げた。


「――震脚しんきゃくッ!」


 踏み抜いた瞬間、半径一メートルで地震が発生し地面が小さく盛り上がった。

 体勢を崩し、地面に手をついたアレス。


「今度はサッカーだなッ」


 丁度良いところに、とアレスの頭をサッカーボールに見立て蹴りあげた。


 吹き飛んでいくのを追撃しようとしたが、


「調子に乗るなよッ!」


 不意を突かれるように地面が爆発し、ライズの体が前のめりに倒れた。立ち上がろうとしても、何故か力が入らない。


 不思議に思い、下半身を見下ろす。


「……右目、右手、今度は右足ときたか。……ことごとく右ばっか持って行きやがって、おかげで立ちにくいじゃねーの」


 体の半分をいきなり失い、バランス感覚が狂ってしまっている。時間を掛ければなんとか立ち上がることは出来るだろう。


 しかし、動くこと……それも戦うことは厳しくなってしまった。


「ッ、はぁ……。無様な姿だな、ライズ=フォールズ。だが虫けらの貴様にはお似合いだといえる」


 無傷のアレスがゆっくりと向かってくる。


「そのままでは辛かろう。すぐ楽にしてやるぞ。なに、遠慮するな。過去にあったことを言いふらさなかった褒美だ。かつてのようにその身を爆発させてやろう」


 腕を伸ばせば、触れられる距離。


(ああくそ……あともう少し、だったのに)


 じわじわと、捨てたはずの『諦め』が心を侵食していく。



「さらばだ、フォルティよ」


 憎たらしい笑みを浮かべるアレス。指が数センチに迫り――




「――氷嵐ブリザードッ!」


 ライズから遠ざけるように、突然の吹雪がアレスを襲った。

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