第25話

「なんだこれはッ、チッ!」


 アレスは仕方なしとバックステップで距離をとった。


 怒り震えるように、雪を伴って吹いている風。このレベルの吹雪を出せるウィザードなんて、一人しか知らない。



「…………アンタ、なに死にかけてんの」

「ちょっと油断しただけだ。助かったぞ、ユウ」


 彼女は痛々しい表情で、ライズの傍に座り込んだ。


「目、見えてる?」

「片方は潰れてる」

「……腕はどうしたの」

「爆発で吹き飛んだ」

「…………足は」

「同じく、どっかいった」

「………………ちょっと休んでなさい」

「お、おいユウ」


 スタスタと早足で向かうユウを止めようとしても、この身では追いつけない。ライズは溜め息をついて、彼女の言う通り少し休ませてもらおうと、上半身を起こして座った。


 少しの心配はあるが、大丈夫だろう。


 先程見た彼女の顔は敵に対する怒りに塗れており、雪姫と呼ばれていた頃の闘気を纏っていたのだ。

 現役時代、無敗だったあの頃の。


「キミは確か、ユウ=ラトスくんだったね。数年前、世話になったお礼がまだだったか。ありがとう、おかげで大金が手に入ったよ」

「別にライズの事を疑っていた訳じゃないけど、あなたは本当に外道なのね」

「外道とは心外だ。我はただ大陸の未来を考え金を――」

「そんなのどうでもいいのよ。あなたがどれだけ外道でも、崇高な考えを持っていても、どうでもいいの」


 ユウは氷像のように美しい顔を鋭くさせた。その目付きで見られると、体の芯から凍りそうなほど。


「アタシは、あなたを許せない。彼をあんなにしたこと……ライズの未来を奪ったあなたをッ、許せないッ!」

「別にキミの許しなどいらないのだがね」


 瞬間、二人の間に爆発が起きた。


 ユウが飛ばした氷塊と、アレスが投げた石の爆弾がぶつかったのだ。


 巻き込まれるのを危惧したライズだが、氷壁が現れて衝撃から守ってくれた。

 爆発の煙が晴れると、アレスが悠々と首を回していた。


 そこにユウがすかさず、

「――《氷槍アイスジャベリン》!」


 背後に数本の槍を生成し、射出した。


 アレスは身を捻って躱すが、最後の一本は避けきれず肩に深々と刺さった。一瞬苦痛で顔を歪めたが、なんともないように槍を引き抜く。

 ブチブチと皮膚が剥がれるような音が聞こえた。


「……それ、触るだけで凍傷を与えるんだけど。ましてや無理矢理剥がすなんて」


 冷蔵庫から出したばかりの氷が何故くっつくのか? それは触ったところが熱で一瞬溶け、その部分がまた凍り、接着するからだ。


 それと同じ原理で、肩に刺さった槍はそう簡単に引き剥がせはしないし、無理に剥がしたら皮膚ごと剥がれ激痛に悶えることになる。


 なのに、アレスは簡単に氷槍を引き抜いた。


「誰も我に傷を付けられはしないッ!」


 投げ返された槍を、ユウは氷壁で防ぐ。彼女は刺さった槍を中心に、壁を更に展開。箱のようにし、閉じ込めた。そして念のためかライズの元まで後退する。


 瞬間、中から爆音から漏れ出た。


「確か触れたモノを爆発物に変えるのよね。それだけで厄介になのに……」


 舌打ちするユウ。ライズはそんな彼女を呼んだ。


「ユウ。アイツは《再生》を持ってる。いくら攻撃しようと無駄なんだ」

「再生って、でも本当の固有属性は《爆発》なんでしょ? いったいどうやって」


 敵を睨んだまま答えたユウの目には、肩と手に負ったはずの凍傷が消えているアレスの姿が映っていた。


「多分、アイツが持ってる首飾りだ。……策がある」


 ライズは再生の原因を伝え、小声で彼女に作戦を伝えた。


「……分かった。でも応急処置なんだから、無理はしないでよ」

「おう、一瞬でケリつける」


 渋々といった様子でユウが嘆息すると、

「――《氷撃雨ヘイルレイン》ッ」


 アレスの上空に拳大の『ひょう』を出現させた。無数の塊は頭上頭上へと降り注ぐ。


「ふん、手数だけの攻撃。まとめて吹き飛ばしてやろう」


 アレスは石を親指で上へと弾いた。石が真紅に染まり、起爆するかと思われた瞬間。


「そうくると思ったわよッ!」


 ユウの固有属性は《氷》であるが、《地》以外の基本属性水・火・風も高いレベルで扱える。よって、降り注いでいる雹を液体に変えるのは彼女にとって造作もないことだった。


 水へと変わった刹那、爆発が起きた。瞬間的な蒸発による、水蒸気爆発となって。


 公園全体が、大規模な爆風で元の形を失おうとしている。ユウは自らの前に氷の壁を貼っているが、ミシミシとヒビ割れていた。


 強靱な強度を誇る壁でコレなら、生身で受けたであろうアレスの肉体はバラバラになっている。

 ……普通なら。


 敵は《再生》能力を持っており、この爆風の向こうでは今頃、傷の修復をしているはず。


 そこへ、


「――させるかぁッ!」


 ライズが、吹き飛んだアレスに向かって駆けていた。


 視界は相変わらず半分だけ。しかし、氷の義手と義足のお陰で走れている。結合部が尋常じゃないくらいに痛いが、歯を食いしばって耐える。


 そして、まだ再生が終わっていないのか、焼け爛れているアレスを殴り飛ばした。

 二度ほどバウンドしていったアレスは、再生途中の顔を向けて睨んでくる。


「そろそろ終いにしようぜ」


 ライズは口に入った砂を吐き出し、縮地を発動。


 動こうとしたアレスを蹴り倒し、踏みつけて拘束する。地に伏し、ライズを見上げる視線は未だ敗北を認めていなかった。


「何度も、何度も何度もッ、我を殴ろうが蹴ろうが無駄なこと。貴様は決して我には――」

「これがあるからだろ」


 ライズは腕を伸ばす。アレスの胸元へと。


「――ッ、離せフォルティ!」

「やなこった」


 目に見えて狼狽するアレス。抵抗してくるが、手足はまだ再生しきっていないのでジタバタと体を揺らすだけ。


「その宝石が《再生》のカラクリなんだろ?」

「穢れた手でッ、賢者の石に触るなッ!」


 瞬間、アレスは両腕だけ再生させた。そしてズルリと生えてきた拳を握り締め、左指をパチンと鳴らした。


「――ライズッ」


 ユウの叫びと共に、ライズは爆発に呑まれた。

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