第14話

 退場していくウィザードたちの背を眺めていたライズは、視線を横に移した。


「……狙い通りか?」

「えぇ。でも、ここまで上手くいくとは思わなかったわ」

 口角を上げるユウ。


「あの子は炎も雷も水も出せない。だから、派手な演出はどう足掻いたって厳しい。けれど、相手の魔闘術を利用するなら話は別。ライズ、あんたのようにね」

「そういや始まる前、アイツは俺たちに手を振ってたよな。フォルティだってのにわざわざ注目を集めるように……」

「一回限りだけど、ヘイト稼ぎにピッタリだったでしょ。あとは、パフォーマンスに紛れてちょっかい出してくるだろうから、せいぜい利用してやりなさいって指導したわ」


 パフォーマンスに関してはウィザード随一と言えるユウ。だが、策略においても彼女は優秀のようで、つくづく腹黒い女だと内心で冷や汗を流す。


「計画通り、五分間はアイノの独壇場。あの子の演舞を見せつける時間に出来た――ってどしたの?」

「いや……案外ちゃんと教えてたんだなって、いでっ」

「先生になりたての奴がなにナマ言ってんの、凍らすわよ。……でもまぁ、あんたの初めての教え子だし、ちょっとは力が入っちゃったかもね」


 ユウにもらったデコピンの跡を摩っていると、空中スクリーンにA~Pのアルファベット文字が並んだ。


『結果発表の時間がやってきましたーッ! 明日以降の試合に出場出来るのは、グループごとにたった一人……つまり、十六人のみが本戦に進めます!』


 ライズはそれを聞いて思い出す。今回の特別審査員がアレスということを。


 パフォーマンスの選考は、特別審査員が独断と偏見で選ぶという方式だ。一見公平さに欠けているように見えるが、観客から最も注目を集めたウィザードが大抵選ばれるため不満が出た事はない。


 しかし、今回はアレス=クロウリーが審査員を務めていることに、ライズは不安を感じていた。


 アレスは、優秀と完璧を謳うテレスター学院の校長。いくらパフォーマンスで目立ったとはいえ、フォルティであるアイノを選ぶのだろうか。


 不安からくる貧乏ゆすりを抑えていると、さっそくAグループからの発表がはじまった。


『トップを飾るのは……ステラ=ミーティア選手! 固有属性は不明ですが、このアリーナを埋めるほどの大きさを持った隕石を粉々にする! その姿は、まるで星の危機を救うスーパーヒーローのようでした! 間違いなく、全グループでナンバーワンのパフォーマンスだったと言えるでしょう!』


 スクリーンには『Aグループ ステラ=ミーティア』と表示され、同時にアリーナへステラが手を振りながら入場してきた。


 そこから順に発表され、J、K、とアイノのグループが近づいてくる。


『……さて、最後のPグループ。選ばれたのは――』


(頼むッ――)


 ゴクリと固唾を飲み込み、微かに震える手をぎゅっと握り絞める。


「きっと大丈夫よ」


 ユウがふわりと手を重ねてそう言った。

 声にならない返事で頷き、空中スクリーンを見上げる。


『――な、なんと……ッ。選ばれたのは、アイノ=キャンディ選手! ハンデを背負いながらもあれだけの大立ち回りを魅せてくれた彼女です! パフォーマンスでは意外性を武器に勝ち進んだようですが……はたして明日の試合ではどうなるのかッ!? 乞うご期待ですよ!』


『Pグループ アイノ=キャンディ』そう表示されたスクリーンを確認し、ライズとユウは手を握り合った。


「っしゃ! やったな!」

「えぇ! でも、その言葉はちゃんとあの子に言ってあげなさいよ」

「わーってるって」


 手を離す際にハイタッチして、入場してくるアイノを見る。


 彼女は少し口を開け、目をパチクリとしていた。どうやら選ばれたことに実感を持っていない様子。


 総勢十六名が横に並び立ち、スクリーンがトーナメント表へと切り替わる。


 A~Pが左から順に当て嵌められている。

 つまり、勝ち進めば最後にぶつかるのは――両端に立っているアイノとステラの視線がぶつかった。


 おそらく同じ事を思っているであろうライバルに、好戦的な笑みを浮かべる。


 ――絶対に、負けない。


 ***


 『かんぱーいッ!』


 その日の夜。魔闘塾・コボシでは、本戦出場祝いの宴が開かれていた。


「んぐっ、ぷはーっ。おかわりくだひゃい!」

「おい、アルコールだしてねーだろうな」

「それピーチジュースよ」


 ふらふらと頭を横に揺らしながらコップを掲げるアイノ。その頬は酔ったように火照っていた。


「きょーのかつやく、ちゃんとみてまひたか?」

「おー、見てた見てた。凄かったぞー」

「ふひひ」


 表情を緩めるアイノに対し、面倒くさそうに手を振ったライズ。


「しかしユウの作戦があったとはいえ、よく躱し続けられていたな」

「そうね。相手の魔闘術を利用しろとは言ったけど、まさかあの数をまとめてなんて」


 師である二人の褒めが嬉しいとばかりに、アイノは「へらー」と笑いながら頬に手を当てた。


「ライズせんせーのはやさにみなれたら、よゆーでみきれますよー」

「そうか。見慣れたか。じゃあ、次からはギアを上げていくから覚悟しとけ」

「しょんなー」


 ごん、と額をテーブルにぶつけたアイノは「ふぐぐ」と唸り声を上げていたが、そのうち「すぴー」と寝息に変わっていった。


「おいおい、マジに酔ってたのか?」

「場酔いじゃない? あと疲れ。この子、憧れの魔闘大会に出られて嬉しいからって張り切ったんでしょ」

「ったく、本番は明日からだっつーのに」


 ユウは仕方ない、と苦笑し「水を持ってくるわね」と席を立った。

 頬杖をついて、眠る弟子を眺めていたライズだが、ふと立ち上がりアイノの傍によった。


「……よくやった。その調子で明日も頑張れよ」


 アイノの頭に手を置き、そう言うと気のせいか彼女の体がピクリと揺れた。


(この体勢じゃ寝にくいか。ソファに運んでやろう)


 痙攣を起こしたアイノを心配し、眠る彼女を横抱きで持ち上げた。

 そのままソファまで運び、下ろそうと――


「…………おい」



「ぐー、ぐー」


 しがみついて離れないアイノ。白々しい寝息が聞こえる。


「……今すぐ起きたら良いことをしてやる」

「なんでしょうか!」


 スイッチが切り替わったようにパッと目を開けたアイノを、ライズはソファに落として彼女の首に腕を絡ませた。


「絞め技を実践で教えてやる。これがチョークだ」

「ご、ごめんなさいっ――ん、この苦しみ、しめつけ……なんだか癖になり――」


 青白くも恍惚な表情をしたアイノにドン引いて離れようとするが、襟を掴まれて逆に押し倒されてしまった。


「……酔ったふりは感心しねーぞ」


 彼女は恥ずかしそうに目を逸らし、いじけたように唇をとんがらせた。


「だって……。いざとなると照れるというか」

「あ? 照れるってなにが」


 眉をひそめて聞くと、アイノはムッとして顔を近づけてくる。


「ご褒美」

「あー……」


 ライズは気まずそうに顔を背けた。

 おそらく、うじうじしていた彼女を元気づけるために言った時の事だろう。


「約束通り……抱きしめてください」


(……くそっ、覚えてたか)


 アイノの縮地習得の際、ライズを捕まえる事が出来たら合格。その時、ドサクサに紛れて抱きしめられてもいいとは言ったが、結局はステラの件で習得した。


 そのままお流れかと思いホッとしたが、大会出場直前でアイノを元気づけるために持ち出してしまったのだ。


『――縮地の時、俺を抱きしめるとかなんとか言ってただろ。あれ、どうするんだ? もし頑張るんなら……腕を広げて待ってるぞ』

『――ほんとですか? ほんとですねッ!?』


 と、効果は抜群だった。

 身から出た錆か、とライズは諦めて目を閉じる。


「少しだけな」

「はいっ」


 広げた腕の中、とすんと体重が乗る。


「あったかいです」

「黙ってろ」


 早くなりそうな鼓動を必死に抑えていると、アイノは甘えるように頭をグリグリと胸に押し付けてきて言った。


「明日、頑張りますから」

「……おう」


 彼女の背をポンと叩いて鼓舞する。そして、



「はたして明日の朝日は拝めるのかしらね」


 弁解の余地無く。

 冷たい、という感覚を最後に、ライズの意識は深く沈んでいった。

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