第13話

 開始と同時に、アイノへと複数の魔闘術が放たれていた。いずれも彼女の周辺からで、術者のにやにやとした表情から、わざとだと分かる。


 襲いかかる無数の魔闘術。

 これを避けるのは至難の技だと思われるだろう。


 だが、アイノ=キャンディには、ライズを越える武のセンスがある。

 最もたるは、眼の良さだ。


 師であるライズに出会うまでは、彼の試合映像だけを参考に鍛錬を積んできた。普通は見るだけでの習得は難しい。だが、アイノの眼ならばそれが可能だった。


 そして今となっては、ライズの縮地を追えるようになった。

 ならば、コレを避けられない道理は無い。


『ちょっ、《魔防》があるからって、これは……至急、ドクターウィザードを――って、え?』


 普段の煽るような声音は消え、焦りと心配でいっぱいになったキョウ。彼女の危惧は、《魔防》を貫通する衝撃。

 流石にこの量の魔闘術が一気に押し寄せると、気絶では済まないかもしれない。


 だが、想像していた結果と違って、キョウは唖然としている。


 それもそのはず、アイノ=キャンディは――相手の魔闘術を纏っているのだから。


 いや、正確には纏っているように見せているだけだ。


(最初に飛んで来るのは……《土球マッドボール》、その後に《烈風エアリアル》。なら――)


 アイノは、正面から襲い来る拳大の泥団子を最小限の動きで回転するように避けた。そのままの勢いで腰を逸らしながら、後方から迫る風の衝撃を受け流す。


 そして、《土球》と烈風がぶつかり、爆発を起こした。


 同時に、両横から飛んできた《炎矢ファイアロー》がアイノの豊満な胸をスレスレに通り抜けて、爆発の中へと消えていった。


 息をつく暇も無く、龍の形を持った水の魔闘術が頭上から落ちてくる。


「ふ――ッ!」


 脚を蹴り上げ、後方転回をする。


 立っていた位置には大きな水柱が出来ていた。柱は消えず、側面から発生した水飛沫が蛇のようにうごめいて降りかかってくる。


 アイノは両腕をめいっぱい広げ、体を横向きにして構えた。ぐるりと腕を動かしつつ、ゆっくりと足を滑らせていく。


 まるで、彼女が見えない球体の中に居るようだと錯覚させられるようなパントマイム。


 そこへ、多くの蛇が触れた。


 一匹、二匹、三匹……。アイノの体を噛み千切ろうとする蛇たちは、撫でるように軌道をずらされていた。


 未だ高く立っている水柱から次々に湧いてくるが、いずれもアイノに触れることは叶わず消滅していく。


 水流を纏い、踊っているかのような動き。これは、彼女の眼があるからこその芸当だ。


 そんな姿を、実況は、観客は、ウィザードたちは、見せつけられていた。


『し、信じられません。何が起こっているのでしょうかッ!? えーと、資料によりますと……彼女はアイノ=キャンディ選手。テレスター学院二年生のようです。その、オーラリングを装着しているので大きな魔闘術は放てないとの事ですが……彼女は本当にフォルティなのでしょうか? こうして無傷でたくさんの魔闘術を捌き、ましてや踊っています! 今、このアリーナはッ、アイノ選手のダンスステージと化していますッ!』


 机を強く叩きながら実況するキョウの熱が上がっていく。


『避ける避ける避けるッ、水の加護がついてると言わんばかりの回避術! 彼女は水の女神の生まれ変わりなのかーッ!? ――おっと、何かしでかすつもりなのか、アイノ選手が動きを止めて――え、消えた?』


 その場でグルグルと避け続けていたアイノは、大きく息を吸って駆け出した。


(このままじゃ埒が明かない。だから――試してみます!)


 アイノは縮地で水柱へと距離を詰め、拳を突き出した。



「はあああーッ!」



 雄叫びと共に繰り出された拳は柱に突き刺さり、パン――ッ、と破裂し消滅した。


 少しの間、小規模な雨が発生、やがて虹が生まれた。


 ほう、と息を吐いたアイノは自身で作った七色のアーチを見上げる。



(…………また失敗)


 濡れた髪が頬にへばりついて不愉快だと耳に掛けた時、終了の合図が告げられた。

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