1章 闘姫と堕ちた魔王の出会い

第1話

 エレフアレー大陸では珍しい木造建築の建物。その離れ座敷で、一人の男性が胡座をかいて寝ていた。


「ん、んぐぉ……ぐぅ……うぉ!?」


 ビクン、と身体が跳ねて起きあがった。


「やべ、寝てたか」


 凝り固まった首を鳴らし、立ち上がる男性。そこへ、乱暴なノックと共にふすまが開かれた。


「おー、ユウ。どした? あ、そろそろメシの時間か」

「……また一日中ゴロゴロしてたの?」


 ショートカットの銀髪を揺らして入ってくるのはユウ=ラトス。ただでさえ雪の女王のような冷たさを感じさせる目付きが、更に鋭くなっていた。


「だってやることねーし」


 あどけなさが抜け、一人の女性として美しく成長したユウと相対するのは、ライズ=フォールズ、十九歳。


 現在『無職のニート』。


 手入れのされていない無精ヒゲを摩り、伸びきった黒髪を適当に縛っただけ。更にはシワクチャの黒スウェットというだらしない姿を恥ずかしげも無く晒していた。


「暇なら働きなさいよ。仕事が見つからないってんなら、ここの教師として雇ってあげるから」


 無職のライズと違って、ユウは過去に得た優勝金を使い、魔闘術マジックアーツを教える塾『魔闘塾まとうじゅつ・コボシ』を建てて、オーナー兼教師として働いていた。


 しかし、


「雇うって……すこし前に最後の生徒が辞めてったじゃん。教え子居ないのに雇う意味なくな――ぎゃふッ」


 ケラケラ笑って言うライズを拳骨で黙らせたユウは、更に彼の耳を引っ張る。


「余ってる離れの部屋を貸してあげてるんだから、少しは手伝おうとかいう気概は無いのかしらぁ?」

「いだだだッ、一応家賃は払ってるだろうが!」

「アンタ、昔の優勝金を崩してるんでしょ? そろそろ無くなるんじゃないの?」


 図星を指されたライズは黙り込む。


 魔闘大会マジツクアーツ・トーナメントの優勝金は確かに莫大だが、ここ数年で底が見えてきたのだ。このままだと一文無しになるだろう。


 ライズの耳を離したユウは憂鬱な溜め息をついた。


魔闘室まとうしつの貸し出しサービスもあるし、稼ぎの心配は無いとはいえ……本業は塾なのよ。生徒が一人も居ないっていう状況は見過ごせないわ」

「いや、生徒が辞める原因はお前だろ?」


 今度はユウが図星を指されて黙り込んだ。


「だ、だって仕方ないじゃない。最近の若者は我慢が足りないのよ」


 魔闘塾・コボシの月会費は格安であり、かつ優勝経験のあるユウが直々に教えるという塾は盛況だった。しかし、ユウの教えはあまりにもスパルタであり、生徒が一人また一人と辞めていったのだ。


 残ったのは無駄に広く造った魔闘室のみ。魔闘室には、《魔防プロテクト》というウィザード同士で戦っても事故や死亡を防ぐ魔術が掛かっている。


 大会が行われるフィールドや、名門の学院にしかない魔闘室は需要があるので、それを貸し出してなんとか食いつないでいるという現状だ。


「典型的なスパルタ教師みたいなこと言いやがる……。ま、新しい希望者が出てくるといいな。ここ数ヶ月は居ないけど! さーてメシメシ」


 塾の裏にある居住スペースに移動しようとしたライズだが、すれ違いざまに肩を掴まれた。


「今日は作ってないわよ」

「まじ? なんで。忙しいってわけじゃないだろ」


 その言葉に、ユウの額から血管が浮き出た。そして、


「塾生一人でも連れてこないと晩飯抜き! 行ってきなさい!」

「そんなッ!?」


 ライズは門まで投げ飛ばされた。

「いでで……、無茶なことを言いやがるなあいつ」


 服に付いた砂を振り払い、振り返る。ユウが般若の形相で立っていた。

(しゃーねー、適当にぶらついて時間潰すか。探したふりでもしとけば納得するだろ)


 そうしてライズはトボトボと歩き出す。

 青臭く澄んだ空気の中、僅かに整備された石畳を進んで行くと徐々に喧騒が聞こえてきた。


 コボシがある森の中と違って物々しく、人工的な町並み。

 ここはエレフアレー大陸の中心、テレスター。大陸の中でも人口が多く、活気に溢れている。


 そして上空には巨大なディスプレイモニターが浮いており、映像が映し出される。瞬間、周囲の人達は見上げて歓声を飛ばした。


「アレス様だ!」

「やっぱり美しい。アレス様こそ我がエレフアレーの救世主!」


(なーにが救世主だ馬鹿馬鹿しい)


 恍惚な声に辟易したライズも、上空のモニターを見上げる。


『こんにちは、みなさん。われの宝たちよ』


 金色の長髪を靡かせ、柔く微笑む男性。

 それをみた女性たちは黄色い声を上げた。


 映像に映っている男は、アレス=クロウリー。

 かつては小さな塾のオーナーだったらしいが、僅か数十年でその塾をエレフアレー大陸が誇る名門『テレスター学院』にまで成長させたという。


 更には様々な事業へ出資など行っており、この大陸では英雄扱いされている人格者だ。


『本日はお知らせなのですが、近々行われる第五十回魔闘大会の特別審査員として我が選ばれました』

「まじかよッ! いいなー、アレス様が直に見てくださるなんて。俺もあと十歳若かったら」

「去年なら私も出場出来たのにー」

「でも今年はテレスター学院に激やばな一年がいるらしいし、活躍は無理っしょー」


 魔闘大会には十三歳から十八歳という制限があるので、嘆く者が多数居た。


「くぅーっ、俺見た目若いと思うから詐称して入れないかな」

「お前みたいな老け顔無理だろ。アレス様を見習え」

「アレス様を引き合いに出すなよ。あの人って、実年齢百歳を超えてるんだろ? なのに見た目は十代のイケメン……まじ羨ま」


 アレスは固有属性の『再生』を持っている不老不死であると過去に公表していた。今はまだ自分にしか作用しないが、ゆくゆくは他人にも使えるように試行錯誤している、という発言で彼の人気は後押しされている。


『みなさんの活躍を楽しみにしていると同時に、あまり無理せぬようにと心配もしております。……たとえフィールドに《魔防》があるとはいえ、操作ミスでウィザードの内側から爆発するという悲しい事故が多発しているのも事実。私はそんな光景、見たくない』


 アレスのやるせない声音に「あぁ、アレス様」という感動の声があちこちに溢れ出す。


『なのでみなさん。どうか無理せぬよう、無事に終えられるよう願っております』


 そして映像はアレスの微笑と共に途切れた。


(若作りのくそジジィがよ)

 ライズは内心で悪態をつき、歩きだそうとする。


「そういや、最後に爆発事故起こしやがったのって誰だ?」

 すれ違う見知らぬ男の声で、ライズの足が止まった。


「あー、なんか魔王とか呼ばれてた……思い出した、ライズ=フォールズだ」

「ぷふっ、フォルティに堕ちた元魔王様か。フォールズとかけてフォールティなんてあだ名があったよな」


 思わず開いた口を結ぶライズ。無表情のまま、拳を握り俯く。


「あぁ、最強だか言われて、なんか近接戦を流行らそうとした間抜けだよ。結局『中遠距離から魔闘術を撃った方が強い』って廃れたんだよな」

「今年の大会はそんな奇策でイキる奴がいないといいな」


 下品な笑い声を上げて、男たちは去って行った。

 声が聞こえた方向を睨み、ふんっと鼻息を吐く。


(気分が悪い。今はこのアレス万歳な人混みから逃げるとするか)


 ライズはユウに追い出された時よりも重い足取りで歩き出した。

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