⑤コンビニから
「お取りしましょうか?」
どこかに旅立とうとしていた意識は、コンビニ店員の声で引き戻された。
什器に入れられたメンチカツが、ステージで輝くスターのように照らされている。
何故だろう。昼食はたしかに食べたはずなのに、腹がそれを必要としていたのだ。
「メンチ追加で」
「はい、ありがとうございます」
パートらしき女性が、営業スマイルを振りまいてくる。
今のうちにお金を出しておこう。上里は内ポケットに手を伸ばした。
消化の良いヨーグルトとカットフルーツ、飲み物にはスポーツドリンクを選んだ。これだけ買っておけば失敗はないだろう。
会計を終えると、店員が商品をレジ袋に詰めていく。
手持ち無沙汰に黙って待っていると、となりで何やら揉めていることに気が付いた。
「私、万引きなんてしてません!」
「そう仰いますが、鞄に未会計の商品があるのはどう説明するおつもりですか?」
「これは学校の自販機で買ったんです! ちゃんとカメラで確認して下さい!」
「確認といいますが、私はリアルタイムで見てたんですよ。体で隠して商品を取ってるので怪しいなと思ったんです」
「あのさぁ、認めちゃった方が早いと思うけど。他のお客さんに迷惑だし」
学生が二人の店員に尋問されている。片方は事務所でカメラを見ていたという気弱な中年の男で、もう片方はレジ打ちをやっていたらしい職のない雰囲気の漂う若い男だ。
学生は目に涙を溜めていた。
「冤罪です! 家族が心配するので帰らせて下さい!」
「そう仰いましても……」
「逃げるつもり? 店長、警察を呼びましょうよ」
「……もういいです! 帰ります!」
「ああ、ちょっと!」
店長らしい中年が後を追うが、学生は反応を示さずにコンビニを出て行ってしまった。
レジの若い男はニヤニヤ笑うだけで高みの見物を決め込んでいる。
生きた人間を相手している気分ではなかったので、レジ袋を受け取ると、さっさとコンビニを後にした。
外の歩道では、店長が弱り切った表情をしていた。
「参ったな……。まあ、本人が言うなら信じるしかないのかな……」
それはあくまで独り言だったのが、何故か上里には、助けを求めているように感じた。
音もなく拳銃を取り出し、遥か向こうを歩いている学生に銃口を向ける。
照準はたしかに脳天を定めた。素人が口を出してきそうだが、片手で構えても確実に当てられる自信がある。
そのまま躊躇なく引き金を絞ると、消え入りそうな音でカチリと鳴った。
一気に興ざめした上里は、メンチカツを一口かじった。
「だよな、神様。アレは違うよな」
「ほらよ」
上里はそっとレジ袋を床に置く。暮林は濡らしたタオルを絞っているところだった。
「なんだよ先輩、結局買って来てくれたのかよ。サンキュ、助かったわ」
作業を中断し、すいすいと袋を物色すると、鞄から財布を取り出す。
「ほい、お金。お釣りは貰っといていいから。手間賃ってことで」
「オマエ、金持ってないんじゃなかったのかよ」
「なんでだ? 千円くらいは持ってるだろ」
「……だよな」
呆気に取られる上里をよそに、暮林は友人に食事を摂るように促す。
そして思い出したように口を開いた。
「そういやさっき、悪魔って言ったよな。それって尾鳥で噂になってる『小悪魔』についてか?」
「小悪魔? 違うな。俺が探しているのは多分それじゃない。なんだよ、小悪魔って。それはそれで面白そうだが」
栄養を吸収したことで元気を取り戻したのか、暮林の友人も耳を傾けている。
「校内の人間が『腑抜け』になるって話だ。最初は眉唾もんだと思ってたけど、クラスメイトにも徐々に被害が及んでる。ヒラッペも一昨日の夜に、急におかしくなっちまったしな。今はマサキが家に様子を見に行ってるけど……」
「『腑抜け』ねぇ……」
妙な表現の仕方だが、上里はそれについて思い当たる節があった。
「あ~、もしかして一瀬が言ってた悪い予感ってそれのことか……?」
「なんだよ先輩、一瀬と知り合いだったのかよ」
名前に反応した暮林が、嬉しそうに声の調子を上げる。
「知り合いっていうか親友な。あいつと俺は固い絆で結ばれてるのさ。オマエこそ、あいつとどういう関係なんだよ」
と思ったら、上里の詰め方に言葉を濁して、
「……そう言われると、ちょっと説明はしにくいんだけど。まあ、一つの山を乗り越えた仲間って感じかな」
「ふぅん」
そこで会話は終着点を迎えた。そもそも上里は、思い違いで他人の家に上がり込んだ身分なわけで、同じ尾鳥の生徒とはいえ、対して話が盛り上がるわけもない。
「どうやら、完全に出し抜かれたみたいだな。これ以上ここに居てもつまんなさそうだし、俺はそろそろ帰るわ」
コール教室の先輩の発言と、自分の調査結果の齟齬を、不愉快に感じる上里。
「そうか……えっと」
暮林が言葉に詰まるが、上里はすぐに理由を察する。
「上里……。上里でいいよ。その呼ばれ方に慣れてるからさ」
「じゃあ上里。ありがとな。結果として助かったよ。お前はなんか変な奴だけど、普通に良い奴だな」
「俺は変な奴じゃない。暮林、親友は大事にしろよ」
最後に精一杯の先輩面をかまして、今度こそ家を去るのだった。
その後、暮林がはしゃいでいたことは知る由もない。
「名前、知ってたのか。もしかして俺って結構有名人なのかもなっ!」
「はは……かもね……」
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