③遊び時間

 放課後、指定された近所の公園で待っていると、上里は合流するなり腹を抱え出した。

「ハハハッ! オマエらマジでラブラブなんだな。仲良く二人で待っているとは思わなかったわ」

「何か問題ある?」

「いや、褒めてんだよ。そう怒るなって」

 どう見ても怒らせる気しかない物言いに、泉は眉をひそめた。

「で、高校生が三人集まって何をする気だ? 鬼ごっこでもするのか?」

「ん~、それも悪くないけどな~……」

 冗談で言ったつもりなのに、満更でもない様子で、園内をぐるりと見渡す。

 瞳は少年のように輝いていた。

 間もなくして、立派な一本杉を認める。上里はその木の窪みに足をかけた。

「まずは木でも登るか」

「上里、お前マジで言ってんのか?」

 予想外の展開に驚愕する。昨今のデジタル化が進んでいる世の中で、公園で遊ぼうというだけでも稀有なのに、その中でも特にアナログな木登りをしようと言うのか。

 そうでなくともこの公園は、多様なアスレチックに溢れているというのに。

「何もおかしいことないだろ。ガキの頃は毎日のようにやってたじゃねーか」

「だからさ、小学生で頭止まってんのかよって。高校生にもなって木登りは正気とは思えないんだが」

「公園に来たらとりあえず木は登るだろ。これが結構、眺めが良かったりするんだぜ」

 そうは言うが、現在遊具の方で遊んでいる少年少女たちでさえ、携帯ゲーム機に興じているのだ。彼らに対して、上里には羞恥心はないのだろうか。いやむしろ、見せつけようとしているほどだ。公園の遊び方を教示してやる、みたいなノリだ。

「ほら、オマエたちも登って来いよ。泉はどうだ?」

「ええぇ……きも」

 口をあんぐり開ける泉を尻目に、猿のような身のこなしで木を登っていく。

 すると、当然それは目立ってしまったようで、ギャラリーが集まってきた。

「わーすっげぇ! こんな高い木どうやって登ったの!」

 ゲームを切り上げた子供たちが、羨望のまなざしで一本杉の頂上を仰いでいる。

「おー! 木登りに興味があるのか、ちびっ子! 何なら教えてやろうか?」

「教えて教えて!」

「よっしゃ! じゃ、一旦降りるから待ってろ!」

 登るとき以上のテンポの良さで、ひょいひょいっと降りてくる。

 一瀬が呆然としていると、となりでは泉が子供に手を引っ張られていた。

 見ると、大事そうに両手で虫かごを抱えている。

「ねーねーお姉ちゃん。これ見て」

「ぎゃぁあああ! ゴキブリぃ!」

 瞬間的にその見た目を焼き付けてしまったのか、中にいる黒い物体に嫌悪を感じた泉は、逃げるように遊具のエリアに駆け出してしまった。

「違うよー。カブトムシだよ」

「どの道無理! こっち来ないでよっ!」

 叫声を上げる泉が滑稽に見えてしまったのか、子供たちは面白そうに虫が苦手な年上を追いかけていく。泉は必死に一瀬に助けを求めていた。

「なぁ上里、俺たちは子供たちと鬼ごっこでもして来るわ。咲良一人じゃ持ちそうにない」

「そうか。まあ、それでもいいか」

 了解を受けて足を弾く。物静かな一瀬には珍しく、口元は笑っていた。

「じゃ、それぞれ遊ぶってことで。いいか、ちびっ子! 公園で遊ぶのは良いことだが、ケガをしたらつまらなくなるからな! 安全第一でやるように!」

 子供たちは揃えたように手を挙げ、返事をした。



 とりあえずこの辺でいいだろうか。男子トイレに隠れた一瀬は、そうっと様子を確認してみた。木に顔面を付けている子供が、大声でカウントダウンをしている。

「慎太郎、見つけた」

 無邪気な声に反応して振り返ると、子供のように笑う泉が立っていた。

「鬼かと思ったじゃないか。――あとお前、ここ男子トイレだぞ」

 一体どういうつもりなのか。制服姿の女子高生が公園の男子トイレに踏み入るなど、冗談では済まされない行いだ。まさか用を足しに来たわけではあるまい。

「それがいいんじゃん」

 若干の戸惑いを隠せない一瀬。

 それを追い打ちするかのように、泉は背伸びをして、唇を彼氏の物に近づけた。

 二人の口が静かに合わさる。

 一瀬は一瞬、自分が何をされたのかわからなかった。気付いたときには、泉がハンカチで一瀬の口元を拭いていた。

「こんなに可愛い彼女とキスできるなんて、慎太郎は幸せだね」

「どうしたんだよ。近くには子供がいるってのに」

「背徳感って奴かな。慎太郎はどうだった?」

 悦に入ったような声を漏らしている。

 いつもの小動物っぽい雰囲気もあるが、そこに無意識な情欲も乗っていた。

「……悪くない」

 泉がたまに見せる態度に気圧されつつあったが、一瀬はどうにか冷静に返した。



「は~い、お疲れさん。トイレに隠れるとかセンスないなぁ一瀬」

 鬼である子供に連れられた一瀬は、先に座っていた上里のとなりに腰を下ろした。

「木の上に隠れてたお前に言われたくはない。丸見えは論外だ」

 ささくれ立ったベンチにもたれ、自販機で買ったオレンジジュースを呷る。熱くなった体にはどんな味でも最高級に感じられた。

「そうとも限らねーだろ。灯台下暗しって奴だ。上には目がいかないかもしれないしな」

「使い方が合ってるようで合ってないような感じだな」

 鬼ごっこと木登りはしばらくして終了となり、今はかくれんぼをしている最中だ。

 しかしながら、上級生の威厳を見せることはできずに、開始早々、上里と一瀬は見つかっていた。せいぜい泉の健闘を見守ってやろうと深く座り込む。泉は子供たちに非常に懐かれたようだった。

「一口くれよ。暑すぎて、このままじゃ熱中症になりかねない」

「だったらそのパーカー、脱げばいいだろ。そうすりゃ少しはマシになるはずだ」

「オマエは結婚指輪を外すタイプの男だな」

 上里は取り澄ましたような言い方をするが、一瀬は深いことを追及しなかった。

 他愛のない話をする。今はそれだけで十分なのだ。

 とても懐かしい時間に一瀬は、空きっ放しだった穴を一気に埋めたような気分だった。

 どうやら泉と他の子供たちは張り切った場所に隠れたようで、鬼は探すのに苦労している。この様子だともうしばらくは時間が掛かりそうだ。

 上里も同じことを思ったそうで、

「――一瀬はさ、尾鳥高校で『悪魔』を見つけなかったか?」

「藪から棒に、なんだよ悪魔って。抽象的な表現すんな。怖い先生は誰だって話か?」

「そうじゃねー。そのまんまさ。悪魔だよ悪魔。先生でも生徒でもどっちでもいい。どうもあの学校には悪魔が潜んでやがんだ」

 念のため表情を伺ってみると、冗談を言っているわけではないようだ。

 まあ、それならそれで、また面倒な病気が始まったのを示している。

「また神様の言葉か?」

「ああ、そうだ。あの学校には悪魔が潜んでる。俺は、そいつを倒したくてウズウズしてるんだよ」

「……なんで急にそんなことを。その行為に何か意味があるのかよ」

 一瀬はできればこの話を広げたくなかった。それは過去に苦い経験をしていたからだ。自分の行動が原因で自分が傷つく分にはいい。だが友人には、そうなって欲しくない。

「楽しいから。それ以外に理由なんて必要か?」

「……そうだな。お前は昔からそういう奴だったな」

「思い出した?」

「いや、一縷の望みに懸けてたんだ。お前がまともになったんじゃないかって」

「俺はまともだよ」

「まともじゃない奴はそう言うんだよ」

 どうやら上里のコレは、誰にも止めることはできないのだろう。

 一瀬は観念して、もう一度缶を呷った。

「思い当たる節はない。もしも居たとして、そいつは何をしたって言うんだよ」

「悪魔は浄化しなくちゃなんない。俺が尾鳥に転校してきたのもそういう運命なのかもな」

 また瞳を輝かせる。不安要素は多いが、上里のこういうところは嫌いではなかった。

 だが、かと言って、野放しにするのを良しとするつもりもない。

「上里それ、卒業までには直した方がいいぞ。俺は慣れてるから感覚が狂ってるけど、やっぱりお前、ヤバい奴だと思うからな」

「俺よりもそいつの方がヤバいことをしてると思うけどな」

「そうかよ」

 一瀬がベンチに缶を置くと、上里は残りを一気に飲み切ってしまった。

 思わず口元が緩む。

 遠くから子供の「見―つけた!」の声が聞こえる。

 喧騒のない環境下で、ほのぼのとした時間が流れていた。

「ここはいいね。自然があって、ちびっ子たちが伸び伸びとしている。夏になったら向こうの噴水で水遊びすんだろ。都会も捨てたもんじゃねーな」

「大人が造った人工的なものだけどな。上里がそういうことを言うとは思わなかったよ」

「まあたしかに、はっきり言って空気は不味いな。人間の悪いところが詰まったような悪臭がする。深呼吸なんてできたもんじゃない。これでクマの一匹でも出て来たらいいんだけどな」

 よりにもよってその動物を挙げるのか。

 少しは気を使ったらどうなのかと一瀬は苦笑する。

「違いない」

「ただこうやって最後の砦くらいは、造り物でも用意してくれて良かったなって、心から思うよ」

「ははっ、らしくないな。田舎者みたいなこと言うなよ」

「何言ってんだ! 俺たち立派な田舎者だろ~! 一瀬~、もう都会に染まっちまったのかよ。俺は非常に悲しいね」

 からから笑いながら肘で小突いてくる。

「少しは成長しろって言ってんだ」

「さっきから変に澄ましやがって……よし決めた! 明日は親水公園に行くぞ! この街にないなら遠征もする! 付き合えよな!」

 勢い良く立ち上がって指を突き付けてくる。

「ああ、構わないよ」

 一瀬はその手に空き缶を差し出した。

「次は缶蹴りでもやるか?」

「いいね」

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