⑤三人だけの屋上

 太陽がもう少しで沈もうという時間帯。尾鳥高校は数時間前までの熱気が嘘のように静けさを取り戻している。そんな校舎の中でも、まだまだ物足りないと言った感じで、騒がしくなっている空間があった。

 ラルフが決めポーズをかますリザルト画面で、暮林は得意気に立ち上がった。

「なーはっはっは! これで十連勝! 俺を止められる奴はいねぇ!」

 いつものように使っている空き教室に甲高い声は響いた。

 撃墜数をカウントする星の数字は、すでに百を超えている。

「あのさ……さすがに面白くないからハンデありでやろうよ……」

「駄目だ、それじゃー男が廃る! ハンデなしで勝たなきゃ意味がねー」

「と言って、ほとんど一対三で戦ってる件について」

 クォーターの面々が愉快そうに呟く。彼ら四人の賑やかな時間を何人たりとも邪魔することはできなかった。というより、できればそうしたくないと言うべきか。

 実際にそう考えていたのが一瀬と泉だった。ゲームに興味があるわけでもないのに、対戦の様子を静かに観戦している。もちろん理由はそれだけではない。一瀬が校舎に残りたいと言って、泉を引き留めていたのだ。

 どうも泉はゲームに心を奪われたようで、一瀬との口数が少なくなっていく。

 各々が各々の時間を過ごしているうちに、時間は十七時を回っていた。

 音楽はまだ放送されないのか。一瀬は腰を上げようとする。

「暮林、一瀬。ちょっと来てくれないか?」

「ああ上里か。どうした?」

 廊下から手を招いている上里に焦点が合う。

「三人で見たいものがあるんだ。暇なら来いよ」

 もう少し勝たせてくれと調子に乗る暮林だったが、クォーターのいいから行けコールが始まり、どうにも居場所がなくなってしまった。

 一瀬はちらりと彼女の様子を伺った。

「いいよ、行ってきなよ。こっちの相手はしておくから」

 一言多い泉がそう言うと、クォーターは「え?」と声を漏らした。

 暮林は背中を押される形で教室を後にした。



 閑散としたオレンジ色の廊下に三人分の足音が突き抜けていく。

 まるで勇者の凱旋のようだ。これで左右から讃美の声でもあれば申し分ない。

 暮林は鼻を高くして、

「結構遅い時間だぜ。まだ何かあるのかよ」

「また変な気を起こしたんじゃないだろうな」

 二人の文句など気にしていない上里は、ずんずんと廊下を進んでいく。

「いいからいいから。絶対に気に入るはずだって!」

 制止の言葉に意味はないと考えた二人は、上里の後ろで顔を見合わせた。

 三人がやって来たのは屋上だった。

「こんなところで何するんだよ」

「俺はできれば、今日はもう来たくなかったんだけどな」

 一瀬は澄ましたように呟く。

 上里は構わずに、子供のようにフェンスの方へ駆けていった。

「見せたいものってなんだよ?」

「見せたいんじゃない。『三人で見たい』んだ。ほら、空を見ろ」

 上里に言われて、一瀬が天を仰ぐ。

 最初に声を漏らしたのは暮林だ。

「おぉ……」 

 そこには夕焼け空なんて安っぽいものではない、美しい空が広がっていた。

 太陽の光が日中より赤く、オレンジ色と金色の層が果てしなく続いている。色相はソフトで暖かく、地上から溢れ出る光と、幻想的なコントラストを醸し出している。

 まるで一枚の絵画のような光景に、三人はしばらくうっとりしていた。

「なるほどな。これは綺麗だな」

「だろ? さっき空を眺めてたらビックリしちゃってさ」

「それでわざわざ呼びに来たのかよ。……でもまあ、ゲームを中断するだけの価値はあったかもな」

 そこでタイミング良く、スピーカーから約束の音楽が流れる。

 三人はその音楽も併せて、肉体の中心までこの空間を堪能した。

 全身の疲れが、水面に落としたインクのように薄れていく。

 

 とんぼのめがねは あかいろめがね

 ゆうやけぐもをとんだから

 とんだから


 上里は気持ち良さそうに鼻歌を歌う。

 仲間と並んで天を仰ぐ。格好つけているようにも見えるが、この時間がいつまでも続いても構わないと思えるくらいだった。

 ただ、三人にも戻るべき日常がある。

「そろそろ戻らないとまずいかもな」

「俺も日が暮れる前に、もう一戦やりたくなってきたわ」

「おいおい、ちゃんと満喫したのかよ~」


 それからしばらくの時が経ち――誰かが言った。

「行くか」

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