エピローグ 今ある日常

暮林の日常

 いつものようにクロスの家へと急いでいると、見覚えのある二人組を見つけた。

 暮林は、因縁の悪党どもを睨み付ける。

 成人女性を背中に担いでいる。また誘拐でもしようというのだろうか。もう一度制裁を加えねばなるまいとする暮林だったが、女性の笑顔に足が止まった。

「ありがとうございます。本当に助かります!」

「いやいや、いいんですよ。男として当然のことをしてるだけなんでねぇ……。おらお前、ちゃんと担げ。落としたら承知しねぇぞ!」

「だったら交代して下さいよぉ!」

 どうやら、具合の悪い女性をおんぶしているらしい。行き先は病院だろうか。

 手伝った見返りに法外な要求をしそうな二人であったが、現時点では手を出すこともできないため、暮林はその様子を視界の隅に追いやった。

 暮林もよくああいうことをしている。悪党かどうかは、そのなりを見れば案外わかるものだ。



 ようやく第二の自宅に到着すると、珍しく家主が出迎えてくれた。

「なぁバヤシ! これ見てくれよ! この前のプレイ動画、そこそこ伸びてるよ!」

 やけにテンションが高いクロスだ。はち切れて死ぬんじゃないか心配になる。

 クロスが抱えているタブレットを覗き込んでみると、世界的にも有名な動画サイトが開いてあった。動画のサムネイルが一つだけあり、その上にはこう記してある。

「チーム『クォーター』チャンネル? クロス、お前そういうことするキャラだっけ?」

「いいじゃん。バヤシは有名になりたいんでしょ? こういうことからコツコツ積み上げるんだよ」

「そうかよ……」

 たしかに世の中は圧倒的ネット社会だ。暮林の尊敬する偉人たちがそんなものに頼っていたとは思えないが、現代に順応することも必要なのかもしれない。

 暮林はスター街道の見直しを検討したが、目に飛び込んだ数字に愕然とした。

「再生数百? 少ない! 少なすぎる! そんなんで喜んでんのかよ!」

「え……でも、新人で百はいい方じゃない……? まだ一週間しか経ってないのに」

「最低でも十万だ! コンスタントに十万出せるチャンネルじゃなきゃ、世界的スターになれっこない!」

「飛躍し過ぎじゃないかな……」

 暮林は靴を揃えて、残るチームメンバーが待つ部屋へと歩を進めた。

 魂にはいつものように炎が灯っている。

「よぅし。動画を上げて有名になるってことだな。だったらやるからには徹底的にやるぞ。まずはこの前の事件と、それを解決した英雄について、俺がたっぷりと語るとしよう」

 そしてその武勇伝を全国に、果てには世界中に知らしめるのだ。

 もしかしたら何かのニュースで取り上げてくれるかもしれない。

 暮林にとって、あの一日を自慢しない選択肢はない。

「何のこと言ってるのか俺にはわからないけど……とにかく、今マサキとヒラッペが新作ゲームの実況に挑戦してるよ……」

「なるほどな。形は何にせよ、お前たちもやる気になったってことだな」

「うーん、どうかな……? そこまでじゃない気もするけど……」

 単に遊んでいるだけのような……。クロスの声は、もう暮林には届いていなかった。

「ここからチーム『クォーター』のサクセスストーリーが始まるぜ!」

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