三話 深淵はせまっている

①親友の教室

 上里つかさは、学校に潜む悪魔を倒すことを目的としていた。

 数日前までは自然しかない田舎に住んでいたが、今は色々あって、都会の高校に転校している。そこで再会した旧友をバネに、人の海にどっぷり浸かろうとしていた。

 度々妄想をする癖のある上里だが、周囲の人間――特に友人は、それを彼のユニークポイントとして認めていた。常に楽しいを求める上里にとって、悪魔を倒すことは大きな目的なのだが、純粋に友人と充実した日々を送ることが好きなのである。

 今日も新しいワクワクが待っているはず。廊下を大股で疾走する上里を周囲の生徒は煙たがっていたが、その程度で高揚を止められるわけがなかった。もちろん、教師の注意が耳に届くこともない。

 大手を振って、上里は二年一組の教室を訪ねた。

 ブレーキを掛けるかのように、ゴールの机を力強く叩く。

「よう一瀬! 食堂に行こうぜ!」

 クラスメイトは驚いて一斉に振り返ったが、当人は頭を少し上げるだけだった。

「……上里か。来ると思ってたよ」

「ほう、嬉しいこと言ってくれるね。待望の親友が迎えに来たってわけだ」

「……かもな」

 常にクールを貫く一瀬だが、今回は上里の熱気までも吸収する。頬杖を突いて、心ここに在らずといった様子だ。

 疑問符を浮かべて教室を見渡すと、ある違和感に気付いた。

「泉はいないのか?」

 昨日一日、面白いくらいにべったりだった彼女がいない。

 男子トイレで彼氏に迫るくらいにほの字なくせに、どうして相手を一人にするのか。

 何か事情があって休んだのだろうか。一瀬はその考えを否定するように、

「ああ、新堂先生と一緒に居たいってどこかに行っちまった」

「新堂先生? 泉はその先生が好きなのか?」

「知らないよ。俺だって聞きたいくらいだ」

 投げやりになって語気を強める。

 一瀬は、普段は素っ気ない態度を取ることが多い。だとしても、この反応はあまりにも不自然だった。

 上里は原因を探ろうとする。

「あ~、そういやうちのクラスにもそんな奴が居たな。あれじゃないか。ファンクラブでもできたんだろ」

「ファンクラブか……。いや、あの様子は、そんな言葉じゃ片づけられない感じだった」

 真剣な目つきが射抜いてくる。今度は心外といった感じで、

「おいおい、今のもただの冗談だからな。大方、先生に呼び出しを食らったとかだろ」

「だといいんだけどな」

「何かあったのかよ」

 親友が心配になる上里だが、すぐに饒舌になり、

「……あ、喧嘩でもした?」

「悪い上里、約束は守れそうにない。咲良のことが心配なんだ」

 一瀬は覚悟を決めたようにすっと立ち上がった。纏っているオーラは元に戻っている。

「どこに行くんだよ?」

「埋め合わせは必ずするよ。……何か嫌な予感がするんだ」

 と、一方的に捲し立てると、勢いのままに教室を出て行ってしまった。

 上里も慌てて後を追うが、廊下に広がる生徒の海に紛れて、もういなくなっている。

「なんだよ。親友の返事も待たずに行くんかよ。ちょっと面白そうだし、俺も付き合うのに」

 顎に手を添えて少し夢想した後、大きなため息を吐いた。

「まいっか。今日は一人で暇を潰すか」

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