四話 長い一日

①暮林の朝

『――関東は一日を通して快晴が続く、気持ちの良い日和になるでしょう。特に雲の少ない地域では、非常に長いマジックアワーが観測できるかもしれません』

 街中の電器屋にディスプレイされたテレビから、そんなニュースが流れている。

 マジックアワーとは一体何なのか。一般人なら聞きなれないワードについスマホで検索したくなるはずだが、暮林という男は、無心で空を見上げていた。

 雲一つない青空に、一機の飛行機が線を引いていく。

 ぼーっと天上を見上げる阿呆面。脳みそは空っぽと言ってもいいくらいだった。

 単に早朝だから起き抜けで――というわけではない。

 暮林の通学路には踏切や信号といった、集中力を奪っていくものが多いのである。

 信号で塞き止められた人の流れは、徐々に塊を大きくしていく。中には当然のように尾鳥高校の生徒も散見するのだが、暮林にはどうにも気になることがあった。その生徒の過半数がピンク色のアクセサリを身に着けているのだ。

 そこにタイミング良くクロスが合流し、話しかける。

「おう、回復したんだな。良かったよ」

「……」

 普段から口数の少ないクロスだが、寝ぼけて声が聞こえないのか、目の前だけを注視している。

 ふと目を落とすと、他の生徒と似たようにピンク色のアクセサリを身に着けていた。

「……ん、なんだよそのネクタイピン。最近それをよく見かけるけど、今はそういうのが流行ってんのか。ヒラッペも急に着けるようになったしな」

「……」

「クロス? 無視すんなよ。――あ、もしかして誰か配ってんのか?」

 ようやく言葉に反応したクロスは、首だけを人形のように九十度動かして、無表情で言う。

「真希先生に貰ったんだ。昨夜、お見舞いに来てくれてね」

「ふーん、俺が帰った後にそんなことがあったのか。良かったな」

 適当に相槌を打つ。別にネクタイピンに興味があるわけではない。反応がないのが嫌だっただけだ。

 クロスは気持ち悪いくらいに口角を吊り上げて、

「もしかして、欲しいの?」

「別に欲しいってわけじゃないけど……」

 友人の手前、直接的な言い方は留めておく。

 暮林の感想としては、男が着けるにはダサいという印象だった。

「真希先生にお願いするといいよ。誠心誠意な気持ちを示せば、愛を与えてくれるから」

「おう……」

 気持ち悪い笑みに気まずくなる。

 変な小説でも読んだのだろうか。やけに言い回しが大げさだ。

「……そんなに嬉しかったのか?」

「もちろんだよ。真希先生はみんなを包み込んでくれる素晴らしいお方だよ」

 信号が青になると、クロスは勇んで先に行ってしまった。

 昨日一日体調を崩していたとは思えない軽やかな足取りに後れを取ってしまう。

「クロス……年上が好みだったんだな……」

 独り言は、鞠那の雑踏に飲み込まれた。

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