一話 フレンド・ザン・ヴィラン
①登校中
暮林蓮は、誰もが知る「暮林蓮」になることを目的としていた。
その過程として、優秀生徒に表彰されることも狙っているほどで、そのために、出席状況はもちろんのこと、奨励賞や感謝状など、賞・状の付くものを手に入れることで自らに対する周囲の評価を高めようとしていた。
そうして優秀生徒になれば、卒業後の進路は高校側がサポートしてくれる。
下心と言ってしまえば否定できるだけの反論もないのだが、そんな信念をもとに、暮林はまた、優秀生徒への一歩を進めようとしていた。
「ほら、着いたぞ。保健室に行けば痛みなんてすぐになくなるよ」
ある日の早朝のこと。高校一年生だというのに暮林は、自身の身長の半分にも満たない子供と手を繋いで、小学校の門を叩いていた。子供の目元には泣きはらした跡があるが、今のところは落ち着いている。
この辺は小中高が綺麗に並ぶ珍しい立地をしており、さらにはスーツ姿のサラリーマンもいることから、通学・通勤の人波に紛れる暮林は大して違和感を放っていなかった。
「すみません。この子、登校中にケガしちゃったみたいで、道端で泣いてたんで一緒にここまで来たんですけど……」
小学校の校門で、登校生徒に明るい挨拶を振りまく女教師に声を掛ける。
教師は、暮林と手を繋ぐ子供に目を移し、擦り傷で血塗れになった膝を認めると、怪訝な表情で暮林を見つめ返した。
「君がやったわけでなくて……?」
「ま、まさか! 僕が朝っぱらから年下をいじめるような奴に見えますか? わざわざ学校まで届けたりしないでしょう!」
暮林は正直言って人相は悪い方である。実際、高校の友人にも、未成年なのに酒タバコをやってそうだとか、平気で万引きをしていそうだとか、そういうことをよく言われるのだ。だからこの教師も、暮林に対してそんな感想を抱いたのだろう。
「な、俺が一緒だからここまで来れたんだもんなっ?」
屈んで子供と目線を合わせて問いかけても、相手は俯いたままだ。
一体どういうつもりだろうか。
悪いこととは無縁とまでは言い切れないが、小さい頃から学校を休んだことはなかったし、宿題は欠かさずに提出するくらいの人となりは備えている。でなければ、遅刻する可能性を顧みずに、初対面の小学生をここまで連れて来たりしない。
暮林は消沈した。
まだ春先なのに勝手に夏服にして、ワイシャツ一枚だけで袖を捲っていることが、良い印象ではないというのか。鋼のような両腕も、今では元気を失くしている。
「まあた、人助けしてんのか」
「小学生相手に何やってんだよ」
小学校の前の歩道は尾鳥高校の通学路になっていることもあり、惨めな暮林を見つけたクラスメイトがからかってくる。
暮林が追い詰められているのがまるでわかっていないのだ。
「ぐぐぐ……。な、そうだよな?」
縋るように助けを求めると、子供は静かに頷いた。
「ほら、ね。……ま、とにかく保健室に連れて行ってあげて下さい」
根拠を出してくれたというのに、教師の目つきは変わらなかった。言わせてるんじゃないでしょうね? とでも言いたげだ。
「わかりました。生徒を助けてくれて、どうもありがとうね」
しかしながら、さすがにここで時間を食うわけにもいかないようで、教師は子供の手を取ると、仕方なさそうに校舎の方へ姿を消した。
ようやく少しばかりの元気を取り戻したのか、子供がちらりと振り返る。
「お兄ちゃん、ありがと」
「おう、次は気を付けろよ! 俺の名前は暮林蓮だからな!」
暮林は早朝から、清々しい気持ちで胸が一杯になる。
そして禁忌の遅刻を胸中で唱えると、緩んでいた靴紐をきつく締め直した。
東京都鞠那区鞠那。
暮林は鞠那という街で生を受け、鞠那という街で十五年間の歳月を過ごしてきた。
鞠那であらゆる行事を経験し、鞠那であらゆるイベントを味わってきた。
年齢と共に変わりゆくこの街が家族のようで、暮林は心の底からこの街を愛していた。
しかしながら、最近は懸念していることもあった。
数年前までは住みやすい街として度々テレビで紹介されるような街だったというのに、年々人が増えてきた影響で、鞠那での犯罪及び事故が増えているのである。
一カ月に一度はニュースで報道される始末。暮林はそれが到底許せなかった。
これ以上、この街が悪い方向に向かっていくのは嬉しくない。
「鞠那の有名人と言えば俺。いつかそんな風になればいいな……」
そう夢を抱くようになるのも、もしかしたら当然のことだったのかもしれない。
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