②麓
月明かりで照らされる麓にある山小屋。
下山した上里と畑は、外にある木造りのベンチに腰かけていた。畑が声を掛けることを躊躇うほどに、さすがの上里も憔悴している。
山小屋からの連絡を受けて飛んできたたくさんの大人たちが目の前を行き交っている。その中には村にいる数少ない医者がいて、車内に横たわる一瀬の安否を、渋い顔でたしかめていた。クマと思わしき黒い物体を、肉の塊のように運ぶ大人もいる。
みんなが村で見たことのある顔。これが何かのパーティーなら良かったのだが、残念ながらそんな訳がなかった。特に見知っている大人が、上里に近づいてくる。
「つかさ君、いい加減にして。慎太郎を危険な目には合わせないでって言ったよね。今回はなんとか助かったからいいものの、慎太郎にもしものことがあったら君はどうするの?」
「……違うよ。本当はこんな結果になるはずじゃなかったんだ。本当はあんなクマ、おれが倒すつもりだったんだ……。なのに一瀬の奴、余計なことして……」
「余計なことって……つかさ君、あのね……!」
「だってそうでしょ。神様はおれなら倒せるって言ったんだ。なのにそれを信じないから、こうやってケガするハメになったんだよ」
一瀬の母は沈黙する。上里が子供相応の妄想をしていると思ったのだろう。
これ以上話しても埒があかないと判断したのか、母親は話を切り上げようとする。
「万が一を考えて慎太郎は都会の病院に連れて行くことになったわ。ちょうど移住を予定していたし、これを機にもう会えなくなるわね」
「……会えない?」
「今まで慎太郎と遊んでくれてありがとうね、つかさ君。でもこれからは、もっと友達を大切にして」
怒りを押し殺した様子で車に乗り込むと、父親の運転で麓を離れていった。
今度は畑の家族が近づいてくる。
「じゃあ上里、おれも帰るよ。良かったら一緒に乗るか?」
「いい。おれは一人で帰る」
「でもつかさ君、こんな夜遅くに一人は危険じゃない?」
村から麓までは徒歩で行けない距離ではない。だからなのか、上里の家族は迎えには来ていなかった。畑の家族も、そのことを気がかりに思ったのだろう。
「大丈夫……頭を冷やしたいんだ……。だから一人にして……」
「そう? 無理しなくてもいいのよ?」
「いいよ母さん。上里はそういう奴さ。望み通りにしてあげなよ」
畑が母親を説得している。幸い山小屋には今も数人の大人が残っていて、最悪の事態を心配することはないだろう。何も子供を置き去りにするわけではない。
ようやく踏ん切りがついたのか、畑は去り際に言った。
「おれはお前のこと好きだよ」
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