④チームのたまり場

 交通事故の喧騒から逃れた暮林は、一瀬たちと別れ、とある一軒家にやって来ていた。 軒先に出ている表札は暮林ではないのに、インターフォンも押さずに上がり込む。当然出迎えもないが、第二の我が家とでも言うかのように廊下を進んでいく。どこもかしこも、まるで引っ越したばかりのようにがらんどうだった。

 辿り着いた一室に入ると、嘘のように雑然とした景色が広がる。ゴミが散らかっているわけではないが、数週間前の少年雑誌や、中身が違うゲームディスクなどが至る所に転がっているのだ。躯と化したそれらの中心で、先ほど雑務を押し付けてきた友人が、別の友人とテレビゲームに興じていた。

 長身のマサキ(件の友人)と巨漢のヒラッペ。漫才でも始めそうな風体だ。

「お前、部活があるんじゃなかったのかよ」

「おおーバヤシィ、ようやく来たか。いんや、これも部活といえば部活だろ」

「ぶっふ、人んちに集まってゲームしてるだけだけどな」

 いつものたまり場ということもあり、気持ちを落ち着けるために出向いたというのに、暮林は思わず手が出そうになった。それにストッパーを掛けるように、後ろから別の友人が声を掛ける。今度は虚弱体質のクロスだ。

「よ、よう、バヤシ……遅かったな。ま、座れよ……」

 家の主であるクロスに言われては仕方ないと、あぐらをかく。本日も相変わらず、家には彼の家族が誰一人としておらず、暮林たち四人のたまり場になっていた。

 マサキとヒラッペは、二世代前の家庭用ゲーム機で格闘ゲームを繰り広げている。

 クロスの部屋には様々なハードが並んでいるのに、お気に入り以外に興味がないのだ。

「何か奢ってくれるんだよな?」

「んー? これ。好きなだけ食っていいぞ」

 マサキはそう言って、クロスの持ってきた茶菓子を我が物顔で貪り食う。

「人んちで食うメシは最高」

「なークロス、炭酸ジュースとかないのかー?」

 そして続け様に好物の催促をする。

 ここをネットカフェか何かと勘違いしているのか。

「あんなこと言ってるけど……」

「いいよ。いつかきっちりと精算するから」

 家畜を見つめるようなクロス。

 マサキとヒラッペはそんなことなど露知らず、なおもゲームに夢中だった。

 呆れ果てた暮林は、それ以上何も言う気がなくなった。

 抜け殻のようになった状態を見かねたのか、クロスが話を振ってくる。

「バヤシってさ……最近学校で噂になってる『小悪魔』の話って知ってる……?」

 外野も外野で、ゲーム観戦を肴に会話でもしておく。

「何それ? 初めて聞いたな」

「生徒がまるで別人になったかのように……『腑抜け』になっちゃうって話だよ」

 ゲームをしながらでも聞き耳を立てていたのか、二人が話に入ってくる。

「あー、あったなーそんな噂。サキュバスに魅せられたみたいにおかしくなってるから、小悪魔って言われてんだっけか」

「そういや、今日もサッカー部のエースが腑抜けになっていたな」

「被害者は男だけなのか?」

「女子も何人か食らってるって話だよ……。学校で何が起きてんだろうな……」

 クロスとしては、少しは場を盛り上げるために話題を提供したようだが、暮林にはいまいち刺さらなかった。あるいはクロスの妄想の可能性もあったからだ。

 というのも、クロスはこんな見た目に相応しく、作家志望に夢を見ている。

 上手く行けば一躍有名人になれると言われ、暮林もその道を進んでみようかと思うこともあったが、勉強のために渡された小説の一ページ目を読んだところで、この道は自分には合わないと諦めることもあった。

 ちらりと本棚に目を向けると、タイトルがカタカナ塗れのファンタジー小説が並んでおり、その中に隠すように『小説の書き方』と本が置かれている。

 それを見ると暮林は「そうか……」と曖昧な返事しか出なかった。

 さすがにいつもと代わり映えのないこの状況にも飽きてくる。

 マサキの勝利で決着がついたかと思うと、二人はそのまま次の試合を始めてしまった。

「なぁ、外にパトロールしに行かないか」

 暮林が言うと、マサキは鼻で笑いながら、茶菓子の入った盆を自分らの前に寄せて、

「バヤシさぁ、まだそんなこと言ってんのかよ」

 ヒラッペも続くようにクッキーを一つ口に放り込んで、

「夢を見るのも辞めにするべきだな。こうやって集まって馬鹿するだけで良くね」

「はぁ? お前ら忘れたのかよ。元々俺たちはデカいことをしようってことでツルむようになったんだぜ? 有名人になってモテたいとか思わないのかよ」

 そりゃなくはないけどさー、と二人。

「俺は別にバヤシに付き合うのは嫌いじゃないよ……。でも、ゴミ拾いしたり、夜中に外を歩き回るのはどうかなって思う……。通報されたこともあるし……」

「だから、何回でも繰り返すんだろ。簡単にデカい山が舞い込むわけないんだから」

「俺からすれば、そうやってコトが起こるのを狙ってる方がダサいかなー」

「ブフ、たしかに。アドリブでやるから格好いいだもんな」

 二人は揃いもそろって、大げさに頭を揺らしている。もしかしたらこの三人も小悪魔とやらに腑抜けにされたんじゃないか。暮林はそう思い始めていた。

「……」

 怒りを沈黙で蓋をしようと努力する。いや、こいつらは元からこういう奴らだ。

 ふとテレビのとなりに視線が泳ぐと、埃をかぶり使い古されたゲーム機が、タコ足配線のコードに囲われた状態で置かれているのが目に付いた。それ自体は何ら変わりない状態なのだが、ゲーム機に見慣れない小箱型の機械が繋がっているのが気になった。その先はデスクトップパソコンに続いている。

「それ、なんだ?」

「……ああ、これ? キャプチャーボードだよ……」

 クロスの回答を聞いて、長身と巨漢が湧き上がる。

「ナイス、クロス! 頼んだもの用意してくれたのかー!」

「そうそうこれだよ。こういうのだよ。バヤシ、パトロールよりもっといいものがあるべ」

 名案を発表するかのように、二人は口を揃えて、

「ゲーム実況だ!」

「俺も一緒に加われって言うのか?」

 テンションに付いていけなくなった暮林はあからさまに難色を示した。

 今二人がプレイしているゲーム『大乱闘スラッシュ&ストライク』は、暮林がもっとも好きなゲームである。小学生の頃から、一日に一度はプレイするようにしている。少なくとも同い年以下には負けたことがない。

 だからこそ、家族のような存在のゲームが良いように扱われそうなのが不快だった。

「当たり前だろ。四人でやった方が盛り上がるぜ。そもそも俺たちがツルむようになったのって、どっちかって言うとスラストのおかげだろ」

「たしかに。バヤシとマサキが携帯版を教室でやってて、俺とクロスが話しかけたんだもんな」

 その縁起の良いゲームに肖り、さらなるステップアップを図ろうと言う。

 言い分は筋が通っているかもしれないが、暮林にはどうにもその道のりは険しいように感じられた。動画を撮って、インターネットにでも上げようと言うのか。

「クロスはやるべ?」

「俺が用意したんだしね……。やるしかないよ……」

「いいねー。俺たちのエンターテインメントを見せてやろうぜ!」

 色めき立つ三人に感化され、仕方なく並んでコントローラーを握る。

「やるからには全力でぶっ倒すからな」

 そう豪語する暮林の実力は、目を見張るものがあった。

 暮林の圧倒的な連勝が続き、それに応じて四人の纏う空気は静かになっていく。

 ゲームは間違いなく楽しんでいる。

 ――だが本気の暮林が混ざると、こうなることは避けられないのである。

 三人は――特にマサキは、今日こそは勝てると思い上がっていたのだろう。勝ち星の差がこれ以上開くまいと、面白くなさそうにコントローラーを置いた。

「あのさー、俺閃いたんだけど、このゲームの大会に四人で出るってのはどうよ」

「おい……」

 急な提案に面食らってしまう。

「おっナイス。それはいい考えだ」

「俺……数回しかやったことないけど……」

「いいって教えるし。ほら、俺超上手いから」

 マサキは自分の成績を自慢げにアピールする。

 と言っても、撃墜数の合計は暮林の半分以下だ。

「名前も考えてあるんだよねー。チーム『クォーター』。なんか強そうじゃない?」

「クォーターって、四分の一って意味だよね……」

「むしろ戦力減ってるように聞こえんぞ」

「いやいや! 『四つ集まって一つになる』って意味だから! なぁ、バヤシはどう思うー?」

 自分は真剣にゲームに向き合っていたというのに、そんなことを考えているから負けるのだ。抑えたはずの蓋が弾け飛びそうだった暮林は、頭を冷やすために席を立った。

「三人でやっててくれ。俺はちょっと散歩してくる」

 行ってらっしゃいだの、気を付けろだの。

 無愛想な見送りはスルーした。

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