②三人の考え
チーム『クォーター』が勝手に使用している一階の空き教室。そこにはこっそり搬入した、本来はDVD鑑賞で使うモニターと、ヒラッペ持ち込みのテレビゲーム機が置いてあった。すでにあった机と椅子については、教室の片方に寄せて積み上げている。
いわば学校内に築いたたまり場で、普段は気が向いたときにここに集まって、『スラスト』に興じているのである。
コントローラーを握り締め、深呼吸するのは暮林だ。
「待ってたよ。さ、勝負しようぜ」
空き教室の前で立ち尽くすクォーターの面々を見据える。当然のようにピンクのネクタイピンを身に着けており、それはマサキも例外ではなかった。目には感情がまるで宿っておらず、三人とも腑抜けになってしまったのだと聞かなくてもわかる。
「何を……する気……?」
クロスがスロー再生みたいに口を開く。
「男同士の友情を深めるにはこういうのが一番だろ。戦いってのは少年マンガの王道だかんな。こいつでお前たちに熱い心を呼び覚ます。いいから座れ」
「熱い心ねぇ。よくわからんが」
ヒラッペが先導し、三人はいつものポジションの席に着いた。
無骨な椅子の軋む音が、プレイヤーを戦地に誘おうとしている。
マサキは問う。
「どういうルールでやるんだ?」
「一対三でやる。俺が一人、お前らはチームになっていい。マップは浮いた床が三つある奴。アイテムはなし。タイマンでやるときのルールだ。ストックは一人三つ」
暮林はコントローラーを操作しながら、せっせとセットアップを進めていく。卑怯はなしの平等な勝負であることを明確にしておく。
「随分と不利になるけど平気なのか」
「構わない。ただ、一つだけハンデは貰う。最初、俺が『トロイア』を最大チャージするまで攻撃は禁止だ」
『トロイア』とは、暮林がメインで使うキャラクター『ラルフ』の技の一つである。チャージ量によって、遠距離攻撃が可能なビームの形状が変化することが、ラルフの特徴であり強みなのだ。そのチャージが終わるまで、手出しはするなというハンデだった。
「その程度なら構わんぞ」
「俺も……」
「舐められたもんだね」
ヒラッペとクロスが頷いたので、マサキもそれに続いた。
「始めるぞ」
スタートボタンを押し、試合の幕が開かれる。早速暮林がトロイアのチャージを始めたが、敵三人の内、一人だけ行動に出る姿があった。
「ふひっ、チャージをするなとは言ってないぜ」
「たしかにな」
ヒラッペのキャラクターも、ラルフとは型が違うがチャージ技を持っている。そのことからヒラッペの行動を予想していた暮林は、呑気にチャージをするゴリラのキャラクターに一気に接近した。不意を突かれた攻撃に、ヒラッペの対応は間に合わない。
そのままラルフお得意のコンボが炸裂し、ゴリラのストックが一つなくなった。
「チッ」
「何やってんだよ」
「攻撃したってことは……俺たちもいいんだよね……?」
クロスの剣士キャラクターの大振りを皮切りに、三人の波状攻撃が加速する。
暮林は適確な入力で応戦しつつ、着実にダメージを重ねていく。剣士のストックを一つもぎ取ることに成功はしたが、ラルフはいつ倒されてもおかしくない状況になった。
「ナイス」
ヒラッペとクロスが作った隙を利用して、マサキのアメコミ風キャラクターが正拳突きをかます。ラルフが復帰を試みようとするも、さらにアメコミが追い打ちを仕掛けた。アメコミは悠々と崖を回避上がりして復帰を果たし、ラルフは地上から追いやられる。
「それはどうかな」
三人が油断したタイミングを、ラルフこと暮林は見逃さなかった。
『トロイア!!』
ラルフが最初に溜めていた一撃、金色のレーザービームが、マップ内を横断する。
導線にいたゴリラ、剣士、アメコミの三キャラクターは三方向に吹き飛んだ。
当然ラルフも復帰できるわけがなく、これで四人がほぼ同時にストックを減らした。
「お前らのクセはわかりやすいんだよ。勝負はこれからだぜ。――なぁ?」
キャラクターとの調和を深めるかのように、コントローラーを改めて握り締める。
ラルフ残り二機。ゴリラ残り一機。剣士残り一機。アメコミ残り二機。
暮林の不利に変わりはないが、それと同時に栄光の勝利が近づいている事実に、暮林の心は高揚していた。
「ねぇ、どういうつもり? 私はあなたの相手をしている気分じゃないの。早く戻りたいんだけど」
一瀬が空き教室の戸を閉めるなり、泉は不服の意思を台詞に表した。しかし表情にも言動にも、感情は乗っていない。
一瀬は構わずに椅子を差し出す。
「いいから座れって。お前の反応次第ですぐに済むからさ」
「……さようなら」
泉が出口に足を向けると、一瀬はその前に立ちはだかった。
「待てって。咲良、今のお前は正気じゃない」
静かに説得する。腑抜けになった泉を元に戻すための算段を立てていた一瀬だったが、コトは慎重に行うべきだと考えていた。相手の様子を見ながら一手を選んでいかなければ、予想外の展開になりかねない。
「それはあなたの方じゃない? どかないと、レイプされそうになったって言い触らすけど」
「強い言葉を使えばいいってもんじゃないぞ」
冷静に努めて、とにかくこちらが主導権を握るべきだ、と方向性を明確にする。
一瀬は、用意しておいた鞄を泉の足元に置いた。
「とりあえずこれ、開けてみな」
「何これ……うっ」
鞄の中を蠢く『何か』に小さく反応する。どうせならその鳴き声も堪能して欲しかったが、その余裕はないようだ。一瀬はにやりと口元を緩めた。
「根は変わってないみたいだな。無理しなくてもいいんだぜ」
まるで宝箱のようにチャックを開ける。
「何……を……」
「よし、いくぞ……! まずは三大奇虫が一角――」
無表情を貫く泉に対して、一瀬はそれを破る『とっておき』を披露した。
「サソリモドキだ!」
頑強な触肢と鞭のような尾を持つ節足動物が露わになる。それ自体は虫かごに入っており、危害を加えてくることはないのだが、その強烈な風貌から『三大奇虫』のひとつと呼ばれ、特に気持ち悪い生き物として知られているそれは、見た目だけでも精神を蝕んだ。
腑抜けになって感情を喪失した泉でも、虫嫌いは簡単にはなくならないはず。きっとそこに付け入る隙がある。それが一瀬の考えだった。
「ほら、持ってみろ。中々お目にかかれない貴重な生き物だぞ? 借りてきたんだから丁重に扱いな」
「…………」
明らかに後退りを始める泉。視線は虫かごに収まる奇虫に、釘付けになっていた。
「……っ」
昆虫好きなら、喜んで食い入る虫に相当するはずだが、泉の反応は明らかに嫌悪を示している。一瀬はそれを重畳と捉えつつ、素知らぬふりでしゃがみ込み、
「ふんふん。たしかに奇抜な見た目してんな。モドキって言うからにはサソリじゃなくて、どっちかって言うとクモに近いらしいぞ」
「……っ……っ」
「けどまあ、こうしてじっくり見ると、そこまで気持ち悪くはないっていうか、RPGに出てきそうな見た目をしてるよな。咲良はどう思う?」
一瀬が泉を見上げると、いつの間にか距離を置かれていた。何を弱腰になっている、と煽りたくなるが、一瀬はやはり、展開を見据えて慎重に行動する。
「……別に、なんとも……。で、それがどうしたの?」
「いや、俺はただ、お前と一緒に生き物観賞をしたいと思ったんだ」
「そう。ならこれで終わりでしょ」
「いや、まだある。もっと一緒に楽しもうぜ、咲良。嘯くんなら、ちゃんと手に持ってみろよ」
歯噛みしながらも手を出す泉に、二つ目の虫かごを押し付ける。
「次はウデムシだ」
平たい体に細長い脚と、腕のように発達した触肢を持つ奇虫が、泉の感情に強い刺激を与える。
「……っっっ!!」
「おおっと! 危ないな。落とさないよう気を付けろよ。万が一があったら弁償だからな」
すんでのところでウデムシをキャッチする。虫かごの横面に大きな体躯がボトリとぶつかった。
虫かごを抱えながら、泉を壁へと追い詰める。とうとう逃げ場のなくなった泉は、腰を抜かして、その場に座り込んでしまった。
「どうした、咲良? さっきまでの冷静さがなくなったな? 案外かわいいもんだと思うけどな。よーく見てみろって」
穴が空くくらいに自分の膝を注視している。一瀬はその前に虫かごを置いた。
「……うん、まあ、なんだ。案外の、存外の、意外くらいには……」
反応はしているが守りに入ってしまったようだ。一瀬はとりあえず追い打ちを掛けようということで、サソリモドキの虫かごもとなりに並べた。さながら、猫除けの結界のようである。泉は足を畳んで体を縮こませ、
「どけて……その虫かごをどけて……。蹴り飛ばしてもいいの? 気が狂う前に早くどけて……!」
「やっとらしくなってきたな。ほら咲良、そんなお前に、最後にプレゼントだ」
あともう少しで泉を元に戻すチャンスが訪れる。その好機を引き入れるため、一瀬は強烈な一手を投じた。
「ヒヨケムシだ。名前はひーくんって言うらしいぞ」
三つ目の虫かごから本体を取り出し、直接泉の膝に乗せる。強大なはさみ型の鋏角と脚のような触肢を先頭に有した赤と白の奇虫が、盤上で踊るようにのっそりと蠢いている。
「……うっ……うっ……うっ」
「ひーくん、咲良に挨拶して。ほら、咲良も何か言えって」
相変わらず素知らぬふりを決め込む一瀬だが、甥っ子を紹介しているわけではない。
そのことは、当の本人がよくわかっていたようで、
「ぎゃぁあああああ!!!!!」
泉はようやく恐怖という感情を大きく曝け出した。
「音楽と言えば、ここかな~と思ったんだけどな~。安直過ぎたかね。手掛かりなんてありゃしねぇ」
音楽室を出た上里は、大きなため息を吐いた。我ながら名案だと思ったのだが、収穫はゼロだった。
他にある教科専用の教室も一通り回ったのだが、結果は同じだった。
『悪魔』に迫っている気はしているのに、決定的なものがない。
「あとはどこに行ってないっけ……あ、そうだ。そういや、あそこがまだだったな」
階段を駆け下りる。電子関連で関係がありそうな場所が残っている。
コール教室を開けようとすると、手応えが固かった。
「開かない。ツイてねーな」
すでに戸締りをした後なのだろうか。そうであれば、わざわざ中に入る必要もないが。
上里はどうにも気になって、換気用の窓を見上げてみる。すると、高窓のひとつが開けっ放しになっていた。閉め忘れた可能性はもちろんあるが、上里の脳裏に仮説が浮かぶ。
「誰かいるのか……よし!」
廊下で短い助走を取って高窓に手を掛ける。勢いに乗せて這い上がると、教室内で作業をする生徒の姿があった。
「ああ、いつかの先輩じゃないか!」
「き、君は……! くっ――」
以前ここで、デタラメな作曲をしていたメガネの男子生徒である。彼は上里に気付くや否や、ノートパソコンを閉じ、準備室の方へ駈け込んでしまった。
「え、あ、おい! なんで逃げるんだよ」
まるで見られてはいけないものを見られてしまったかのような反応だ。戸の内側に視線を向けると、やはり錠が下りており、上里は舌打ちをしつつ強引に窓から侵入した。
「後ろめたいことがあるってことだよな」
あれやこれやと脳内で巡らせながら、準備室のドアノブを捻ろうとする。
「鍵、閉めやがったな」
嘲うかのように、先刻と似たような手応えが返ってくる。
ドアに付いていた小窓の向こう側で、男子生徒は鼻を鳴らした。
その面構えが、上里には心地良くなかった。
「先輩、妙な音楽を作ったのはオマエか?」
小窓を隔てて二人の視線が交錯する。
「であればどうすると言うんだい? 後輩風情が僕に講釈を垂れるなよ。難解な歯車を止められるのは、設計した本人だけなんだよ」
上里はそこで、たしかな黒い感情を感じ取った。
「――ああ、そうか……そういうことか……。『悪魔』の正体はオマエだったんだな?」
「またその話か。やはり下賤な奴らと会話をするのは難しそうだ」
今まで想像していたモヤのようなものが、現実の形を帯びてくる。上里は取り憑かれたように視線を落とし、肩で深呼吸をした。乾いた笑いまでもが、一緒に漏れ出してくる。
「間違いない……よな……! 神様……やっぱりそうだよな……!」
「君みたいな人間が、社会で羽を伸ばしていると思うと虫唾が走るよ」
男子生徒は吐き捨てると、準備室の方から廊下に出ていった。
「ははは! いいねぇ! 追いかけっこってか!」
ワンテンポ遅れて、上里もコール教室を乱暴に開ける。喜怒哀楽の入り混じった手は恐ろしいほどに震えていた。
廊下に飛び出し、足音のする方向に足を弾く。
脳内には神様の声が響いていた。
「せっかく見つけたんだ! 獲物はぜってー逃がさないぜ!」
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