六話 見たかったもの

①再び集結

 黒いタイトスカートの成人女性。

 彼女は尾鳥高校三階の渡り廊下から、眼下に広がる中庭を見下ろしていた。

「さっきの放送……予定を前倒しにしたのね……」

 今頃大半の人間は、教室で静黙の時を過ごしている。

 だというのに何人かは、放送室の方向へ歩を進めていた。

「まあいいわ。ようやく終わる。これで達成されるのよ」

 彼女は表情一つ変えることなく、ぽつりと呟いた。

――――

「今の放送はなんだ?」

 一瀬は、放送の前後で校内の空気が変わったように感じていた。

「パーカーの男って上里じゃないか? たしか放送室って向かいの棟にあったよな?」 

 一方の暮林はおくびにも出さずに、窓に張り付いて校内を見渡す。パーカーの男を排除すると放送は語っていた。それは上里に危機が迫っていることを示していた。

「居た! 腑抜けに襲われてる! 助けに行かねーと!」

 それを理解していた暮林は、一目散に廊下の奥に姿を消した。

 後に続こうとする一瀬だが、一抹の不安が脳裏を過り、二の足を踏ませる。

「なぁ咲良」

「いいよ、行って。私が一緒でも足手まといになるだけだし。私は大丈夫だから」

 その不安を泉は完全に払拭した。一瀬がどうしたいのか、聞かずともわかっているようだ。覚悟を決めた目に光が灯る。

「わかった。頼むぞ!」

「ああいうアドリブの方がイカしてるよなぁ」

 一瀬に頼まれたマサキが呟くと、ヒラッペとクロスは、言葉を飲み込むように頷いた。



 暮林が二階の渡り廊下に飛び出すと、向かい側では上里が膝立ちをしていた。張った筋肉は床とくっついたようになっており、纏う空気は緊張感を帯びている。

 あたかもスナイパーライフルを構えたようなポーズをしている。

「違う! 俺だ! 暮林だ!」

 思わず声を張り上げる暮林。その後方では一人の生徒が崩れ落ちる。

「ヒュー。クラス一つ分はいける人数になってきたな」

 上里はさも自分の手柄のように笑った。

 暮林は倒れる腑抜けに目をやりながら、無意識のうちに頭を低くする。

「こんなところで何やってんだよ。心配したんだぞ?」

「心配されるほど俺はヤワじゃねぇ」

 上里は渡り廊下に意識を集中させる。今もなお、腑抜けが湧いてくるのである。

「お前、さっきから何やってんだ?」

「タワーディフェンス」

 そう言うと、上里の肩の動きに応じて、腑抜けがぱたりと倒れていく。

 その人影の中から、今度は一瀬が姿を現した。

「相変わらずだな、お前は」

「なぁ一瀬、俺には上里が何をしているのかよくわからんのだが?」

「そんなことより、上里、これはどういう冗談だ」

「そんなことって……」

 暮林は仲間外れにされた気分になり、倒れていく腑抜けに目を移した。

「いやぁ、俺にはどうも、都合良く腑抜けが転んでいるようにしか見えないんだよな」

 上里から状況を聞いた一瀬は、語気を強めた。

「『悪魔』を見つけた? それは本当か?」

「さっきの放送、聞いたろ。ようやくここまで追い詰めたんだ。放送室に立て籠もってる。音楽を流している奴が他に共たってことだ。急がないと、後戻りできなくなるぜ」

 上里の体が何度も跳ね上がり、それに同期して廊下奥の腑抜けが倒れる。時間の経過と共に、徐々に腑抜けの数が増している。

「新堂先生はどうするんだよ?」

「あそこにいる」

 暮林の声で、二人の意識は奪われた。

 たしかに居る。

 新堂は三階の渡り廊下でアンニュイになっていた。

「高いところから見下ろすラスボスねぇ……」

 暮林は楽しそうに呟いた。これほどの見せ場を逃す手はない。

 ……いや、チーム『クォーター』の借りを返さねばならない。

「なぁ一瀬、上里。俺たちは目的は違えど、一つのゴールに向かって走っていたはずだ。ここは二人に任せるぜ」

「ああ、わかった」

「新堂先生は俺が何とかする! 英雄の活躍に乞うご期待だ!」

 暮林は一瀬の力強い返事で安心して、階段を数段飛ばしながら後にする。午後になっているのに、体力の有り余っている男だ。

「ふん、やっぱりあいつ変な奴だよな」

「上里はここを死守してくれ。俺はこのドアを突破する!」

 一瀬は防衛を信頼できる仲間に託し、放送室に体当たりを仕掛けた。

 上里は躍起になっている二人に対して、呆れたように息を吐いた。

「最初からそのつもりだ」

 また、腑抜けが崩れ落ちた。

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