3月29日 幹島 平人
時刻を確認すると十三時を過ぎている。
あれから五時間以上が経過した。
キッチリ一時間ごとにモドキを追加投入しているが、未だに健在だ。
「頑張っているようだな」
遠くから彼らの奮闘を眺めながら飲む紅茶は格別だ。
爆竹や花火も使っているのは、音と煙でモドキをかく乱するためか。
当初は生ぬるい対応をしていたようだが、今はボウガンやお手製の火炎瓶で容赦なくモドキを殺している。
といっても、殺害を実行しているのは神宮一だけなのだが。
「優しさというより甘さか」
「自己犠牲の精神は誇るべきかと」
「汚れ仕事を押しつけていた集落の連中に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ」
自らは手を汚さずに、美味しい汁だけを吸っていた本流の面々。
六神通を得るなんて名目は表向きだけで、俺の時代には超能力者を生み出し、その利益を得ることばかりを考えていた。
モドキの計画もヤツらにとって都合の良い話にすり替えれば、湯水のように資金を回し、すべてを俺たちに投げて自分たちは豪遊三昧。
連中の唯一の誤算は通の存在。
一番の能力者を長にする、という伝統だけは曲げることができずに通を任命。
あいつは頭が良かったから長に抜擢されるまでは従順な振りをして、老人共の言うことに刃向かうことはなく、いつも偽りの笑顔を貼り付けていた。
……俺の前だけは除いて。
計画通り長になると、通は態度をガラッと変え旧体制を批判。集落に革命を起こそうとした。
「通が現状を知ったらどう思うのか」
「間違いなく、平人様を叱責されるでしょうな」
結局、あいつにモドキ計画は伝えていない。反対するのがわかっていたから。
この計画の目的は世界を滅ぼすため、ではなかった。
通の邪魔をする者を排除するための道具を作る。それが本来の目的。
いずれ、あいつはこの国の頂点に立つと信じて疑わなかった。政治活動もその地盤固めに過ぎない。
通は俺を対等な友人だと認識していたようだが、俺にとって通は尊敬を通り越した崇拝の対象。
どん底にいた俺に手を差し伸べ、立場なんて無視して友と呼んでくれたあの日から、俺は通のために人生の全てを捧げることを決めた。
学んだ知識も、得た立場も、邪魔をする連中の排除も、すべて通の為。
だからこそ、あの拒絶がどうしても許せなかった。
「ありがとう」の一言さえ聞けたら、俺は……。
人生の全てを否定されたあの日、激情に駆られ取り返しの付かない過ちを犯してしまった。
「死に場所は見つかりそうですかな」
珠金は俺の心を見透かしたようなことを口にすることが多い。
無能者を装っているが、実は心を読む超能力が使えるのではないだろうか。
「長年仕えておりますと、ある程度はわかるようになるものですよ」
「お前の場合は的確すぎて疑わしい」
今もそうだ。
「的確と言えば、あちら側の対応は見事なものですな。こちらの動きを察知して的確に処理をしている」
予めモドキの能力や動きを把握しているかのような対応速度。
動きに荒さはあるが焦りが見えない。
「実際に動きが読めているのだから、不思議でもなんでもない」
「これは異な事を仰る。どういう意味でしょう」
珠金は見当も付かないようで首を傾げている。
珍しい姿を見られただけでも黙っていた甲斐があった。
「八重君は超能力者だ。六神通でいうところの他心通。他人の心が読める」
そう断言すると珠金が大口を開けて間抜け面を晒している。
こいつにも驚くという感情があったのか。
「まさか、そのような力が」
「姉だけが老人共にかわいがられていた理由がそれだ。この情報は本流でもトップの連中しか知らぬこと」
俺はすべての情報を閲覧できたので知っていたが。
「事故による対応で心を病んでしまい、引きこもりになったのは、その力のせいだ。多くの欲望にまみれた心の声を聞いてしまったのだろう」
「それは……お辛かったでしょうな」
ハンカチで目元を拭う振りをしているが、涙は一滴も出ていない。
「ただし、能力には力の限界と発動条件がある。まず一つ目、その時に考えている心の声が聞ける。二つ目、八重君が知りたいことを聞ける。だが、こちらはかなり体力を消耗するらしく、聞くべき内容を絞らなければならない」
超能力は超常の力だが万能ではない。何事にも欠点や制限がある。
陣の予知夢と同じように。
「更に触れた相手のみ心が読める。弟とのスキンシップが多いのも触れることで本心を知り、心から安心したかったのだろう」
結果、依存性が増したようだが。
他の連中を受け入れて信用したのも、実際に触れて心を読んだからに違いない。
「なるほど、平人様を平手打ちにされたという話を聞いたときは笑い……驚きましたが。そういう意図があったのですな」
「あの瞬間に心を読んだのだ」
何を読んだのかは見当が付いている。
こちらの作戦は筒抜けと考えた方がいい。
「しかし、そうなると妙ですな。平人様は作戦がバレているにも関わらず、変更もせずにそのままにしているようですが」
「こちらの作戦はモドキのごり押し運用による攻撃。そもそも、能力の確認がこの戦いの目的だ。そして、私はこの場で優雅に見物」
「それは知っておりますが、変更のご予定は?」
「ない」
平手打ちされる瞬間、あえて今回の作戦を強く思い浮かべた。
故に八重にはほぼ完全に伝わったはずだ。
モドキを出し切って護衛も付けずに暢気に構えている、俺の居場所が。
護身用として胸元に拳銃を忍ばせているが、これを使う気はない。珠金を納得させるための飾りだ。
「そろそろ、かな」
長時間座っていた椅子から立ち上がって、背筋を伸ばす。
深呼吸をすると濃厚な緑の香りがした。
風が草を揺らす音に、もう一つの音が紛れる。
「いらっしゃい、陣君、八重君」
視線の先に現れたのは桜坂姉弟。
手にはボウガンを携えている。
「すべてあんたの計画通りか」
「その通り」
心を読ませて、二人が私を襲うように仕向けた。
「しかし、どうやってこちらへ? そこの道路を通った者はいないはずですが」
急に現れた二人に対して珠金は平然と疑問を口にした。
見通しのいい場所から眺めていたので、道路を誰も利用していないのは間違いない。
「死角と湖を利用したのだろう。家の裏手から出て、堀を越えて、予め設置しておいたボートにでも乗り込み、湖を突っ切れば直ぐそこだ」
「水上がありましたか」
ポンッと手を打ち感心する珠金。
さてと、役者は揃ったようだ。
「さあ、そのボウガンで私を撃ちたまえ。ご両親の仇だ、遠慮はいらない」
両腕を広げ、ゆっくりと彼らに歩み寄る。
「あんたは死に場所を探していたのか?」
陣はボウガンを構え、照準を俺に合わせた。
「通のいなくなった世界は退屈でね」
「お父さんを殺しておいて! ぬけぬけと!」
珍しく八重が大声を荒げる。
怒った顔は通に似ているな。
「言い訳はしない。私が殺した事実は間違いない。過去は変わらない。どれだけ後悔しても命は取り戻せない」
ゾンビパウダーの力を使っても死者は蘇らない。
あれは生きている者をゾンビのように操るものであって、死者を操ることはできない。
故に私の研究はすべて意味のないものとなった。
だから、せめて――
「通の子供に殺されたい」
それが私の望み。
「そうかい」
陣は引き金に指を掛けて、大きく息を吸った。
「陣……」
隣で八重が胸の前で手を組んで、祈るようなポーズで俺を見ている。
その顔からは怒りとは違った感情が見えた。
あれはそう――憐憫。悲しみと哀れみ。
通が最後に見せた表情に瓜二つだった。
「結局はあんたの盛大な自殺劇ってオチか」
陣はそこまで話すと引き金を引き、矢を放った。
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