3月5日    ディヤ

「ここで間違いないよね」


 一年前に購入した車から降りて辺りを見回す。

 指定された住所をナビに入れて近くまでやってきたが、人里を離れ山の奥の方へと進んでいくルートに若干……どころか、かなりの不安を覚えた。

 行けど行けど木しか見えない、かろうじて道路と呼べる山道を抜けてたどり着いたのがここ。


 開けた場所に湖があり、ぐるっと取り囲むように道路がある。

 湖畔にはポツンポツンと家が数軒建っている。が、建て売り物件のような物ではなくこったデザインの家ばかり。


「避暑地なのかな」


 自然豊かな山々に囲まれて風光明媚という言葉にぴったりな場所だ。

 いかにも金持ちが別荘を建てそうな環境。


「金持ちって話は本当だった、と。これは気合い入れて媚びないと!」


 拳を握りしめ決意を新たにする。

 ここに来たきっかけは数日前に提案された嘘みたいな話。

 一千万を自由に使って他人の家を要塞風にDIYしていい。おまけに動画でその様子をあげてもかまわない。なんてことを言われた。

 こんな好条件をミーチューバーとして逃すわけにはいかない!

 正直、今の今まで七割……八割疑っていたけど、かなりの真実味を帯びてきた。


「もし本当なら千載一遇のチャンス! 最近少しずつ伸びてきてはいるけど、ここで一気に大量に登録者をゲットするしかない! してみせる!」


 私が利用している動画配信サイトは登録者数と動画の再生数が重要で、それがある一定数を超えると、こちらにも金が入る仕組みになっている。

 俗に言う収益化というやつ。

 今はなんとか収益化は達成しているけど、それでも底辺。その収入だけで生きていくのは辛い。


 なんとか貧乏生活で生き延びていられるのは貯金と登録者のおかげだったりする。毎月ウルチャで万単位の金を貢いでくれているから、ここまでやってこれた。

 その中でも一番金額が大きいのが――陣だ。

 私のデビュー当初から観ていてくれて、初めてウルチャをくれた視聴者。

 こんな優良な顧客を逃してなるかと、こっちから積極的に接点を持ち友人のような関係を築けた……と思っている。向こうはどう考えているかわかんないけど。


 正直、これだけ私にウルチャをしていたのは下心ありだと警戒していたのだが、ネット上だけとはいえ親しくなってから数ヶ月、そんな素振りは一度も見せなかった。

 ご飯を奢ってもらったことが何度もあるけど、それもネットを通じて私の家に料理や食材を直接送るシステムを利用したもので、一度もリアルで会ったことがない。


「見た目には自信あるんだけどな」


 サイドミラーに映る自分の姿を確認する。

 顔は自分で言うのもなんだけど可愛い方。髪色は明るい茶色をポニーテールにしている。この髪型は作業がしやすいのと男受けするから。

 服装の上は深緑色の長袖シャツ。作業の汚れが目立ちにくい。

 下は黒に近い灰色のカーゴパンツ。ポケットがいっぱいあるので重宝している。上下共に地味な配色。


「うーん……かわいげがない」


 配信中のユニフォームとして着こなしているので、今日も動画を撮る予定だからいつもの服装で来たけど、ちょっと失敗かもしれない。


「あいつの好みがよくわかんないからなー」


 でも、大きめの胸を強調するようにシャツは小さめで肌に張り付いているし、襟元が大きく開いているから胸の谷間も見える。

 こういった男っぽい格好をしながら、ある程度の露出がある女に需要があるのも計算済み。

 動画のサムネもそこを強調したものにして、多くの視聴者を釣ってきた。

 男であれば無意識に惹きつけられる、はず。


「陣ってどんな人なんだろう」


 私は動画で顔を晒しているので向こうにはバレているけど、相手の顔は知らない。声からして二十代男性だと思い込んでいるけど、実は声が若いだけのエロそうなおっさんだったら……。

 い、いや。何度も会話してきたけど、そういった感じはしなかった。

 でも、ネットの友人と実際に会ったら想像していた人とは別人だった。なんて話はよく聞く。

 今までいい人を装い、私が罠にかかるのを手ぐすね引いて待っていたのかもしれない。

 避暑地で人が少なく、隣家とかなり離れているような状況。尻軽女を連れ込むには絶好の立地。

 最悪の展開を想像して背筋に寒気が走る。


「でも、これは、チャンス」


 引き返したくなる弱い自分をぐっと押さえ込む。これを逃したら私は鳴かず飛ばずの……あの頃と同じまま。


 

 ――私は昔から承認欲求が強い女だった。



 目立ちたい、ちやほやされたい。――親にもっと見てもらいたい。

 だけど、その反面……自分を誰よりも冷静に把握していた。

 容姿は自分で言うのもなんだけど悪くなかった。クラスで上位の見た目で、スタイルも良い方。

 明るく誰とでも公平に接するように心がけていたので、小、中学生時代は人気があり異性にはモテまくった。


 でも、もっと注目を浴びたかった私は女子が少ない工業高校に入学を決意。

 そこでなら、間違いなく私はモテる、注目される。そう目論んだ私の考えは的中。在学中は怖いぐらいにモテて、何度告白されたかも覚えていない。

 真面目に就職を考えて進学してきた数少ない女子には嫉妬されて嫌われまくったなー。

 ……まあ、それが大失敗に繋がるわけだけど。

 そんな環境に三年間いたら自分はすごくかわいくて最高の女だ、と勘違いしても無理はない、よね。


 勘違い女はアイドルを目指し、運良くオーディションに合格。三十六人もいるグループに滑り込みデビュー。

 まではよかったけど、そこで現実を突きつけられた。

 そこにいるのは自分に自信がある女ばかり。平均以上の容姿だけではなく、他にも話術、カリスマ、歌、ダンスなどの一芸に秀でたスキルを持つ者が何人もいる。


 私はそこで――埋もれた。


 人気投票では二十一位。その生々しい数字が私をこれでもかと打ちのめし、偽りの自信は木っ端みじんに砕け散ってしまったのだ。

 あっさりとアイドルを引退して、これからは地道に生きようと誓ったのだが、そんな決意も数年で揺らいでしまう。

 暇つぶしに観ていた動画サイトで容姿がパッとしない女が視聴者にもてはやされ、人気者になっているのを観て、再び私の承認欲求が鎌首をもたげたのだ。


「あんな女でも人気になれるなら、私だって!」


 そこから動画配信のやり方を学び、何が受けるかを調べた。

 男の趣味を女がやるだけで評判になることを知り、工業高校時代に建築科で学んだ知識が生かせるのではないかと、DIY系ミーチューバーを始める。

 清純派だったアイドル時代とは違う化粧をして、髪型髪色を変え、口調も素に近い感じに戻しただけなのに素性がバレていない。……その程度の人気と知名度だったってこと。

 当初は伸び悩んだが、どうにかこうにか現状まで到達した。


「ここからさらに飛躍するにはバズる内容が必須」


 覚悟を決めよう。この企画が上手くいけば、もっともっと上にいける!

 知名度を上げて誰もが私のことを知る! そんな承認欲求が満たされる日が必ず来るはず!

 私は改めて気合いを入れ直すと車に戻り、バックミラーに写した髪型を整えた。

 




 しばらく走って目的地に到着した。

 湖畔にある灰色で四角く高い塀に囲まれた、真四角な家。

 風光明媚な場所に不釣り合いな、異彩を放つ建造物があった。


「塀たっかっ! お家はコンクリート打ちっ放しで、RC造かな。見た目としては要塞にぴったりじゃない」


 周囲をぐるっと白く高い壁が取り囲んでいる。白くは塗っているけど、材質はなんなんだろう。見た感じ木かな?

 これだけ高いと周囲からの視線を完全にシャットアウト出来るわね。

 敷地面積はかなり広い。家が庭の中心にあって要塞化するなら理想の建物かも。


「これは想像以上ね」


 建物の面積だけでも200平米は超えている。庭はそれ以上あるから……思わず販売価格を計算しそうになったけど、空しくなるだけだからやめておいた。

 塀と不釣り合いな高さが中途半端な門の前に立ち、身だしなみを確認する。


「やっぱり、もう少しちゃんとした格好で来るべきだったかも」


 今更後悔しても引き返すわけにもいかず、咳払いをして喉の調子を確認してからドアホンを押した。


『はい、いらっしゃい』


 聞き慣れた声がした。ヘッドフォン越しに何度も聞いた馴染みの声。


「どうもー、DIY界のエース。ディヤでーす」


 かしこまった挨拶よりも、いつも通りにやった方がいいと判断してテンションを上げる。

 このドアホンはカメラ付きなので、笑顔でポーズを決めておく。

 どの角度で映るのが一番綺麗に見えるかはアイドル時代に学んだので、立ち位置も完璧。


『よく来たね。門の鍵は開けたから入って』


 そう言うと同時にカチャリと音がした。

 遠隔操作で鍵の操作ができるんだ。これぐらいの家に住んでいたら当然の設備よね。

 門を抜け庭を観察しながらゆっくり歩いて行く。


「殺風景すぎて売り物件みたい」


 庭は飾り気がないどころか、隅っこにちょこんと井戸があるだけなので、ただでさえ広めの庭が余計に大きく感じる。


「あんまりごちゃごちゃするの嫌いなんだよ」


 側面から声がしたので振り向くと、そこには一人の男性が立っていた。

 年は二十代半ばぐらいに見える。私と同い年ぐらい。

 服装は白いセーターに紺色のジーパン。中肉中背。顔は――平均よりちょっと上。町を歩いていたら何回かすれ違ってそうな特徴の薄い顔。

 でも、決して悪い顔じゃない、特徴がないだけで。これが女なら化粧映えしそう。


「おー、陣様ってそんな感じなんだね。結構、イケメンじゃーん」

「はいはい、お世辞ありがとう。ディヤも生で見た方が……どこはかとなく美人だ」

「褒めるならちゃんと褒めろ!」

「笑」

「ネットのノリをリアルに持ってくんな!」


 勢いで相手の胸を軽く叩く。

 あれ? 実際に会ってもネットと変わらない軽口がスムーズに出た。

 緊張していたのが嘘みたいに話せる。


「あれ、カラコンしてる? 眼がちょっと青っぽい。オシャレさーん」

「してないっての。父方の祖先に外国の血が混じっているらしいから、そのせいだろ」


 そうなんだ。言われてみると少し外国の血が混ざっている感じも……やっぱ、あんまないわ。


「あっ、お姉さんは? 二人暮らしなんだよね。挨拶しておきたいんだけど」


 何気なく発した一言に対して、陣の表情があからさまに曇った。


「ごめん。八重姉は人付き合いが苦手なんだよ。だから、部屋から出てこないと思うけど嫌ってるわけじゃないんだ」

「そうなんだ。全然オーケーだよ。あっ、お土産持ってきたからあとでお姉さんと食べて」

「おっ、悪いな。で、依頼の件だけどやれそう?」


 もっと雑談でもしてから切り出すかと思っていたのに、以外とせっかちだ。

 気のせいかもしれないけど、少し焦っているような?


「思っていた以上に立派だね。もちろん、喜んでやらせてもらうけど……本当にこの家を要塞風に改造していいの? どこまでなら大丈夫?」

「基本、家の中よりも外観や塀の周辺とかをどうにかして欲しい。例えば窓に頑丈な格子やシャッターを取り付けて、できるなら屋上にソーラーパネルを設置して電気をまかなえるようにとか」


 想像以上に本格的じゃない。ちょっと燃えてきた。


「いいわね。そういうの大好き。あっ、そうだ。どうせやるなら動画映えするようにコンセプト決めようよ」

「コンセプト?」


 提案の意味が理解できなかったのか、ジンが首を傾げている。


「そうよ。視聴者を釣るには、わかりやすくてインパクトのあるタイトルとサムネが必須なの。私がやっていた『秘密基地を作ろう』みたいな。ただの防犯目的じゃ、ちょっと弱いかなーって」


 どうせやるなら、とことんこだわりたい。

 内容は面白くなるに決まっているから、あとはどれだけ初見を引っ張ってこれるかが大事になってくる。


「なんかアイデアがあったら言ってよ」


 私の無茶ぶりに対して目を見開く。そして、大きく息を吐くと腕を組み、ニヤリと笑った。

 なんなの今のリアクション。そんなに驚くような提案をした覚えはないんだけど。


「それなら、こんなのはどうだ? 『ゾンビに襲われても大丈夫なリアル拠点作り』とか」

「えっ……いいじゃない、それ!」


 にやりと笑いながら口にした言葉に、思わず手を打って同意する。

 私が視聴者なら観てみたいと思うタイトル。期待してなかったのに、意外と頭が柔らかいみたい。


「それと条件というかお願いが一つあるんだけど」

「何々。なんでも言ってくださいな旦那様」


 意識して下卑た笑みを浮かべ手をもみながらすり寄ると、しかめ面で後退った。失礼な。


「すべての作業を今月中に終わらせて欲しい」


 おっと、これは予想外。

 じっくりと数ヶ月かけてやろうかと思っていたのに。何か急ぐ理由でもあるのかな。


「うーん、内容にもよるけど。どっちにしろ、そうなると人手がもう少し欲しいかも。ソーラーパネルとなると業者か電気工事士の資格持っている人に頼みたいし」


 ミーチューバー活動中に知り合った人がいるから、つてはある。


「これを他の人に知られるのは……。でも、電気ならアレも頼めるか」


 背を向けて何かぶつくさ言っている。

 すぐには決断できないようなので、悩んでいる間に私は庭をぐるっと一周して、ついでに家の外観を観察しておく。

 長方形で二階建て。屋上はルーフバルコニーになっているみたい。


 一階の玄関脇には大きな窓。あと南向きの庭に面した窓も大きい。ここは格子よりも防犯用のシャッターを取り付けた方がいいかも。

 扉は木製だから、こだわるなら鉄製の頑丈なのに取り替えたい。あと門はもっと重厚そうなのが似合う。

 ゾンビ対策なら塀はいじる必要がないかな。これだけ威圧感のある見た目なら、動画映えする防壁として充分。


「ヤバい。ゾンビ対策考えるのめっちゃ楽しい」


 そういったゲームが好きなのもあって、これがリアルでやれるのかと想像するだけでわくわくしてくる。


「何考えているかわかんないけど、陣には感謝しなくっちゃね」


 疑問はあるけど、好奇心と今後の楽しみがそれを塗り潰す。

 明日から忙しくなるわよ!

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