3月24日    桜坂 陣

 急ピッチで堀の作業を進めている。

 まだ一週間、ではなく、残り一週間という焦り。

 要塞化は順調といっていい。


 窓の格子と防犯用シャッターは取り付け完了。

 太陽光発電システムも問題なく動いている。

 外壁のコンクリートも乾いて木枠も外した。

 井戸も綺麗に掃除して生活用水として利用可能。

 護身用という名目で手に入れたゾンビ撃退用の武器も揃えてある。合法な物なら金属バット、警棒、モデルガン。

 あとは……ボウガン。法に触れるとしても四月一日以降は無法地帯だから問題ない。


 屋上の家庭菜園は野菜がすくすく成長中。

 保存食は十二分にあるが、籠城メンバーが増えたので追加でネット注文した品は明日か明後日に全て届く。軽トラで追加の買い出しにも行った。

 日常品と電化製品の予備もある。

 残すところ堀のみ。


「働け、愚民共! そこのくたびれた中年、さっさと運ぶ!」

「くそっ、自分だけが重機を操れるからって調子乗りやがって」


 ショベルカーに乗ったまま、縄跳びを加工して作った鞭を振り回し、偉そうに命令するディヤ。

 文句を言いながら手押し車を運ぶ神宮一。

 俺と日野山はそんな二人を無視して黙々と作業をしている。

 あと一時間もすれば日も落ちる時間。今日は気合いを入れて頑張ったおかげで外周の堀が北側と東側の二カ所が完了した。

 残りは西側だけとなったが、それが終わっても完成ではない。

 ただ掘っただけなので側面と底の土を固める必要がある。全員でヘラや板材を利用した地道な作業が続きそう。


「幅も深さも二メートル以上あるから、落ちたらそう簡単には上がれないよね。ゲームだと」


 姉が堀の縁に立って、恐る恐る覗き込んでいる。


「間違っても落ちないように。引っ張り出すのにも一苦労だから」


 実際に今日ディヤが落ちて、土まみれになりながら自力で這い出てきた。

 運動神経を捨てた姉だと、もっと悪戦苦闘するに決まっている。


「八重姉、アレはどんな感じ?」

「予言っぽい感じで忠告しておいたわ。四月一日に大きな災いが世界を包む。病に冒され正気を失った人々が襲いかかる、みたいな感じで」


 ゾンビパニックについては話し合いの結果、姉に託すことになった。ネットでの顔、努々現世の知名度を利用して。

 占いが当たるキャラとして売り出していたそうで、的中率もかなり高かったそうだ。

 その占いの内容は――予知夢の流用。そりゃ当たるに決まっている。


「百発九十九中の占い、ねぇ」

「だって、だって、私も家計の助けになりたかったの!」


 働いていない負い目があったから、なんとか稼ごうと考えた手段らしい。

 収益化も通って、これから収入が見込めるところだったそうだ。


「目立ちたいとか承認欲求はなかったと、仰るので? 昔、声優になってちやほやされたいとか言ってなかった?」


 ジト目で姉を見つめると、すっと視線を逸らした。


「まあいっか。で、信じてもらえそう?」

「熱心なファンの一部が信じてくれたっぽい。他の人は微妙。今までの占いって差し障りのない内容ばっかりだったから、戸惑っていた人の方が多かったみたい」

「当然といえば当然か」


 占い師というキャラ付けがあったおかげで違和感が薄れているけど、ただの動画配信者だったら誰も信じないと思う。

 それでも、こんな荒唐無稽な話を信じる人は一握りだ。


「的確すぎると気味悪がられると思って、あえて曖昧な表現にしてみたり、たまに外してたんだけど……失敗したかな」


 やり過ぎると怪しまれるから、その対応は間違いじゃなかったと思う。こんな未来になるなんて誰にもわからなかった。

 今回の件で大事なのは、どんな結果になろうと誰かを救うために行動した、という事実が残ること。

 これで姉たちの負い目や罪悪感が少しは薄れたはず。


「もう隠す必要もなくなったから、好きにやっちゃっていいよ」

「うん、なんとかしてみる」


 逆に気負いすぎないか少し心配だけど、この件に関しては姉に任せている。

 結果が伴わなくても、やったとやらなかったとでは心の負担が大きく違う。

 すべてが順調と言いたいところだけど、心残りが……岩朗さん。

 あれから連絡はない。誰も口にはしていないが、みんな覚悟はしている。

 捕まったのかそれとも、ゾンビもどきに襲われて仲間になったのか。どちらにしろ、ろくでもない展開が容易に想像できてしまう。


「はい、そこ! サボってないで働け、働け!」


 ディヤは紙を丸めて作ったお手製のメガホンを口に当てて、威張り散らしている。

 体を動かした方が気も紛れるか。


「へいへい、働きますよ」





 風呂に入り、食事も終え、リビングで思い思いの格好でだらけている。

 神宮一、日野山、ディヤは机を挟んでクッションに座り、酒を酌み交わす。

 俺はソファーに体を預けぼーっとしているだけ。

 姉はさっきからずっとスマホをいじっている……ように見えるが、チラチラと酒を飲んでいる三人を観察している。

 俺はほとんど飲まないけど、姉は結構いける口だ。


「八重姉、あっちに混ぜてもらったら?」

「えっ、あっ、えっと、別にいいよ……」


 以前と比べれば人見知りもかなり改善されているけど、あの輪に自ら飛び込む勇気はまだないらしい。

 少し話題を振って交ざりやすくするか。


「みんなは、このゾンビ化は誰がなんのためにやったことだと思う?」


 今までこの疑問を三人に向けて口にすることはなかった。

 そもそも、ゾンビのことを秘密にしていたので話せなかった、というのが理由の一つ。

 もう一つはゾンビ化の元を絶つ気はなく、自分たちが生き延びるためだけに動いていたから。優先順位を間違えないように、集中できるようにあえて黙っていた。

 隠す必要もなくなり、様々な情報を得て核心に近いところにも触れている。みんなも気になっているはずだ。


「うーん、じゃあ、はい!」


 ビシッと勢いよく手を上げたのはディヤ。


「はい、ディヤ君」


 指を差して名を呼ぶと、何故か敬礼のポーズを取る。


「色んな話をまとめると、やっぱ陣の故郷が怪しいんじゃないの? 超能力とかの研究の一環でゾンビを生み出す呪いに成功したとか!」

「仮にそうだとしても、集落の連中はほとんど焼死している。それを誰がやれるのかって話になるんだが。……ってもったいぶる場面じゃねえか。どう考えても怪しいのは幹島平人だろ。国会議員の」


 神宮一の意見に同意だ。

 集落の生き残りである元市長の話しぶりから察するに、それ以外考えられない。

 あの交通事故だけではなく、この一件にも関わってくるなんて誰が想像できたのか。


「その幹島って人って、陣とお姉さんの親を……あれした人よね」


 ディヤ、言葉を濁してくれたようだけど、そこまで言ったら同じだ。


「交通事故の相手だね」


 隣に座っていた姉がびくりと体を揺らしたので、そっと手を掴む。

 安心した表情になると、肩が触れる距離まで近づいてきた。


「幹島とゾンビは関係性があると見て間違いないだろう。陣の両親との事故と今回の一件が関係あるかどうかは、なんとも言えないが」


 神宮一さんは腕を組んで目を閉じている。

 今までの情報から頭の中で推理を組み立てているのだろうか。


「先輩、その幹島平人ってどんな人なんですか? 芸能と政治には疎くて」

「お前な……仮にも探偵なら新聞読めよ、新聞。ミルクティーを片手に新聞を読みながらぼやく。これこそ探偵のあるべき姿だろ」

「理想の探偵像が昭和なんですよ……」


 呆れた口調で後輩に説教を始めている。

 古い考えの先輩とドローンといった現代機器を操る後輩。良いコンビだと思う。


「幹島については陣たちの方が詳しいんじゃないのか?」

「いえ、集落ではテレビ禁止だったので。それに集落を離れてからも、あの一件でマスコミが苦手になってテレビもほとんど観てませんし、幹島の話題が出るとすぐにチャンネル変えてました」


 予知夢があるので早朝のニュースだけは流し見していたけど、ワイドショーで扱われるようなネタはスルーしていた。


「そうか。じゃあ、ディヤは……知るわけないし、軽く説明しておくか」

「ちょっと、ちょっと、叔父さん。政治に疎いとか決めつけないでくれる?」


 腕を組んで頬を膨らまし、反論するディヤ。


「じゃあ、詳しいのか?」

「そんなわけないじゃーん」

「なら、黙っててくれ」


 ただ絡みたかっただけらしい。


「幹島平人。元は某有名、男性アイドルグループの一員。それも一番人気だったらしいな。顔もスタイルも抜群でおまけに歌も喋りも得意。才能がありすぎて枚挙にいとまがない、ってのがファンの間での評価だ。……なんか、腹立つな」


 完全な嫉妬だけど、男としてわかる。


「アイドル以外にも俳優業もやり始めたんだが、そっちでも才能があったようで映画界の賞を総なめするわ、出演した映画やドラマはヒット作連発。ここ数十年で最も活躍した芸能人に挙げられることも多いらしい」

「アイドルに興味ない私でも知っているぐらいでしたからね。同級生なんかはわーきゃー騒いでましたよ」


 日野山は二十代半ばぐらいに見えるので、アイドル時代の活躍が直撃した世代だろう。


「そんな絶頂期に突如、芸能界引退。まさかの政界進出だからな。連日テレビで取り上げられてマスコミがバカみたいに騒いでたな」

「得票数が凄かったんだよね、確か」


 数少ない知っている話題だったのか、ディヤが話に割り込んできた。


「そうだな。与党から出馬したんだが、知名度の高さ話題性のおかげで得票数がダントツ一位だった。無党派層からの支持も多かったが、何よりもそれまで選挙に行かなかった連中の票が流れたのが大きかった。その前の投票率より15%以上増えたからな」

「イケメンって強いんですね」

「それが大きな要因であるのは間違いないんだが、幹島は男性からの人気もある。売り方とアピールが上手かった。自分はかなりのオタクだと公言していて、実際にアニメやマンガの詳しさはかなりのものだったそうだ。アニメのキャラに夢中だから恋人もいない、らしいぞ。……嘘だろうけどなっ」


 最後は神宮一の憶測だけど、オタク層も取り込んでいたのか。


「政治手腕が不安視されていたが、日本のサブカルを世界に推し進めながら、不正まみれでタブー視されていた政治問題にも切り込み、話題の政治家に。なんか、出来過ぎのサクセスストーリーで気持ちわりぃな」

「完全にドラマとかの主人公ですよね。ここまで完璧だと先輩とは別の生き物みたい」


 二人を比べてわざとらしく大きなため息を吐く後輩を睨んでいる。


「でもでも、そんな順風満帆な幹島がなんでゾンビなんか……何がしたいの? 四月一日に大暴れさせてるんでしょ?」


 ディヤの素朴な疑問。

 俺もその点が謎だった。国を変えたいとか崇高な目的があるなら、政治活動を続ける道もあるだろうに。


「ゲ、ゲームとかだと死なない兵士を作るための軍事目的とか……」


 姉が初めて会話に加わってきた。

 その設定は銃でゾンビを撃ちまくるやつだな。俺も一緒に遊んだことがある。


「あー、あるよね。軍事目的で作っている最中にミスってばらまいちゃった、めんごめんご、ってのー」


 そんな軽いノリじゃないけどな。

 幹島が諸悪の根源だったとしても、その目的が不明。それこそ、本人に訊いてみないとわからない。


「そもそも、ゾンビって何処かの国の呪術だってネットに書いてました」


 日野山がスマホを操作して写し出された画面を見ながら説明している。


「元々はブードゥー教がルーツだとか。死体を操って奴隷代わりにしていた、みたいな設定ですね」

「設定とか言うなよ、興ざめする。実際にこの目で見ただろ」


 日野山から渡されたスマホの説明文に目を通していると、途中である文字を見て目がとまった。


『ゾンビパウダー』


 と書いてある。

 その言葉を俺は……知っている。

 集落に住んでいた老夫婦から聞いたことのある単語だ。

 山で集落の話を聞いたあとから、ずっと記憶を探っていた。

 ろくな思い出がない集落での日々を。

 意図的に避けて心の奥に封印していた記憶を――





 俺は通学以外で屋敷から出ることを許されなかった。

 元々外交的な性格ではなく、所業修行の日々だったので、そのことに関してはあまり気にしてなかったけど。

 それでも、たまには屋敷を抜け出して一人で集落をぶらつくこともあった。

 集落には行ってはいけない場所がいくつかあって、そこに何かあったのではないかと睨んでいる。


 特にタブー視されていたのが、集落の外れにある畑と山の中腹にある神社。

 一度だけ道に迷って畑に近づいたのがバレてしまい、烈火のごとく叱られたのを覚えている。

 老人共には何も見てないとしらを切ったが、俺はある光景を目撃していた。妙な形をした葉っぱと甘い香りのする植物が畑一面に植えられていたのを。

 集落を調べるなら、その二カ所が最有力候補だが、どちらも火事で消失。

 物的証拠がないのであれば記憶に頼るしかないと、必死に思い出そうとしていた。

 頭を捻り、記憶の奥へ奥へ潜り、やっとのことで辛うじて思い出せた記憶が……一つだけある。


 集落には外国から呼び寄せて住まわせていた老夫婦がいた。

 肌が黒く一目で日本人ではないとわかる外見で、晴れの日は軒下に葉っぱを干している変な人というのが正直な感想。

 他の住民と違い俺を見下すこともなく、いつも白い歯を見せてニコニコ笑っていたので悪い印象はなかった。

 ある日、思い切って話しかけてみた。といっても英語は話せないので身振り手振りを加えてだが。

 軒先の葉っぱを指差し「あれは何」と。

 英語で色々と話してくれたのだが、当時の俺が理解できるわけがない。そんな俺の反応を見て困り顔だった老人が、


「ゾンビパウダー」


 と言った。





 当時はその言葉を聞いてもピンとこなかった。ゾンビ自体を知らなかったから。

 ……あれが原因なのか?

 近づくなと釘を刺されていた畑に近い場所に家を構えていた、あの老夫婦。

 推測が正しいかどうかは別としても、辻褄は合う。この現状で関連してないと結論づけるのは、それこそ無理があるよな。


「おーい、じーん、どったのー」


 視線を前に向けると眼前にディヤの赤ら顔。

 息がかなり酒臭い。


「なんでもないよ。それより――」


 話を邪魔するようにスマホの着信音が響く。

 電話か。自分でいうのもなんだが珍しい。

 俺に電話してくるのは姉かディヤぐらいだけど、その二人はここにいる。他に夜電話してくるような関係性の相手はいないはず。

 訝しみながらもスマホの画面を確認すると、電話番号は表示されている。


「ジンちゃん、誰から?」

「わかんない」


 通常時なら「間違い電話かな」で済むけど、こんな現状だと怪しんで当然。


「はい、もしもし」

『桜坂 陣さんで間違いないかな?』


 中年男性らしき低い声。

 念のため全員に聞こえるようにスピーカー機能にしておく。


「はい、そうですが、どちら様でしょうか」

『これはすまない。申し遅れました。わたくし幹島平人と申します』


 聞き耳を立てていた全員がその場に立ち上がった。

 大きく目を見開きスマホを凝視している。

 俺もきっと同じような顔をしているはずだ。


『おっと、驚かせてしまったようだね。君たちは私に聞きたいことがあるのではないか?』


 まるでさっきの会話を聞いていたかのような発言。

 神宮一が目配せをすると、日野山が静かに二階へと上っていく。

 どう返答していいか戸惑っていると、神宮一がすっとスマホの前まで移動する。


「単刀直入に言うが、あんたがゾンビ化の黒幕か?」

『その声は神宮一君か。質問はそれでいいのかい、もっと聞きたいことがあるはずでは。そうだな、後輩がどうなったとか』


 ダンッ、と机を拳で殴った音が響く。

 唇をかみしめ、射殺しそうな目でスマホを睨みつける神宮一。


「岩朗をどうした」

『こちらにいる、とだけ言っておこうかな。積もる話があるだろうし、こういった込み入った話は電話ではなく、面と向かって直接話すものだろう。そうだ、明日そちらにお邪魔するというのはどうだい?』

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