3月10日 ディヤ
キンキンに冷えたチューハイを一気に煽る。
「ぷはぁー! 労働の後の一杯は最高ね!」
我が城であるキャンピングカー仕様にDIY済みのワゴンで、安堵の声を漏らす。
全て手作りでこだわり抜いた木のぬくもりが感じられる内装。冷蔵庫、電子レンジ、小さなキッチンまで完備した理想の車内。
正直、自分の部屋よりも落ち着くぐらいだ。
『ディヤさん、おっさん臭いですよ』
取り外し可能なテーブルの上に置いたスマホから、聞き慣れた声がする。
「いいじゃないの。視聴者がいるわけでもないんだしぃ」
『そうですけど、ボクが聞いてますよ?』
「岩朗は別にいいのよ」
断言すると、呆れたようなため息が流れてきた。
「でも、駅まででよかったの?」
『ええ、充分です。家まで車で送って貰ったら時間がかかってしまいますから。それに深夜に男女が二人っきりで車内というのは……その、あまりよくないですし』
最後は消え入りそうな声で呟く、岩朗。
なんで、そっちが照れているの。
「考えすぎだって。岩朗なら何にも起こらないでしょ? あれー、もしかして、ディヤのこと意識しちゃってるのぉー?」
ほろ酔い状態で、いつもより口が軽い自分を自覚しているが自覚したところでどうしようもない。
『そ、そんなことはないですよ! あっ、ディヤさんに魅力がないってことじゃないですからね⁉』
懸命になって言い訳しなくてもいいって。
でも、実際の話、私が岩朗と一緒に深夜ドライブしたって動画配信で喋ったらどうなるんだろう?
『岩朗さん大丈夫だった⁉』
『男に飢えてるからって……まさか、お前……』
『岩朗、変なことされなかったか?』
『俺達の岩朗に手を出すなよ!』
……リスナーから私が非難されるコメントしか思い浮かばない。
陣に話しても同じような反応しそう。私の周りにいる男連中は素直じゃないのばっかだから!
「どいつもこいつも、けっ」
『ど、どうしました?』
思わず漏れた悪態に岩朗がオロオロしているのが声だけで伝わってくる。
これが、みんなに親しまれる配信者のあるべき姿か!
「気にしないで。それで、もう家には着いたの?」
助手席の後部に設置していた時計にちらっと目をやる。
もう一時前か。
駅に送ってから陣の家に折り返し、ご飯と風呂をごちそうになって車に戻って一息吐いたら、こんな時間になっていた。
今日もお姉さんに会えなかったのは残念だし気になるけど、家庭の事情に深く踏み込むのは違うから。
『はい、無事に到着しました。いやー、陣さんのお宅凄かったですね。自然豊かな場所に加えて構造も立派で頑丈。塀も高くて、何もしなくても要塞っぽさがありました』
「だよねー。ザ金持ちの別荘って感じ」
『うんうん、そうですね。……あのー、つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか?』
「何よ、改まって。あっ、スリーサイズとかはヒミツよ」
『それは興味ないので大丈夫です』
なんだろう。即座に否定されるとムカつく。
『屋上を見学して、その後に図面を見させて貰ったじゃないですか?』
「大掃除中に見つけたって言ってた、陣が持ってきたヤツね」
改装するにも細かい寸法や配管や配線がわかった方がいいだろうと、陣が予め用意してくれていた。
『アレを見て違和感というか、不思議に思いませんでした?』
さっきまでの軽いノリではなく、いつになく真剣な声。
やっぱり、岩朗も気づいてたんだ。
「思ったわよ。屋上のソーラーパネル設置場所もそうだけど、窓のシャッターや鉄格子も想像以上に取り付けやすい……というか、事前にこういうことをするのが、わかっていたかなような図面だった」
本来なら取り付け用の金具や様々な下準備が必要なのだが、ここに設置してくださいと言わんばかりのスペースがあったのだ。
元々、改装工事をする予定だった、と考えるのが妥当だけど、だとしても出来過ぎだと思ってしまう。
『ですよね。ご両親はお亡くなりになったようですが、防犯意識が高い方だったのでしょうか。元々、そういう設備を取り付けるつもりだったのに、亡くなってしまいそのまま放置されていた』
「でしょうね。……たぶん」
と、口にしながらも納得はしていない。
他にも気になる点がいくつかあった。あの家の壁が地面に対して九十度ではなかったのだ。ほんの少しだけ外側に向けて傾いている。
家全体が傾いている欠陥住宅なのではと疑ってはみたけど、図面を見返してみたら全部の壁が意図的に外側へ傾くように設計されていた。
何故そんなことをするのか?
設計士のセンスとこだわりと言われてしまうとそれまでだけど、壁に傾斜を付けるメリットで思いつくのは結露や雨の水滴が流れやすい。あと……壁を登りにくくなる。
害獣避けにネズミ返しや傾斜を付けた建物は実際に存在する。ここは自然豊かで当然野生動物も存在するはず。
それを警戒した、と考えるのが妥当かな。
でも、防犯として考えるならこの傾斜は人間にとっても厄介。
つまり、泥棒や……ゾンビにも。
「ふっ、まさかね」
荒唐無稽な発想に我ながら笑ってしまう。
今までのことを踏まえて考えると、この家は――元々、過剰なまでの防犯対策を兼ね備える予定の物件だったのでは?
陣の両親は徐々に設備を整えるはずだったけど不慮の事故で亡くなってしまい、手つかずのままだった、とか。
「ああもう、解決するどころか悩みが増えちゃったじゃないの!」
『ごめんなさい。余計なことを言いましたか?』
つい大きな声を出してしまい、スマホ越しの声が恐縮している。
「こっちこそ、ごめん。うーん、まあ、依頼人のことを根掘り葉掘り聞くわけにもいかないし、このことは気にしないことにしない?」
とか言いながら、叔父さんに依頼しているけど。
『そうですね。防犯意識が高いことを咎められるいわれはありませんし』
「っと、そろそろ切るねー。お気に入りの配信がこれからあるのよ」
時間を確認して、スマホに向けて頭を下げる。
『それってVtuberの方でしたっけ?』
「うんうん。最近はまってる占い系Vtuberの人でね……って生配信の時間だ! じゃあ、またね!」
『はい、ではではまた。ゆっくり楽しんでください』
岩朗が理解を示してくれたので、この話題はここまでにして通話を切った。
残りわずかだったチューハイを飲み干し、大きく息を吐く。
「知れば知るほど違和感が増すんだけど……」
陣が悪いやつとは思えない。だけど、一流の詐欺師なんていい人そうに見える人ばっかりらしいし。
会話中に何か言い淀む場面が何回かあったのも事実。お姉さんや両親について訊いたときに少し困ったような表情を一瞬だけ浮かべた。
あと、ゾンビから守る家というコンセプトに触れたときも。
「だけど……嘘を吐いている、って感じがしないのよね」
不信感はあるのに不思議な感覚。
隠し事はあるけど嘘は言っていない、とか?
「あーもう、わっかんない!」
ソファーベッドに身を投げ出して、天井を見上げる。
自分で車体に穴を開けて取り付けた換気ファンが見えた。
「そういや、空気清浄機も取り付けたいとか……」
ゾンビがあふれる世界になったら、そのゾンビの原因がウイルス感染だとしたら、空気中にも漂っているかもしれない。だから、空気にも気をつけた方がいいかも。
とかなんとか、陣が言ってた。
ネタとしては面白い。視聴者も『こだわってるな』と喜んでくれるかもしれない。
「でも、そこまでやる?」
金持ちの道楽。ただの変わり者。それならなんの問題もない。
『今月のラッキーアイテムは防災グッズ。常日頃から備えって大切よね』
スマホからは心が安らぐ優しい声が聞こえる。占いにも興味があるけど、この語り口が一番のお気に入り。
「んー、やっぱり叔父さんの連絡待ちかな」
今日は疲れたし、このまま心地よい声に身を委ねて明日考え……よう……。
「今日も元気だ、仕事が楽しい!」
大きな庭で大きく伸びをしながら叫ぶ。
かすかだが山に反射した山彦が返ってきた。
「社畜っぽいことを叫ぶのやめてくれ」
「いいじゃない。近所迷惑なんて気にしなくていいんでしょ?」
振り返ると、苦笑いを浮かべた陣がいた。
朝食をいただき、仕事前のストレッチを終えて解放感のあまりつい叫んでしまった。
こんな大自然に囲まれた環境で隣家から離れていたら、何をしても迷惑行為にはならないはず。
「まあ、騒音を気にしたことも注意されたこともないな」
「うっらやましぃー。うちなんて大声出したら直ぐにご近所から注意されるわよ」
本当はもっとゲーム実況とかも投稿したいけど、大声でリアクションができないから面白味に欠けてしまう。
……あっ、ここで車の中から生配信したらいいんじゃ? 窓から見える湖畔の風景を流したら、いつもと違って情緒があって受けそう!
「そこの含み笑いしている危ない人。今日の予定は?」
「誰が危ない人よ!」
私が言い返すと、すっとスマホを眼前に突きつけられた。
そこには薄気味悪い顔で笑っている私の姿が。
「ぬあっ! 勝手に盗撮するなんて著作権侵害よ!」
「それを言うなら肖像権だろ」
「どっちでもいいでしょ。細かいことを気にする男は嫌われるわよ。それで、本日の予定は……」
そこまで言って口をつぐみ、黙ったままじっと陣を見つめる。
「あっ、決まってないのか。窓に付ける鉄格子やシャッターの手はずは?」
「昨日、寸法測って注文したところだから、さすがに早くても三日から一週間ぐらい?」
どこぞの大手通販サイトは翌日や二日後に届いたりするが、そういうところに置いていないマニアックな品なので簡単にはいかない。
物がなければ海外から取り寄せる必要性だってあり得る。今回は在庫があって助かったけど。
「それだと三月半ばぐらいか。取り付けにはどれぐらい?」
「んー、そんなに時間かからないと思う。シャッターも含めて二日か三日もあれば?」
「……なら間に合うか」
深刻な表情で考え込む陣。
「なーに、真面目な顔してんのよ。本当にゾンビがやってくるわけでもあるまいし」
私が冗談めかして笑いながら言うと、陣はハッとした表情で顔を上げると笑顔になった。
「そりゃそうだ。あはははは」
なんか笑い声と表情が少しだけ硬く思えるのは、色々と疑っているからなのか。
疑い始めるとキリが無い。
……ああ、もう、うだうだ考えたり駆け引きするのが面倒になってきた!
もう、スッキリするために訊いちゃえ!
「ねえ、何か隠してない。かなり重要なこと」
相手の目を見つめながら口にした。
今、一瞬だけ頭を抱える叔父の姿が浮かんだけど気にしない!
陣から笑顔が消え、真剣な眼差しで私の視線を受け止める。
「やっぱり、気づかれていたか。一つ、大きな隠し事がある。だけど、それは言えない」
これ以上踏み込むのは危険だと本能が叫んでいる。それでも私は。
「……もしかして人には言えない危ない商売してたりするの? それで身の危険を感じて防犯対策として――」
覚悟を決めて放った一言を聞いた陣は……キョトンとしていた。
目を見開き「何言ってんだこいつ」と困惑した表情が語っている。
想像していたリアクションと違うんだけど!?
「何、その顔!」
「素で驚いた顔。人って意表を突かれるとこんな顔になるらしい」
「あ、あれー? ちょっと待って、違うの!? 犯罪絡みか犯罪まがいの怪しい商売をしているから金があって、それが原因でトラブルに巻き込まれて命を狙われているんじゃ?」
ずっと黙っていた考えを全て吐き出す。
それを聞いた陣の反応は――
「ぶっ! あはははははははははっ! ひぃーひぃー」
腹を抱えて笑ってやがる。
地面をバンバンと叩き、引きつり笑いまでしている姿を見て……少し、いや、かなりイラッとしてきた。
「ちょっと! 本気で心配してたんだから!」
「ごめん、ごめん。いやー、まさかそんなことを疑っていたなんて。テレビドラマの観すぎだろ」
笑いすぎでこぼれてきた涙を拭いながら、陣が大きく息を吸い込む。
「犯罪行為に首を突っ込んだり、捕まるようなことをしたことはないよ」
そう断言した陣は真顔だった。
嘘を言っているようには見えない。だけど、それは私の主観。これだけで本当かどうかの判断をするのは危険すぎる。
「なんでこんな依頼したの?」
「それは……今は話せない。でも、ディヤに嘘は吐きたくないから、いつか話すよ」
「本当に?」
「約束する」
「じゃあ、信じる!」
自分でも単純だと思う。だけど、この直感を信じたい。
……保険として叔父への依頼は取り消さずにおくけど。
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