3月30日 桜坂 八重
お昼にいつものバーベキューセットを庭に設置して火を起こすと、周りにみんなが集まってきた。
全員にグラスが行き渡ったのを確認すると、一歩前に出た弟が咳払いをする。
「では、祝勝会を始めます!」
「「「いえーーーいっ!」」」
みんながグラスを掲げ、中身を一気に飲み干す。
これがお酒なら体に悪い飲み方だけど、中身はお茶かジュースのみ。
「やっぱ、酒じゃねえと盛り上がらねえよ」
「一応勝ちはしたが残党がちょっかいをかけてこないとは限らない。警戒は怠るな! って言ったのは先輩じゃないですか」
日野山さんが神宮一さんの口調を真似て叱っている。
最後に幹島さんが操作したのか、モドキと運んできた人たち全員が撤収した。
見事な引き際の潔さだったけど、いつ相手の気が変わるかわからない。
だから、祝勝会もアルコールは抜きとなっている。
「昨日の今日だけど疲れは抜けないわね、やっぱ」
「あれから後処理も忙しかったからな」
ディヤちゃんが弟と肩を組むような格好で絡んでいる。
少しだけモヤッとしたけど今日は我慢。めでたい祝勝会なんだから。
敵が撤退したからといってゲームみたいにすべて消えてくれるわけじゃない。モドキの死体や戦いの後処理は自分たちでやるしかない。
少し離れた場所にショベルカーで穴を掘って、そこにモドキの死体を運んでからガソリンをまいて火を放った。
確実に息の根は止めたけど、それこそゾンビのように蘇らない保証はない。だから、申し訳ないけど焼却するしかない。
モドキの死体はすべて燃やして、門扉前のバリケードもすべて排除した。代わりに重機を横付けしている。
これなら防壁代わりにもなるし、楽に動かせるから
「んー、実際に防衛してみると欠点も見えてきたから、改良の余地ありね!」
「まだ改造するのか?」
「当たり前でしょ。まずは堀をどうにかしないと。丸太は耐久力が心もとないし、あと火刑が使いづらい!」
「火を放ったら丸太が燃えるからな」
「だから、コンクリートで補強しようよ! 材料はたーっぷりあるから!」
堀を掘った際に出た土砂の脇にモルタルって書いてある袋が山積みにされていて不思議だったんだけど、あれってディヤちゃんが買いだめした物だったんだ。
「おい、どうした。元気ねえぞ、肉食え肉」
神宮一さんが焼けた肉を山盛りにした皿を運んでいる。
その先には車椅子に乗った男性がいた。
パジャマを着ているがサイズが小さいので、はち切れんばかりの筋肉が下から押し上げている。今にもボタンが弾け飛びそう。
「先輩。ボクを見て元気があるように見えるのなら、その目は捨てた方がいいですよ」
「節穴ですからね」
「可愛くない後輩ばっかだ」
二人に責められ肩をすくめる神宮一さん。
でも、三人とも楽しそう。
岩朗さんは敵が撤収する直前、バリケード前に車椅子ごと放り出されていた。
パジャマから覗く手足には包帯が巻かれていて痛々しい状態ではあったけど、意識もあり会話も可能で、神宮一さんが涙を流して再会を喜んでいたんだよね。
一緒にワクチンと治療薬も置かれていたので、それも回収しておいた。
岩朗さんは後遺症が残っていて思ったように動けるには、まだ少し時間がかかりそうだけど、モドキの面影はない。……あったら、凄く困る。
衝撃的で慌ただしい一日をなんとか乗り越えた私たち。
だけど、すべてが終わったわけじゃない。それどころか始まってもない。
ゲームなら最序盤。チュートリアルが終わったところ。
ゾンビパニックは止められない。世界にモドキがあふれるのは時間の問題。
主犯格が死んでも、この流れはたぶん――変わらない。
弟から聞いた、予知夢で見た一ヶ月後の世界。
ネットやテレビ放送はなくなり、ライフラインも止まっていた。
ただ、ラジオだけは健在で決まった時間に放送が入るそう。
その情報を信じるなら日本は壊滅状態だけど、自衛隊の基地や警察署の一部が避難所となっている。生き残りの人々もそこに集まってなんとか凌いでいる。
私たちは備えがあったので不自由な暮らしはしていない、と聞いて安心した。
だけど、弟は私にだけそっと教えてくれたことがある。
「二人で過ごす目的だったから、食料の減り具合が想像以上に早い。何年もここで耐えるのは無理かも」
十二分な物資を揃えたつもりだったけど、それは二人前提。
今は合計六人。単純計算で三倍必要となる。
加えて、体格からわかるように日野山さんと岩朗さんの食事量が問題になっていた。
二人とも遠慮して控えてくれているようだけど、それでも私より遙かに多く消費する。
だから、今日の午後と明日は買い出しに行く予定。トラックもあるから、手当たり次第に店を回って食料と生活用品をかき集めるって息巻いていた。
今のところ世間では日常生活に支障は出ていない。
テレビやネットを見ても小さなニュース記事でゾンビパニックの片鱗が見受けられる程度で、大半の人が迫りつつある脅威に気づいていない。
数日前から私のネットでの顔である、努々現世を利用して世界に危機が訪れることを何度も伝えているが、最近では『ネタがしつこい』『さすがにこれだけ続くと笑えない』と批難される割合の方が多くなっている。
再生数も日に日に減っている。今の努々現世の評判は占いがよく当たるから、精神を患い妄言を吐くヤバいヤツという認識になってしまっていた。
「お姉さん、元気ないよー」
「ディヤちゃん」
陰気な私と違い、明るく眩しい笑顔。
私が落ち込んでいるとこうやって、いつも以上に元気に振る舞ってくれる。
「私たちは無事だけど、他の人たちにはうまく伝えられなかったね」
「でも、ファンの何人かにはちゃんと届いてる。誰も助けられなかったわけじゃない!」
「そうだね、うん」
離れたファンも多かったけど、私たちの話を真面目に聞いて信じてくれた人たちもいた。その人たちは忠告に従って備えをしてくれている。
私たちのやったことは無駄ではなかった、と信じたい。
「そ、れ、に、まだ終わってない。まだ残り二日もある! 起死回生の一撃を食らわすチャンスは残ってる!」
自信満々なディヤちゃんの迫力に押されて頷いてしまう。
……でも、この現状を覆す方法があるとは思えない。
だけど、やる気があふれ出ているディヤちゃんを見ていると、なんとかなりそうな期待を抱いてしまう。それが儚い望みだとしても。
「八重姉、暗い顔はなしだよ。今はみんなが生き延びて未来があることを喜ばないと」
「そうよね、うん。そうだよね!」
うつむいても、落ち込んでも、なんにもならない。
弟と……みんなと生きると決めたのだから、前に進もう。
これからは困難ばかりに遭遇するだろうけど、勇気を持って踏み出す!
「嫌よ」
車の横で私を誘惑する弟の申し出を……拒絶した。
「私に死ねというの?」
「大げさな。昨日と比べたら楽勝だろ」
気楽に言うが、私にとってそれがどれほどの苦行かをわかってない。
昨日の命懸けの戦いと比べるのは卑怯だと思う。
「もう二度と買い物に行けなくなるかもしれないよ?」
「そ、それは、そうかもしれないけど……」
弟は買い出しに付いてこないかと私を誘っている。
自慢じゃないけど、ここ数年で家から一番離れたのは昨日。
そんな私に人口が密集している商業エリアに飛び込めなんて無茶を言わないで欲しい。
「本当に無理ならいいけど。俺が何度も一人で買い物をした場所を、姉さんと二人で歩いてみたい。ダメかな?」
照れ笑いを浮かべながら手を差し伸べる弟。
そんなこと言われたら……断れるわけがないじゃない。
手を掴むと、弟は力強く握り返してくれた。
「八重姉、どうだった」
「そうね、楽しかったんじゃ、ないかな」
戦利品のぬいぐるみを抱えながら、運転席の陣に答えた。
思ったより楽しめた自分に少し驚いている。
あんなに外の世界へ出るのが怖かったのに、二度と利用できなくなる未来を知ってしまうと、勇気を振り絞れた。
車窓の風景も見慣れない町並みも、すべてが輝いて見える。
この目に焼き付けておこう。平和だった頃の光景を。
あれから商店街を回ってある程度は補充できたけど、品不足が否めないので巨大ショッピングモールに向かって、買い出しの後に散々遊んで帰路についた。
もう一人の同行者は私の隣でぐっすり眠っている。
ディヤちゃんはゲームコーナーで「これで今生のお別れになるかもしれないから、思う存分やるわよ!」と全力で遊んでいた。その疲れが出たみたい。
岩朗さんは体を労らないといけないので連れて行けなかったけど、残りの神宮一さんと日野山さんもお留守番。
集落の残党が襲ってくる可能性を配慮して。
弟の予知夢で一ヶ月後まで全員の無事は確認しているけど、敵が襲ってこない保証はないから。
「遅くなったな。あの三人ちゃんとご飯食べてるかな」
「ディヤちゃんが遅れるから適当にご飯食べてねー、って伝えてくれていたけど」
「今更だけど、あの人たち料理作れるのか?」
「岩朗さんはできそうだけど安静にしないといけないから、残り二人はどうなのかな」
神宮一さんは作れるイメージがないけど、人は見かけによらないというし。
独身生活が長いみたいだから、実は料理上手とかもあり得るかな。
「叔父さんはまったくできないよー。ふああああぁ。日野山さんもダメみたい」
目を覚ましたディヤちゃんが大あくびをしている。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん。えっとね、岩朗はめっちゃ上手。お料理動画もたまに投稿してるんだけど、これが評判いいのよ。あのおっきな体で料理する姿がかわいいって」
確かに想像するとギャップ萌えでかわいいかも。
ディヤちゃんがスマホを操作して見せてくれた岩朗さんのお料理動画には、一生懸命キャラ弁を作る姿が映っていた。
あっ、これは人気が出るのもわかるわ。私も登録しておこう。
スマホを取り出して電源を入れたところで、指が止まる。
明後日にはネットも意味をなさなくなってしまう。
なら、この行為には何の意味もない。それが、ただ、悲しい。
「また暗い顔してる」
「……脇見運転はダメよ」
運転中の弟に心配させてしまった。
しっかりしようって、前を向いて進もうと決めたのに。すぐ落ち込むのはやめよう。
弟やディヤちゃん、みんなと一緒なら終末世界も悪くない、よね。
帰宅後、順番に風呂に入ってリビングで少しくつろいだ後、ディヤちゃんは車に戻り、私と弟は自室へと戻った。
PCの電源を入れてマウスで操作する。
ディスプレイには四カ所の風景が映し出された。
これは東西南北に設置した防犯カメラの映像。全員のPCとスマホで見られるように設定されている。
怪しい人影はないみたい。
防犯カメラチェックは日課になっていて、今では無意識に近い感覚で見ている。
異常がないことを確認してから、オンラインゲームを起動。
「今日で最後」
明後日になればやりたくてもできなくなる。その前にもう一度だけ、やっておきたかった。気持ちを切り替えて、非日常に挑むために。
思う存分堪能して、満足げにコントローラーを置く。
時間を確認すると、十一時過ぎ。
そろそろ、寝ようかな。明日もやることはいっぱいあるから。
ベッドに入り、灯りを消そうとしたタイミングで、コン、ココン、コンコンとリズミカルに扉を叩く音がした。
「どちらさま?」
陣は間違ってもこんなことはしないので誰か尋ねる。
「ディヤでーす。入っていい?」
「ちょっと待ってね」
念のために掛けていた鍵を外して、部屋へと招き入れた。
ピンク色のもこもこっとしたパジャマ姿がかわいらしい。
「ごめんね、深夜に。ちょっと頼みたいことがあって」
「いいけど、どんなこと?」
こんな時間に来るぐらいだから、深刻なことかもしれない。
襟を正して話を聞かないと。
「実は――」
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