3月31日    ディヤ

「終わった……」


 なにもかもが終わった。

 色々あったけど、我が人生に一片の悔い……結構、ある。

 だけど、清々しい気分。


「お疲れ様、お姉さん」

「ディヤちゃんも、ね」


 お姉さんはPC机に突っ伏し、私は後ろに倒れ込んだ。

 さっきまで気を張って余裕がなかったから気づきもしなかったけど、お姉さんの部屋って物が少ない。

 ベッド、本棚、デスクトップPCと机。あと私が座っているクッションとノートPCを置かせてもらった丸く小さなテーブル。

 部屋にウォークインクローゼットがあるから、あそこに全部収納しているのかな。


「なんとか、間に合ったー」

「編集作業に時間がかかったからね」


 お姉さんと協力して動画編集がなんとか終わった。

 時刻を確認すると、深夜の二時前。

 三時間ぐらいぶっ通しでやっていたみたい。


「このまま寝たいけど、最後まで見届けないと」

「本アカ、サブアカ、裏アカ。三つの動画サイトに予約投稿も完了。二時になったら一斉に開始ね」

「SNSとネット掲示板にもリンク先ばら撒いておいたよ」


 準備は万端。策は講じたから、後は待つだけ。

 上手くいくかな……いって欲しい!


「どうなるか不安だけど、反応が楽しみな自分もいるんだよね。不謹慎だけど」

「動画配信者のサガじゃないかな。私もちょっとわかる」


 お姉さんと私は動画配信者としての顔を利用して、全世界に動画を拡散する。

 その映像は――


「ディヤちゃん、二時だよ!」

「確認しないと!」


 珍しく興奮しているお姉さんに促され、上半身を勢いよく起こしてノートPCに張り付く。

 同時に三つの画面を開いてチェックする。

 問題なく再生できてるよね。うん、うん。


「こっちはオッケー。お姉さんは」

「バッチリ」


 流れている映像は一昨日の防衛戦。

 密かに設置していた録画カメラと防犯カメラの映像を使って、二人でなんとか編集した。

 それと、三つの映像は内容が少しずつ異なる。

 裏アカで投稿したのは完全無修正。

 サブアカはグロシーンはカットかぼかしが入っている。

 本アカはグロなし全年齢向けバージョン。

 今のところは順調に再生数が増えているけど……。


「あっ、18禁バージョンが消された!」

「やっぱり、規約違反で消されちゃったのね。グロには対応早いから」


 念のために内容を変えて別アカウントで投稿したの正解だった。

 だけど、衝撃的内容はネット上で騒がれ始めている。消された動画も既に保存済みの人が多いみたいで、勝手に拡散されていきそう。

 編集した方は今のところ問題ないみたい。


「なんとかいけそう、かな」

「うん、なんとかなって欲しいね」

「ふあああああっ。気が抜けたら眠気が一気に」


 昨日の晩も一人編集作業に没頭していてあまり寝てなかった。

 今日、車の中で少し寝たからなんとかもったけど、もう限界ギリギリ。


「ディヤちゃん、私のベッド使って」

「でも、それだとお姉さんが」

「いいの。私はことの成り行きを見守っていたいから。興奮して眠れそうにないし」


 半分は本音で、半分は優しさだとわかっていたけど、睡魔には勝てそうにない。


「それじゃ、遠慮なく」


 ベッドに潜り込んで目を閉じたら、秒で意識が飛んだ。





「わ……ああっ……すごい……」


 寝ぼけた頭に感極まった声が流れてくる。

 この声はお姉さん?

 えっと、このまま起きたらヤバくない。寝たふりを続けた方がいいよね。


「陣……見て……ほら……」

「それはダメでしょ!」


 毛布をはねのけて飛び起きると、驚いた顔の姉弟と目が合った。


「仲のいい姉弟でも一線を越え……こえ?」


 二人は服を着た状態でPCを覗き込んでいる、だけ。

 んんっ、あれれ?


「「こえ?」」

「こえーっこっこっこ」


 取りあえず鶏のマネでこの場を乗り切る。

 半眼で冷めた視線を飛ばしてくる二人。……乗り切れなかったみたい。


「えっと、えっと、ナニを盛り上がってたの?」


 もしかして、二人で如何わしい動画の鑑賞会とかじゃないよね。


「動画を観てたんだよ」

「やっぱり!」


 嫌な想像が的中した。

 最後の一歩は踏みとどまっているみたいだけど、姉弟でそういう動画鑑賞は倫理的にアウトでしょ。


「何がやっぱりかさっぱりだけど、ディヤも見ろよ」

「ちょっと、そいうのを強制的に見せるのは……どう……これって」


 別の意味で18禁な映像が流れている。

 ゾンビのような人の群れと、それを撃退する人たち。

 あまりにもリアルすぎるスプラッター映画のようだけど、これが実際に起きた現実だというのは他の誰より私たちが知っている。

 あっ、今、私の後ろ姿が映っている場面だ。


「凄まじい勢いで拡散されてるぞ。テレビではまだ取り上げてないけど」

「テレビは確証が取れないと放送できないってルールがあるみたいだから」


 それは少し残念だけど、ネットで広まるだけでも価値はある。

 半信半疑でも警戒するとしないでは生存率がまるで違う。

 私もノートPCを立ち上げて動画の再生状況を確認する。


「ええと、一万、十万、百万再生!?」


 思わずノートPCを両手で掴み、額が画面に突く勢いでもう一度確認した。

 ……間違いない。百万再生を余裕で越えてる。


「バズった……私の動画がバズった!」


 両腕を掲げ、勢いよく振り下ろす。


「イエッス! イエッス! イエッス!」


 憧れの百万再生突破!

 最後の最後にバズってやったわ!


「ディヤが狂った……」

「あの気持ち、わかるわー」


 陣は呆れ顔、お姉さんは温かい目で見守ってくれている。

 動画を投稿したことのない者にはわからないでしょうね。この喜びが!

 ひとしきり喜んで落ち着いたので、クッションに正座する。


「馬鹿みたいに騒ぐのはここまでにしましょう」

「騒いでいたのはディヤ一人だけどな」

「こら、ジンちゃん。そういうこと言わないの」


 陣を睨みつけて、お姉さんには微笑んでおく。

 動画のコメント欄を覗いてみると、本物だと信じているのは少数派。

 大半がCGや映画やドラマの宣伝、話題作りのために役者を雇った大掛かりなドッキリ、じゃないかと疑っている。

 だけど、直ぐに消された無修正バージョンがネットに拡散されていて、そのリアルな映像が作り物とは思えないと、話題に上がっていた。


「こっちの映像は直ぐに消されたのに、なんでこんなに出回ってんだ?」


 ネットの仕組みに疎い陣が首を傾げている。

 私とお姉さんは顔を見合わせて苦笑した。


「ネットの世界は消したら増える法則があるからね」

「削除すると面白がって拡散する人が多いの」

「よくわからん世界だ」


 腕を組んで唸っている陣の気持ちもわかる。

 ネットに慣れてないと、この性質を理解するのは難しいかも。

 動画を勝手に編集して、三分程度の短い動画に仕上げて投稿している人も現れ始めている。

 一つの動画がバズったときに起こる、よくあるパターン。


「ネット掲示板で考察スレが上がってるよ、ディヤちゃん」

「マジ、マジ! 見せて、見せて」


 お姉さんの隣にいた陣を押しのけて、一緒にネット討論を見学する。


「やっぱり、ドッキリ、CG派が多いね」

「でも、無修正バージョンのおかげで論破が難しいみたい」


 あのとき「三つのパターンの動画を用意した方がいい」って提案してくれたお姉さんには感謝するばかり。

 モドキの体が焼けても矢が突き刺さっても動く姿は作り物には見えない。


「あと、別の場所でも暴れている人が目撃され始めているみたい」


 掲示板には街中で暴れる人がいる、学校に不審者がきて騒動になっている、等の情報があふれていた。

 その内のいくつかは騒ぎに乗じたデマだとしても、この報告数は異常だ。


「予知夢の通りか……」


 陣が見たのは四月一日だけど、テレビのニュースで「昨晩から至る所で暴動のような」と言っていたらしい。

 つまり、今日の夜から騒ぎが本格的に広がっていくとみて間違いない。


「この調子だと夕方前には、ネットに触れられる人はみんな知っているぐらい広まってそう」


 スマホが普及する前はネットの力はそこまで影響力は強くなかった。

 だけど、今はほとんどの人がスマホを所有していて、どこでも気軽にネットに繋ぐことができる。

 ネットニュースでも取り上げられ始めているから、多くの人の目に付くはず。

 スマホでも現状を確認するために手に取って電源を入れると、信じられないほどの着信履歴があった。

 電話もそうだがSNS、動画サイトのアカウントにも通知が届いている。

 中身を確認すると、ネットニュースのサイト、マスコミ、その他諸々。中身は取材の交渉だ。


「多過ぎ、怖っ」


 思わず本音が漏れた。

 バズると、こんなにも通知が届くんだ。


「あー、ディヤちゃんは顔出しもしているし、連絡先を記載しているからかー」


 パンッと手を叩いて一人納得している。

 お姉さんは連絡先を載せてないから、平穏無事らしい。

 なんか悔しいので、涼しい顔のお姉さんのほっぺをツンツンしておいた。


「これ、どっしようか」


 机に置いたスマホを三人で囲み黙って見つめる。


「そうだな、まず……みんなで話し合うか」

「三人の意見も聞いてみないとね」

「うん、賛成」





 リビングに全員が集まり、今後の方針について話し合いが始まった。


「俺はインタビューを受けるべきだと思う。ただし、相手をこっちに呼ぶのも、そいつのところに行くのも無しだ。今だとネット通話で簡単にやれるんだろ?」


 叔父さんに話を振られた日野山さんが、すっと手を挙げた。


「私も先輩の意見に賛成です。情報を拡散するのが目的なのでマスコミも何でも利用した方がいいかと。ネットでの受け答えも賛成です。ここを多くの人に知られると、ゾンビパニック後に押しかけてくる人がいるかもしれないので。効率を考えるならネットで複数人を同時に相手をしてはどうでしょう。ネット会議用のアプリもありますし」


 日野山さんの意見を聞いてみんなが大きく頷いている。

 続いて岩朗が包帯が巻かれた手を挙げた。


「基本方針はそれでいいと思います。更に情報が広く伝わったところで、ディヤさん、努々現世さん、ついでに私との生放送コラボ動画を配信しませんか。そこで真相を話してみては?」


 それはナイスアイデア。注目度が上がったところでダメ押しの一撃。いいじゃない!

 ……この話には関係ないけど、日野山さんと岩朗は身長と口調が似ているから既視感がある。

 声に特徴があって見た目も全然違うから、さすがに間違えたりはしない。


「予知夢については伏せた方がいい。途端に嘘っぽくなるから、そこは上手く誤魔化して伝えよう」

「ゾンビより現実味がないからね、超能力なんて」


 実際に超能力を使える二人が言うならそうした方がいい。


「じゃあ、みんなで考えられるように、インタビューもチャットとか文字でやり取りしてもらう。生配信で伝えていい内容を原稿にしてね、叔父さん」

「俺かよ」

「だって、この中で一番ネットに疎いでしょ。それに始末書とかで慣れてるでしょ」

「「確かに」」


 日野山さんと岩朗が同時に納得している。

 やっぱり、この二人似ているかも。

 よーし、気合い入れていくぞー!


「私たちの戦いはこれからよ!」

「ディヤちゃん。打ち切りみたいなモノローグやめて」

 

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