Strike The 『Joker』 (中編)
4:
夜闇の中で左側から来た巨大な手をバックステップで回避するが、すさまじい突風の余波に体がもっていかれそうになってふらつく。
その隙を突かれ、今度は右から来た手に体を掴まれる。
通信機からセイバー2の声が聞こえるが、それどころではない。
首が折れるかもげてしまいそうな衝撃。それが中へ放り投げられたのだと分かり、三半規管も狂いそうなまま呪文を唱える。
「体内調整(キュア)!」
筋力が増強され、コンバットスーツが筋肉で盛り上がる。
何とか空中できりもみして着地点を探す。そうして川の流れる石だらけの川原になんとか着地に成功した。
遅れて巨大なものが降って来た。
それは川に着地し、盛大に水柱を上げた。
『アックス1! 相手は誰だ!』
さっきからうるさいセイバー2の声。初手の迎撃に失敗したのは聞こえたが、どうやら敵はジョーカー以外に存在ていたようだ。
「そうだな……相手は」
耳に装着された通信機からセイバー2へ返す。
闇の中で何とか分かる茶褐色の体。全長は3……いや3メートル半はあるだろう。
突き出た鼻と口。そして頭部には捻じ曲がった角が二本。
「ミノタウロスだ」
二足立ちの半人半牛の巨大なこの生物兵器をたとえるなら、そうとしか表現できなかった。
『ミノタウロス? まさか牡牛座のおっさんも一枚噛んでいたのか?』
セイバー2はラストクロスの牡牛座とも面識があるらしいが。
「いいや、それは多分違う。別の生物兵器だと思われる」
もしこのミノタウロスの正体がラストクロスの幹部でクラスチェンジ――変身したと仮定しても、肯定は出来なさそうだった。
何より、知性が感じられない。予想として牛か闘牛あたりを改造して作られたのだろう。
「とにかくこのミノタウロスと交戦しなければならなくなった」
『……くっ、わかった』
セイバー2の苦悶の声、どうやらダメージをおっているらしい。
ずしゃん、ずしゃんずしゃん――
ミノタウロスが着地した川から歩いて上がり、こちらに向かってきた。
ウオオオオオオオオオオオオオオッ!
鼓膜がどうにかなってしまいそうな雄たけび。体中にびりびりとした感覚がする。
――どうするか。
手持ちの武器を選ぶ。相手は超大型の生物兵器。
とりあえず、大崑崙製の三連射強化ショットガンを選ぶ。
ミノタウロスが地面を数度蹴り、突進と同時に巨木よりも太い腕を振り上げて巨大な拳を振り下ろしてきた。
幸い動きは鈍重。だが一撃でも食らえば体が四散するほどの威力を叩き込まれるだろう。
その拳をあえて紙一重でかわす。
拳が川原の石を簡単に潰し、その破片が体中にぶち当たるが、それでもかまわずミノタウロスの手首、肘を伝って飛び掛かる。
正面にはミノタウロスの顔面。至近距離で、
ドンドンドンッ!
三点バーストのショットガンを食らわせる。
「ッ!」
だが、銃弾の雨が跳ね返ってきた。ミノタウロスの肩を蹴り、後方へ飛んで着地する。
この一撃で仕留めるはずだった。だが、相手はまるで砂のつぶてでも食らったかのように顔を振って、食らわせた散弾銃の弾丸を撒き散らした。
「…………」
様子を見る必要もなく、ミノタウロスはまったくダメージを受けていない。
早々にショットガンを後ろ腰にしまい、肩に担いでいた大型長身の銃を持った。
もしもの時、念のためにと持って来た甲斐があった。
大崑崙の試作品、大型の対物ライフル。
まだ名前が無いが、対物……特に戦車などをこのライフル銃一丁で戦えるよう想定され、設計された大型のライフルだ。特徴は五十口径のフルメタルジャケット弾を使っている事。
この弾丸は特殊コーティングに細長い形状をしているため、着弾時の弾の形状変形を防ぎ、貫通力に特化している。強力な弾丸だ。
持って来た弾は二十四発。
本来の使い方としては、発砲時の反動が大きすぎるため、スコープ、マウントリングなどの補助バーツを使って伏せ撃ちで放つが、反動は体内調整(キュア)で強化した筋力でねじ伏せる。
ミノタウロスが追撃として何度も腕を振るい、まるでこっちを蝿でも叩き殺すような攻撃をしてくる。
回避するたびに、突風と砕けた川原の石が体中を襲う。
何とか素早さならばこちらが有利。不規則なステップで襲い掛かってくるミノタウロスの視界を迷わせ、こちらを見失った所で距離を取って大型ライフルを構える。
ドンッ!
反動は何とか筋力で押さえ込んだが、骨がきしむように悲鳴を上げた。
対物大型ライフルから放たれたフルメタルジャケット弾は、ミノタウロスの腹に命中し、その巨体を後退させた。
だが、それだけだった。
カランと小さな音を立ててフルメタルジャケット弾の弾頭が地面に転がった。
――効いていない。
別段、驚く事もなかった。初手の至近距離でのショットガン三連射の時点で予想しうる範囲だった。
――ならば頭部を。
弾を装填し、狙いを定めて2発目を放つ。
額を狙ったつもりだったが、反動が抑えきれず、ミノタウロスの右の角に当たり、角が砕け散った。
たたらをふんでよろけるミノタウロス。
ダメージを受けた事に腹を立てたのか、こちらに威嚇の咆哮を浴びせてくる。
どうやら、皮膚は頑丈でも、骨格まではそれを上回る強化ができていない様子。
だったらこのミノタウロスの骨を潰す。
ミノタウロスの脚。まずは移動能力を奪う。
残り二十二発のうち、五発を使って左脚だけを狙って打ち込む。
狙い通り。左脚の骨が砕けたミノタウロスがその巨体を傾けて、手を地面につけた。
さらに四発。次は右脚を狙う。全弾命中し、ミノタウロスの両足を奪った。
残り十三発。
連射の反動でもう肩と腕での感覚がなくなってきていた。それでもミノタウロスの額めがけて、さらに撃ち込む。
数発は反動のせいで狙いが外れたが、確かにミノタウロスの額を砕いた。
出血は無いものの。巨大な体をふらつかせ、ミノタウロスが地に伏した。
――やったか。
何とか仕留めた。
弾丸は残り四発しかなくなっていた。
このミノタウロスの骨が皮膚と同様に頑丈であったのならば、こちらには手の打ちようが無かっただろう。
念のため、残りの四発を至近距離で頭部に打ち込んで頭蓋と脳を破壊する。
静かになったミノタウロスに、できる限り気配を殺し、気をつけて近づく。
と、突然上空が茜色に染まった。
とっさに後方に飛ぶ。
べちゃり、べちゃべちゃり、べちゃり。
粘液状の火炎弾が降り注いで、川原に4つの炎を上げさせた。上空を見れば、そこにジョーカーが翼をはためかせて両腕を突き出している姿を発見。
そうだった。セイバー2はジョーカーの迎撃に失敗したのだった。
残り四発の弾丸をジョーカーに向けるか、ミノタウロスに向けるか……。
そう考えているうちにミノタウロスが再び動き始めた。
砕いたはずの両脚を踏みしめて立ち上がるミノタウロス。
――高速回復か。
ラストクロス特有の、高速回復能力。
しまったと思う。
即座にミノタウロスの頭部を破壊するべきだった。
上空にはジョーカー。目の前にはミノタウロス。手持ちの有効な弾丸は四発。
形勢が逆転してしまった。
――どうする。
手段として撤退もありうるが、地上と空中からの追撃を振り切れるかどうか……。
迷ってはいられない。即座に撤退する。
そう決めた瞬間、川の下流から強く大きい閃光が迫ってきた、
そして周囲が白い光に染め上げられた。
強い閃光が消えたころ。アックス1……誠一郎の姿はなくなっていた。
ミノタウロスが辺りを見回し、鼻をひくつかせるが、すぐにくしゃみをして頭を振った。
硝煙があたりに充満していて、嗅覚で探す事ができなかった。
夜空を舞っていたジョーカーも同じよう誠一郎の姿を見失っていた。
どこを探しても姿は見えず。
両者はあたりを十分以上に見回した後。
ジョーカーが川辺のひときわ大きい岩に降り立った。
ミノタウロスもジョーかへを向き直る。
にらみ合いとも取れる、両者の視線。
カァ! カアアアアアアアアア!
ジョーカーが鳴いた。
ミノタウロスも、重低音の雄たけびを上げる。
だがジョーカーも負けじと叫び返した。
カアアアアアアアアアアアアアアッ!
ジョーカーの勢いに負け、後ずさりするミノタウロス。
威嚇するジョーカーを見てミノタウロスは、背を向けて川を渡り、森の中に消えていった。
対するジョーカーも、ミノタウロスが戦線を離脱した所を見送った後で、黒い翼を広げはためかせ、夜空に飛んで行った。
「行ったか」
誰もいなくなった川原で呟く声があった。
「幻影身(ミラージュ)アウト」
セイバー2の凉平が呪文の効果を解き、透明化して消えていた二人の姿が現れた。
「セイバー2、助かった」
「なぁに、お互い様よ……」
二人揃って安堵の息を漏らす。
「それよか、俺の体治してくれねえか?」
凉平の両腕両足が火傷でただれていた。
「ああ、任せろ。すぐに治すから横になれ」
「たのむわ」
その場に寝転がった凉平に、誠一郎は両手をかざし呪文を唱えた。
「完全回復(ライフセイビング)」
淡い緑の輝きが凉平の全身を包み、彼の受けた火傷が急速に治されていく。
5:
ドカァン!
突然、鋼鉄でできた扉が爆発した。
台駄須郎が、驚いて多数のモニターから目を離して振り返る。
爆発した扉の跡には、黒いトレンチコートと帽子を被った巨体の男がいた。
フレイム=A(エース)=ブレイク。
「馬鹿なっ!」
台駄須郎が叫んだ。
「ここは本部のデータにも残していないはずだ!」
台駄須郎の叫びに、ブレイクは淡々と答えた。
「確かに、隣の山にこの緊急用の部屋があったという情報は、あそこには無かった……だが、この事を知っているのはお前を含めてもう二人……いや、もう一人いたんだ」
しばらくの静寂の後、はっとなって台駄須郎が気づく。
「まさか! シックスとセブ――」
言い終える間もなく、ブレイクが手に持っていた大型拳銃から火炎弾が放たれ、台駄須郎は火だるまになった。
「うがああああああああ――」
「すまんなぁ。上からのお達しで、お前を見つけたら即座に駆除しろとの命令が下っていたんだ」
「うあああああ……あぁ、あ……」
全身を焼かれ、台駄須郎はその場に倒れて絶命した。
この多数のモニターのある部屋は、今まさに隣の山で任務をこなしている部下達の姿が映っていた。
山の中腹を走るアックス2シュウジ、シャオテン、そしてユーリ=マークス。
川原にはセイバー2凉平とアックス1の誠一郎が。
ジョーカーはおそらく空を舞っているのだろう。モニターのどこにも映っていなかった。
ズシン……ズシン……
「うん?」
遠くから重たい足音が聞こえてくる。
部屋を出て外へ向かうと。
先ほどアックス1誠一郎が交戦していたミノタウロスがこちらにやってくるところだった。
「ほう、これはでかいな」
見上げるほど近くまで寄ってきたミノタウロス。初めはこちらを誰なのかといぶかしんだが、すぐに敵だと認識し、威嚇の唸り声を上げた。
ブレイクがポツリと言う。
「来い、火炎龍」
ゴウッ!
ブレイクの周囲が突然、猛火を放ち、その炎がブレイクの頭上で龍の形を成していく。
オオオオオオオオオオオオオ――
ブレイクの第二呪文(セカンドスペル)アザーセルフ。火炎龍の雄たけび。
ミノタウロスも雄たけびを上げ、地面を脚の蹄で引っかく。
「行け」
ブレイクの命令どおり、火炎龍はミノタウロスへ向かい飛び掛ると、素早くがんじがらめに巻き付いた。
ウオオオオオオオオッ!
オオオオオオオオオオオオオ――
ミノタウロスが火炎龍を引き剥がそうと掴みかかるが、炎で出来た龍には、まるで空か水かのように、触れてはいるものの掴む事ができなかった。
対して火炎龍はぎりぎりとミノタウロスを締め上げる。
「……ふむ。少々火力が足りないか」
そう呟いたブレイクは、左手の人差し指と中指を真上へ突き出し、呪文を発した。
「地爆炎(マインバースト)」
火炎龍の炎に、さらにミノタウロスの足元から火炎の柱が現れた。
ラストクロス特有の高速回復も追いつかず、ミノタウロスは焼け焦げて炭になっていく。
ミノタウロスはあっという間に黒くなり、その場で倒れ、炭となって砕け散った。
炭の塊と化したミノタウロス。絶命したのを十分に見ると、ブレイクはポケットから煙草を一本取り出し、指先で炎を出して、くわえた煙草に火をつけた。
煙草の紫煙を吐き出し、ブレイクは隣の山を眺める。
「後はアイツら次第、か」
6:
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ひたすら山道の寂れたアスファルトを走って登っていたユーリのペースが落ちた。
「大丈夫か?」
シュウジとシャオテンが立ち止まる。
ユーリも立ち止まって両手を膝につけて肩で息をした。
シュウジもシャオテンも幼い頃から獣計十三掌で修行をしていたため、脚力とスタミナは十分に余力があったが、ユーリの体力までは考えていなかった。
「頑張ってください、ユーリ君」
シャオテンがユーリの腕を取り肩で持ち上げた。
「う、うん……」
ばさり、ばさり、ばさり
鈴虫の鳴り響く闇夜に、大きな羽ばたき音が聞こえてきた。
「ちっ! 来ちまったか」
ジョーカーが空から現れ、目の前に着地した。シュウジも前に出てジョーカーと向き合って構える。
「ユーリ君は下がっててください、私もやります!」
シャオテンがシュウジの横に並び、シュウジと左右対称に構えを取った。
「ならば付いて来い! シャオテン!」
「はいっ!」
カァァァアアアアア!
ジョーカーがくちばし状の仮面から威嚇に吠える。
シャオテンが先に飛び出し、
「はっ!」
大きくスライディングしてジョーカーの脚を払った。
つんのめったジョーカーに。
「おらぁ!」
シュウジが飛んでジョーカーの顎を蹴り上げた。
そして着地すると、シュウジはすぐさまジョーカーの腹を胸を両手で押さえた。
「シャオテン!」
「はい! やあああ!」
ジョーカーの背中、背骨の腰の部分に全力の肘鉄を浴びせる。
「どけ!」
シュウジの一喝のような声にシャオテンがジョーカーから離れた。
「はああああああ!」
瞬時に脚から腹、胸、片腕、で練り上げた力を両掌に溜め込み、ジョーカーの腹に
掌底を放った。
「せやぁ!」
小柄ながらも鍛え上げられた筋肉で練り上げた発勁に、ジョーカーが吹き飛ぶ。
「やりましたか?」
「まだだ!」
ジョーカーがすぐさま立ち上がり、シュウジとシャオテンの連携攻撃など効かなかったかのように俊敏に動き回る。
鳥の骨格を持った足で周囲を飛び回るジョーカー。
「危ない!」
ジョーカーの狙いにすぐさま気がついたシャオテンがユーリを抱き、飛び込むように地面を転がった。
べちゃりべちゃり
粘性の火炎弾がアスファルトを焦がす。
一瞬遅れていれば、二人とも火炎弾の餌食になっていた。
「くそ!」
シュウジがジョーカーに向けて両腕を突き出す。
その掌から紫電が走った。
「雷撃波(サンダーボルト)!」
シュウジの手から放たれる電撃。だがその電撃はあさっての方向へ飛んでいく。
「雷撃波(サンダーボルト)! 雷撃波(サンダーボルト)! 雷撃波(サンダーボルト)!」
詠唱と同時に雷撃を連発する。
だがいくらジョーカーを狙って放つも、木の枝に留まっているジョーカーへ当たりはしなかった。
「くそっ」
拳法の腕はあっても、シュウジは能力者として未熟だった。雷の能力は周囲への影響もあってか、十分な設備と広い場所がなければ訓練ができない欠点がある。
故にシュウジは広範囲に全力で放つ爆雷陣(サンダーストーム)。上空から雷撃を落とす大雷波(ライトニングパニッシャー)。それに密着状態で直接電撃を浴びせるという、大技か小技かの両極端な操作しか出来ないでいた。
電気は激しい力を持つが、その半面、大気中の分子原子によって簡単に曲がってしまう。
「きゃあ!」
はっとなって気づき、シュウジは電撃を放つのを止めた。
電撃を放ちすぎて周囲に電気の余波が広がり、シャオテンにバチンッと当たったのだ。
カアアアアアアアアアアア!
「シャオテンユーリ! 逃げろ!」
ジョーカーが口から電磁波を放とうとしている。
ユーリがシャオテンに半ば引きずられて逃げていくが、ジョーカーの頭はそれを追い狙いを定め――
「させるかあ!」
シュウジが木々を蹴りジョーカーへ向かって飛び上がると。
「食らえぇ!」
ジョーカーの至近距離でサンダーボルトを放った。
まともに食らったジョーカーが電撃で痙攣し、地面に落ちて山の斜面を転がっていった。
「はっ……はっ……」
木の枝にぶら下がり、シュウジが何とかジョーカーと共に落ちずにいた。
反動を付けて飛び、アスファルトの上に着地する。
「やりましたか?」
「いや、まだだ。こんなんで倒せるわけが無い」
自分の両手を強く握るシュウジ。能力が上手く操作できない事に今さら歯噛みする。
扱えない能力を体で覚えている拳法で補っていたが、それでは通用しないと痛感したからだ。
手ごたえはあったが、こんなものでやすやすと倒せるほど甘くはない。直感で分かる。
「行くぞ! 今のうち……に」
ユーリに駆け寄って、彼がしりもちをついて震えているのに気がついた。
放心して完全に腰が抜けている。
「あ、ああ……あ……」
「おい! しっかりしろ! ユーリ!」
シュウジがユーリの肩をつかんで振り、ユーリの正気を取り戻させる。
「う、うああああああああ!」
ユーリが頭を抱えて嗚咽を漏らした。
「嫌だ! もう嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だぁ!」
泣き叫ぶユーリ。
「しっかりしろユーリ!」
「怖いよ! 嫌だよ! もう嫌だあああああ!」
「もう少しだ! もう少しだから頑張れ!」
「だって! だって! 僕はひょっとしたら、あのジョーカーみたいになっていたのかもしれないんだよ!」
「――ッ!」
「あんな化け物に! 台駄班長に! 何かを間違えてたら、僕が、僕があのジョーカーだったかもしれないんだ!」
完全にパニック状態になっている。
「ユーリ君! 気をしっかり持って!」
あんな怪物に狙われ、一度は自分の体の一部だった翼をもがれ、再び目の前に現れて今度こそ殺しに来た……一般人の心持ちならばそうなっても仕方が無いが。
だがシュウジが意を決して腕を振り上げ。
バシンッ!
ユーリの頬をひっぱたいた。
ユーリが正気に戻って叫び声が止まる。
「しっかりしろ! お前は俺達が守る! 守ってみせる!」
「はっ……はっ……は、はー、はー」
何とか呼吸を整えるユーリ、だがまだ恐怖が抜け切っていないのか歯ががちがちと震えていた。
「いいか、ユーリ」
シュウジがなるべく落ち着いた口調でユーリをなだめる。
「このまま、奪われたままでいいのか?」
ユーリへもう一度問いかけるシュウジ。
「えっ?」
シュウジの落ち着いた声に、ユーリがはっとなる。
「大事な翼を奪われて、サポートしてくれていた研究班も殺され奪われて、さらに命も奪われようとしていて、悔しくないか?」
「…………」
「みんな、お前のために戦っているんだ。目先の辛さや悲しみに囚われて、支えてくれてるものを見失うな」
「シュウジ……」
「答えろよ。答えるなら支えてくれてるもののために戦うんだ。お前の、お前なりの戦いを、立って、立って答えて見せるんだ」
「くっ……うぅ……」
目を強く閉じて、拳が震えるほど握り締めるユーリ。
「行きましょう、ユーリ君」
シャオテンが強く握ったユーリの手を取る。
「……うん」
多少ふらつきながらも、ユーリが立ち上がった。
めきばきべきべきばきばきばき!
カァアアアアアアアアア!
木々の枝葉を突き破るように、ジョーカーが飛び上がってくると、再び三人の上空を支配した。
「もう回復したのか!」
シャオテンと一緒にユーリを自分の背中で守る。
ドゥンッ!
ガァア!
重低の発砲音が聞こえ、翼を広げていたジョーカーがのけぞった。
ジョーカーの胸から鮮血が飛び散り、アスファルトの上に落ちる。
だがすぐさま立ち上がり、こちらに背を向けて振り返るジョーカー。
さらに。
「閃光刃(ライトブレード)!」
叫びながらジョーカーへ突っ込んできたセイバー2。その指先から出た光熱の刃で、ジョーカーが肩から斜めに切り裂かれた。
そのままセイバー2凉平はジョーカーとすれ違い、シュウジたち三人の前に立つように止まった。先ほどの銃砲はアックス1誠一郎のものだった。巨大なライフル銃を持ってジョーカーを狙って構えている。
セイバー2凉平が叫ぶ。
「行け! お前ら!」
アックス1の誠一郎も叫んだ。
「まだ少しなら時間は稼げる! ここは任せろ!」
シュウジとシャオテンがユーリに向く。
「行くぞ!」
「行きましょう!」
「……うん!」
山道の古ぼけたアスファルト。その坂道を必死に駆け上る。
必死に走り走り。
走り、
その先――
開けた野原があった。
頂上。
その頂上には、黒い着物のような黒装束に身を包み、腰には短めの刀……小太刀という刀を持ち、黒布で髪をしばった姿の……
両手を広げてたたずんでいる女性が一人。
コードネーム、エア=M(マスター)=ダークサイズ
村雲鈴音がいた。
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