第十話 ジョーカー編

Strike The 『Joker』 (前編)

 1:

 カア……カア……カァ……

 道路向かいにある電柱の頭にカラスが三匹止まっていた。

 まるで高座から見下ろして呟き合っているよう。

「気味悪……」

 カラスから眼を離して、ひなた時計の入り口を開けた。

「よっ、たぬきさんおはーよう」

 もういい加減止めてくれないかなあ。

 眠たさもあってか、半眼になって凉平さんの軽口を軽く受け流す。

 こういうところさえなければ、本当に良い人なのに……

 料理も出来て洋菓子までも作れる、この喫茶店のメニューをたった一人でまかなっている料理人。だけどからかい口調と、その間の抜けた軽い空気のせいで、好感としてはややマイナス方向だ。

 カウンターテーブル。左から三番目のスツールに座る。

「ほいよ」

 待ち構えていたかのように、凉平さんが朝食を並べてくれる。

 今日は白米に鳥そぼろと大根の煮物。味噌汁に味のり、メインは……これはスクランブルエッグ? パンじゃなくてご飯にスクランブルエッグ?

「なにこれ?」

「おう、その卵はカツオ出汁を入れて半熟のスクランブルにしたんだ。ご飯にかけて食べるんだぞ」

「ああなるほど、たまご丼ってことね」

「そーいうこと」

 開店前のひなた時計、ここでいつも朝食を取ってから今日の仕事に向かう。

 今日の仕事。午前中は生け花教室の助講師と雑務、午後からは駅前の花屋でアルバイト。

「でよ、たぬき」

「うん?」

 出汁の入ったスクランブルエッグを白米に落としながら生返事する。

「今日は店を早上がりするから、晩飯が用意できねえんだわ」

「早上がり? 何か用事?」

「ああ、マスターとでちょっと用事が被っちまってな。しゃーないから夕方の6時には店を閉めるんだ。気をつけてくれよ」

「はーい、、了解」

 白米の上に卵のスクランブルエッグを乗せると、カツオ出汁がふわりと香ってきて、優しい香りがやってきた。

 料理のセンス? とでも言うのだろうか。確実に料理の腕は私よりも上だった。

 なんか微妙に悔しい。

 これじゃあ料理の出来ない女として格付けされてしまうかもしれない。まあ事実、こういう生活になってからまともな料理もやっていないけれども……。

 いつか近いうちに、私だって料理ができるんだぞって作り返してやろうか。

 カアアアアアアアアアッ!

「ひっ!」

 思わず肩でびっくりしてしまった。振り向くと一匹のカラスが、ひなた時計の目の前で思いっきり鳴いていた。

 音までは聞こえてこなかったが、ばさばさと羽根をばたつかせて飛んでいった。

 何? いまの……。

 残っていた眠気が吹き飛んでしまった。

 カラスって、近くで見ると怖いのよね……。見た目からしてごわごわした羽根に大きく鋭いくちばし。何か嫌な事でも起こりそうな気配。

 朝から縁起が悪いなあ。

「あ」

 カラスから目を離して声のしたほうを向くと、現れた緑の瞳が印象的な少年と目が合った。名前は確かユーリ=東条君。

「ユーリ君、よはよー」

「おはようございますたぬきさん」

「…………」

「な、なんでしょうか?」

 私がつい半眼になって睨むと、ユーリ君がおびえて後ずさりをした。

「私はたぬきじゃなくて。た、な、ぎ、ですよ」

「たぬきさんじゃなかったんですか?」

「そうよ」

 ……あんの野郎。

「ごめんなさい。たなぎさん」

「いえ、いいのよ」

「ユーリ、お前も朝飯を食べろ」

「あ、はい」

 ユーリ君が私から一つ飛ばしのスツールに座り、私と同じメニューの朝食を凉平さんが持ってきて、ユーリ君の目の前のテーブルに置く。

 凉平さんが私の後ろを通る瞬間に、

「このっ!」

 凉平さんの腰に肘打ちしてやった。

 打たれた腰の部分をさすりながら、ひょいひょいとした足取りで逃げていく凉平さん。

 いつかこのことについて決着をつけねば。

 凉平さんが消えていった奥へ向けて、べーっと舌を出してやる。

 やれやれまったく。しょうがない人だ。

 

「ふわぁ……」

「おはようございます」

 シュウジ君とシャオちゃんが、まぶたを擦って現れた。

 カウンターテーブルの後ろにあるにあるボックス席に二人とも座る。

「ほらよ、さっさと食え」

「うい~」

「はい~」

 二人とも朝が弱いらしい。だがしっかりと箸に手を伸ばして朝食を食べている。

 しばらくすると。

 カランカラン

「おっはよーございまーす!」

 シャオちゃんと加奈子ちゃんがやってきた。

「おはようございます加奈子さん」

 シャオちゃんはしっかりと返事をしたのに対し、シュウジ君は大あくびで返した。

「シュウジさん食べ終わったなら行きましょう」

「おう~」

 シャオちゃんがシュウジ君の背中を押して、

「では少々、行ってまいります」

「行ってくるわ~」

 ひなた時計の出入り口から、シュウジとシャオテンがが出て行った。

 そして加奈子は店内の奥へ向かって消えて行った。

 いつもどおりの朝だ。私ももう少ししたら教室へ行かなければ。

 と、横目で見るとユーリ君が一人ぼっちで暇を潰していた。

 たしか、凉平さんの旧友であり、外国暮らしだったこの子とご両親さん。そのお父さんとお母さんが日本に来た疲れで入院してしまって、ユーリ君はここにお世話になっているんだっけ。

 ユーリ=東条という事から、お父さんのほうが日本人でハーフなのよね。しかし、凄くきれいなエメラルドグリーンの瞳をしている。お母さんはどこの国の出身なのだろう?

「あの……なんでしょうか?」

 はっとなって我に返る。ついユーリ君の瞳に見とれてしまっていた。

「なんでもないの。ただ、綺麗な瞳だなって」

「僕の目ですか?」

「うん、うんうん」

「……初めてだ」

「初めて?」

「はい、初めてそう言われました」

「お父さんやお母さんからとか、友達からとか、言われたことなかったの?」

「はい……」

「……そっか、こんなに綺麗なのに」

「綺麗ですか? ぼくの目は」

「うん、すごく綺麗よ」

「ありがとうございます」

 少し暗いと言うか、すぐしょげてしまうというか、子供なりの元気さの無い子だなあ。

「お父さん達の退院はいつになるか、もう知ってるの?」

「あ……ええと」

 すると、奥から凉平さんが戻ってきた。

「親父さんたちは明日ぐらいには退院するってよ。言うの忘れてたわ」

「あんたねえ……」

 そんな大事な事をなぜ今まで言い忘れていたんだこの野郎。ユーリ君がまた……気を落としてしょげている。

 あれ?

「お父さん達が退院するのに、うれしくないの?」

「え?」

 ユーリ君は一度凉平さんを見てから。

「あ、あっと。えと、うれしいです……すごく」

 なんだろう? もう一週間近くここに居てちょこちょこ見かけたりもするのに、最後までよく分からない子だった。

「たぬきさん、そろそろ仕事じゃね?」

 左腕の時計を見る。

「おっとそうだった、じゃあまたね。ユーリ君」

「はい」

 おっとその前に。こほんと咳払いして、財布から小銭を出す。

「はい、今日の朝食代ね」

「どれどれ」

 凉平さんが覗き込む。

 三百五十円。

「……おい、せめてあと五十円くらい」

 この朝食にはちゃんとした値段が無い。かといって無銭のまま飲食するわけにも行かず、また店のメニューでも無いが凉平さんが作った料理だと言うことで、お互いに折半し、食べた私が値段をつける方式になっていた。

 したがって今日の朝食の値段は三百五十円である。

「鳥そぼろ大根はしっかり味がしみて美味しかったけど、これ昨日の作って一晩寝かせたからここまで味がしみこんでたのよね?」

 凉平さんが「う……」と苦悶をもらした。

「それから発想は良かったけど、結局はいつもどおりのお味噌汁に卵を半熟で焼いただけよね? だから三百五十円」

 ちなみに大台の五百円は未だに出したためしは無い。

「くっそ!」

「ほほほ! 私に五百円を出させたかったらもっと精進することね!」

「ああー、やっちまった」

 ざまあみやがれ。

 スツールから降りて店の出入り口へ向かう。

「さーて、私も。行ってきまーす」

 軽く手だけで敬礼のしぐさをしてひなた時計を後にする。

「あーい、いってらっさい」

 

 そして生け花教室の講師の助手、さらに軽く生徒達から集まってくる学費の帳簿を整理してお昼。

 前々から気になっていた、新しい喫茶店、ティーショップと名乗っている店で軽食を取る。ティーショップと公言しているだけに色んな茶葉があった。マスターの挽くコーヒーで名の通っているひなた時計とはまた違った場所で新鮮だった。

 午後からは駅前の花屋のバイト。ここは父と母が生前だった頃からの付き合いでもあり。元々ここから離れた所で花屋をやっていただけに、店長とその奥さんとも顔なじみでなかなか楽しくやっている。

 そうこうしている間に夕方になり、店を閉めるころには夜の八時を回っていた。


 はー、今日も疲れた。

 このほど良い疲れがまたいいのよね。帰ってお風呂をひと浴びした後でぐだ~っとするにはもってこいの疲労度だ。

 と――

「あ、あー」

 しまった。ひなた時計に来てしまった。確か今日は早上がりするんだった。

 つい習慣になって店の前まで来てしまった。

「あれ? たぬ、じゃなかった田名木さん」

「昴ちゃん?」

「店開いてないの?」

「昴ちゃん、今日は早上がりするって聞いてなかったの?」

「聞いてねえ、っていうかそれなら何でいるんだよ?」

「あははー。つい、ね」

「シャオやシュウジの奴もいないのか?」

「そうみたいね」

 ひなた時計はすっかり闇に溶け込み、人の気配がまったく無かった。

「んだよ。せっかく遊びの帰りに晩飯でももらおーかと思ってたのによ……」

「じゃあ、どこか二人で食べに行く?」

「おっ、良いねー」

「どこにしよっか」

「そういえば、あっちのほうで改装したラーメン屋が美味いって話を聞いたぜ」

「じゃあ今晩はラーメンにしましょう」

「こってり系だけど大丈夫か?」

「私の胃袋はやわではないのだ、はっはっは」

「ここずっとひなた時計で食ってたもんな」

「そうよねー、たまには他の所で食べるのみいいわよね」

「じゃあいこうぜ」

「はーい」


 2:

 車を止める。そしてアイドリング中だったエンジンも切って外に出た。

 もう夜も十分に深まり、人通りはまったく無い。この先は山道になっているため外灯も少なく、夜には誰も訪れない場所だと言うことは、立証済みだった。

 黒いコンバットスーツに上着をはおり、ジープ型の車の後部ハッチを開ける。

 中にはさまざまなケースが入っていた。

「セイバー2」

「おう、あんがと」

 もう既に作戦は始まっている。セイバー2こと凉平は、小ぶりのケースから大型の拳銃の収まった2丁のホルスターを取り出して腿の部分に巻いた。そしていつも投げ物として使っている金属片のような小さな刃も、着込んだレザースーツの各部に備える。

「アックス2」

「おう」

 アックス2シュウジは彼がいつも使っているバッグから金属の篭手を取り出し、両腕につけた後で、先から刃が出るかどうかを確かめた。

 こっちもさっさと装備を整える。二人よりも大荷物だが、体内調整(キュア)を使えば銃器類の重さなど感じなくなるほどに体が軽くなる。

 ユーリ=マークスも車から降りていた。おどおどとしながら辺りを見回している。

 うん?

「このケースは誰のだ?」

 隅っこにある中型のケース。凉平とシュウジに視線を送るが、二人とも心当たりが無いらしい。

 まさか――

 その中型……小柄な人間ならば納まりそうなケース取り出そうとして、シュウジがはっと気がついて素早くケースの取っ手に手をかけた。

 そしてシュウジが激しくケースを揺さぶった。

「おらおらおらおらおら」

「いたっいたたたたたた!」

 ケースの中から女の子の声。シュウジがケースを開くと。

「なにやってんだてめえ」

「えへへへへ……」

 凉平と一緒になってため息を漏らす。

 中型のケースの中にはシャオテンが入っていた。

 げんなりするシュウジがぽつりと。

「今すぐ帰れ、ってもだめだよな……」

「……こうなれば仕方あるまい」

「それしかねえかー……」

「私も及ばずながらご協力いたします!」

「確実に及んでないし、お呼びでもねーからどこかそこらへんに隠れてろ」

 シャオテンがシュウジの声を無視してこちらを見てくる。

「で、作戦はどうなっているんですか?」

「…………」

 仮面を付けたまま額を押さえて凉平のほうを見る。だか彼も両手を広げてやれやれといった感じだった。

「これから君はユーリとシュウジと一緒にランニングをしてもらう」

「ランニング? でございますか?」

「そうだ、この山の頂上を目指して走れ」

「それだけですか?」

「ああ、それだけだ。ただし目標のジョーカーが君たちの前に現れた場合は、君もシュウジ、アックス2と共にユーリを守ってもらう」

「わかりました!」

 車からひょいと降りて足の屈伸をし始めるシャオテン。

 再度セイバー2の凉平と視線を交わすが。彼は肩をすくめるだけだった。

 完全に諦めている。

「…………」

「あの――」

 ユーリが聞いてきた。

「本当に、大丈夫なんですか?」

「おう」

 軽い口調で凉平が返事をした。

「ジョーカーの相手は俺達がする。だからお前達は頂上へ向かってひたすら走れ」

「この山の地図だ。そしてこの各所に隠れられる場所がある、場合によってはここに隠れるんだ」

 渡した山の地図には、いくつか×印の付いた箇所がある。

「この場所の事、よく知っているんですね?」

「ああ,ここは少し前までは台駄須郎の一人が隠れ家にしていた山だからな」

「えっ!」

「だが安心しろ。ソーサリーメテオ……俺達がその時の台駄須郎を倒し、山の中にあった研究所も片付けて埋めた。その名残でこの×印には、地中にあった通気ダクトや元入り口だったりする。くぼみ程度の名残だが、隠れるには十分だ」

「……わかりました」

 遠くを眺めていた凉平が、その姿を確認したらしい。

「やっこさんが来たぜ」

 こっちからジョーカーが襲うに絶好の機会と、時間帯を選んだのだ。この誘いに乗らないはずはない。

 空は暗く、ジョーカーは目視できないが、凉平は自身の光の能力で遠くにいるジョーカーの姿を発見したらしい。

「では、ミッションをスタートする」

「おっし! 行くぞお前ら!」

「はい!」

「うん!」

 シュウジシャオテン、ユーリが山道に入って山を登っていく。

「最初の迎撃は俺だな。アックス1、その後を頼むぜ」

「了解した」

 この場を凉平に任せ、三人の後に続いてこちらも山道へ足を走らせた。


 3:

「さてと」

 両手を組んで指先から肩までを十分に伸ばして、遠くの空からやってくるジョーカーを待つ。

 両手を見ながら、

「ちゃんと働いてくれよな」

 自分は今、能力が不調の状態にある。

 それを理解したうえで、戦う。

 上級呪文はまず無理。操作を誤れば、体内から出した光のエネルギー……光熱波が目の前で暴発して自滅するだろう。

 ――どこまでできるか。

「やってみなきゃ……わかんねえか」

 ここまで来たら開き直るしかない。

「探索(サーチ)」

 左目を光の能力を使って遠方から飛んでくるジョーカーの姿を見た。

 幸い、まだこちにらは気づいていない様子。

 先制攻撃。

 シャープアローとシャイニングドライバー、どちらでいくか?

 シャープアローが文字通り光の矢ならば、シャイニングドライバーは大砲だ。

 おそらく、今の自分の操作能力ではシャープアローで数を撃っても当たらないだろう。

 ――一撃で決める!

 腿のホルスターから引き抜いたデザートイーグルを両手で持って構え、はるか遠くの空中にいるジョーカーへ狙いを定めた。

 ひたすらジョーカーの姿に向けて集中する。

 ――当たれ!

「閃光……砲(シャイニング……ドライバー)!」

 引き金を引くと同時に、銃口から光の柱のように太い光熱波が放たれた。

 巨大な光熱波が一直線にジョーカーへ向かい、

 ジョーカーのすぐ真下を通過した。

 ――外れた!

 さらにジョーカーにも気づかれた。黒い翼をはためかせ、こちらへ向かう速度を上げてやって来る。

「ちっ!」

 舌打ちしてデザートイーグルをホルスターに戻した。

 両手を胸のあたりで構え、唱える。

「流れる星は――」

 両手の間から白い光があふれ出し、光弾となって周囲に現れる。

「炎の如く!」

 そして両手をジョーカーめがけて突き出して発動させる。

「流星斬(シューティングセイバー)!」

 その名のごとく、多数の光弾が流れる流星のようにジョーカーへ向かって降り注いだ。

 せめて弾幕ぐらいには。と思ったが、ジョーカーが翼の機動力を生かして豪雨のように襲ってくる光弾を回避していく。

 右に、左に、体をひねらせ、一度急降下して勢いをつけてから急上昇。

「おいおい、冗談だろ」

 それはジョーカーに対しても、自分の能力の減退加減についてもだった。

 ジョーかがさらに加速して間もなくこの山にやって来る。

「しかたねえか……うまく発動してくれよな!」

 右腕を突き出し、左手で突き出した右腕を掴んで抑えつつ、上級呪文を唱えた。

「翔けろ――」

 右肩からいくつもの光の帯が現れ、光が収束されるように光熱のエネルギーが溜まっていく。

「銀翼の、剣!」

 右腕が光り輝き、一本の剣となる。

「疾光剣(ブーステッドソード)!」

 呪文の発動と共に、体がロケットのような推進力で、体が夜空へ飛翔した。

 このままジョーカーめがけて突っ込む。

 しかしこの呪文には欠点があった。地上……平面的な動きならば十分に切りかかることができるが、三次元的な動き、空中での使用は体中の血液が急加速についてこれず、ブラックアウト現象を起こす。

 さらに能力が低下している状態で出来る交戦はおそらく三撃。

 自分が気を失うか、途中で呪文が消えてしまうか。

 せめて一撃で落とせなかった事と、弾幕すらも意味が無かったツケぐらいは払いたいものだと、半ばやけっぱちの攻撃だ。

「はああああああああ!」

 一撃目。超高速で現れたこちらに気づいたジョーカー、それに対し光の剣を振るう。

 光の剣が空を切った。直前でジョーカーがその翼を止め、交錯するのを回避したからだ。

 だが、それでもかまわずにジョーカーへ超高速の体当たりを浴びせた。

 弾き飛ばされるジョーカー。

 直線的な動きを二回の方向転換で軌道修正し、さらにジョーカーへ再び斬りかかる。

 突き刺すように、自分自身を一本の槍のように、ジョーカーへ突っ込む。

 ジョーカーがこちらを見て素早く翼を操り体勢を立て直す。

 そのジョーカーが体制を半身に傾けて、こちらの特攻のような剣の刃を避けた。

 二撃目も外れた。

 あと一撃。もう視界が暗くなって思考も危うい。

 先ほどよりも短い間隔で軌道を修正し、最後の突撃をかける。

 狙うのは――ジョーカーの翼!

 翼がなければ飛べない。

 片方だけでも斬れれば奴は飛べなくなる。

「ああああああああッ!」

 ジョーカーとの交差に合わせ、光の剣を振り上げて斬りかかる。

 一瞬の交錯。――外れた。

 ジョーカーが翼を背中に収納したからだ。

 そこまでして翼が大事か。自分のほうを狙われていたらこの一刀で勝敗は決していた。

 だが判断を見誤った。

 ――ここまで、か……

 ブーステッドソードの効果が消えて、失速。後は地面に向かってに落ちるだけ。

 もう視界が見えているのか見えていないのかが分からない、暗い空間を凝視して、腿のホルスターからデザートイーグルを抜く。

 発砲。光弾が一筋流れ、

 ジョーカーの羽根の片方を貫いた。

「へっ……ざまあみろ」 

 じわじわと体内の血流が流れる感覚を感じながら、はき捨てる。

 ッカアアアアアアアアアアアア!

 自分の翼を傷つけられ、激昂するジョーカー。

 こちらへ向けて両手を突き出し、火炎弾を放ってきた。

 とっさに両腕で顔を隠し、体を丸める。

 べちゃりべちゃりべちゃり

 可燃性の粘液が体に直撃し、あっという間に火だるまになった。

 そのまま落下し、めきめきばきばきという音が周囲で大反響し、体中に強い衝撃を受ける。さらにごろごろと体が転がり……静かになった。

「くはっ!」

 今しがた気がついたかのように息を吐き出して夜風を吸い込む。

 どうやら山の木々にぶつかり、さらに山の斜面を転がったらしい。おかげで火炎弾の粘液が取れていた。一応焼死は防げたようだ。

「あっつ……」

 両腕両足に激痛が走る。四肢が焼け爛れていた。

 まともに動けそうもない。

 耳に装着していた通信機でアックス1、誠一郎へ。

「こちらセイバー1.迎撃に失敗した。次を頼む」

 だが、アックス1誠一郎から意外な返答が来た。

『こちらアックス1、迎撃は無理だ。今、敵の増援らしき生物兵器と向かい合っている』

 敵の増援? 生物兵器?

「どういうことだアックス1! 相手はどんなヤツだ!」

『相手はザザザ……』

「相手は誰だ! アックス1!」

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