BLUEblue (後編)
7:
AZネーム能力者の緊急招集。
とはいっても、いつもどおりに何も無い、ただ正面に巨大なディスプレイがあるだけの薄暗い小部屋。エア=M(マスター)=ダークサイズこと村雲鈴音と共に席に着いた。
ディスプレイはすでに画面を映り出していた。画面の正面には真紅の豪華なソファーがあるだけだが、画面の端々に出席者が映っていた。
グランド=K(キング)=ブレイダー。
アクア=Q(クイーン)=エメロード。
新しく着任したと言う、アクア=J(ジャック)=メイルストローム。
エア=M(マスター)=ラピッド。
ライトニング=E(エンペラー)=トール。
今回は情報部〈フェアリィ〉の部長、ヒール=I(インター)=ハンダーも参加している。
その他にもつらつらと見知った者達がいた…………。
属性とA~Zのコードネームを持ち、第二呪文(セカンドスペル)に覚醒した面々が軒を連ねる。
だが、知る者もいれば知らない新顔らしき者も見える。
AZネームを持った構成員の数は正確にはわからない。なぜなら。
「エルダーがまた怒りそうね」
「だな」
鈴音のぼやきに簡潔に答える。
緊急招集と言いつつも、集まったメンバーは常に半分にも満たないと言う。
噂では重力使い力場使いに闇使い、さらにもっと特殊な能力に目覚めた者もいるはずなのだが。
だが、光の能力者だけはいない。
AZネームの光の能力者は呪われるという噂が流れていた。
シャイニング=S(スペリオル)
三代前は任務中に謎の戦死、二代前は任務中に行方不明に、先代は組織抜け。
現代AZネーム光の能力者は空席になっている。
その席にセイバー2、凉平のことを考えたが、すぐに頭を振って否定する。
そもそもあいつは第二呪文に覚醒していない。さらに現在彼は能力不調の状態にある。
理由は明らかだ、相棒だったセイバー1の組織抜け、彼の心を揺るがした田名木柚紀との出会い。さらに今回のラストクロスとの悶着。不調になりうる要素は十分だった。さらに凉平はラストクロスの幹部に頭を下げて頼みごとをすると言う空回りもした。実際に実力は見計ってはいないが、おそらく十分な実力を発揮できていないだろう。
元々〈セイバー〉は二人一組で最大の力が発揮できるように仕込んだのだが、その片割れがいなくなり、今回の件で多くの役割と負担を持たせた状態では、凉平単体て高く見積もっても部隊名〈セイバー〉の力は最大のうち3割が限度だ。任務中にヘマをして死ぬかどうかの危うい境界線でもある。
能力は精神状態に大きく左右される。だが優秀な兵士のように初志貫徹の固めた精神や心の状態では能力は答えてはくれない。
常に揺らぐ精神の中で、何故かこの能力は発揮される。
完璧な駒は兵士として上等なはずだが、この能力は常に『心』という不確かなものを求める傾向がある。つまりは完全な兵士よりも中途半端な兵士に力を授けるのだ。
覚醒石。それがソーサリーメテオの構成員全員の体内に埋め込まれている。そしてその石が人間に能力を与えている。覚醒石の正体は分からない。誰もが自分の覚醒石を自身で取り出して調べる者もいない。一度体内に入った覚醒石は全身に溶け込み、人間を能力者にする。故に取り出して調べることも出来ないからだ。ソーサリーメテオがその名の通り術者の群となりえる謎の石……。
『まーたこんだけなの? 集まりが悪いわねえまったく。後で連絡入れるのが面倒じゃない、と言ってもやるのは私じゃないけどね』
ディスプレイから若い女性の声が飛んできた。
現れたのは黒いドレスをまとった瞳が紫色の金髪の少女。画面中央にある真紅のソファーに向かって行ってそのまま気だるそうに寝転んだ。
何故か手にはリンゴを一つ持っている。
この少女が暗殺組織ソーサリーメテオの長、エルダーである。
エルダーはソファーで転びながらリンゴをかじる。十分に租借して飲み込んでから、あっと思いついたかのように言ってくる。
『ああ、このリンゴは気にしないで。リンゴダイエットって知ってるでしょう? 不老不死って言ってもさ~あ、がつがつ食べればぶくぶく太っちゃうし』
エルダーが言ったとおり。彼女は不老不死と言う存在らしい。まだひなた時計でアルバイトをしている面々と遜色ない面持ちだが、少なくとも6年以上もこの容姿のままである。
『タンスの角に小指ぶつけたら痛いし、腕をちょん切られたら痛いし。風邪も引けばガンとかにもなって手術もするし。ただ死期が無くなったってだけで、それ以外はフツーの人間と変わらないのよねえ、でもちょん切られた腕とか、首を切られても死なないでちゃんとくっついて治癒されるしぃ、全身の血を抜かれても冬眠モードに入ってちゃんと生きてるから、そこぐらいよね、便利な所って……」
しゃくしゃくとリンゴを齧りながら愚痴をこぼすエルダー。
『そういえばこんな話ももう何回したっけ? まあいいわ。どーでもいいし』
そして真紅のソファーに寝そべったまま、空いた手のほうでこちらを指差し、
『例のマッドサイエンティスト、あの私達にハッキングしてさらに嘘のに任務まで書き換えてきた台駄須郎ってやつ。あれを今後ソーサリーメテオの『敵』とするわ。話は以上! はい質問コーナーに移りまーす。疑問がある人は手を挙げて! ジョン!あとはお願いね~』
ジョンと呼ばれた男が画面に現れる。黒い前髪をきっちり後ろに流し、黒縁の眼鏡をかけた燕尾服の男。ジョディー=ランスター。
名前はそんな名前だが、彼はどう見ても日本人だった。
『エルダ様のおっしゃった通り、元ラストクロスの技術開発者、台駄須郎を今後ソサリーメテオの敵対相手として認識します』
村雲鈴音が手を挙げた。
「エルダー、質問が有ります」
『ちょっと! 何度も言ってるでしょ! 私を長老(エルダー)って呼ばないで! ちゃんと区切ってエルダ様と言いなさい!』
「失礼しました、エルダ様」
『んで? 何よ?』
「当然の事と思いますが、台駄須郎という人間の実態をご存知なのでしょうか?」
『ええ知ってるわ、台駄須郎と言うのは一人じゃないって事。自身のクローンを大量に作り、ラストクロスに所属していたのもその一人でしかない。台駄須郎……そうね、台駄須郎シリーズとでも呼べば良いのかしら? 彼らは世界に点在し、ひたすら自分の研究に没頭している稀代のマッドサイエンティスト』
「では、このたび敵視する台駄須郎は、ラストクロスに所属していた一人に限らず、その台駄須郎シリーズ全体を抹殺対象にすると言うことですか?」
『そうよ、きっと台駄須郎シリーズの中にはソーサリーメテオに興味を持って、研究欲を満たすために擦り寄ってくるヤツもいるでしょうけど……関係ないわ。全部しらみつぶしに殺しまくって頂戴』
「わかりました。それともう一つ」
『まだ何かあんの?』
「はい、もし台駄須郎シリーズの一人を抹殺したとして、そのとき対象者の付近に台駄須郎の研究成果のデータ、または彼に関する物があった場合、どうされますか?」
『もちろん持って帰れるなら持って帰ってきて。マッドな研究成果ってどんなのがあるのか面白そうじゃない?』
「わかりました」
村雲鈴音が挙げていた手を下げた。
『っていうかそれ、今からジョンが説明する所だったんだけど』
「失礼しました」
『まったく、説明する手間が省けたってことにするわ。お、ば、さ、ん』
子供のようにイライラしたり、不満をぶつけたり。癇癪を起こしたり……不老不死でおそらく何十年、もしくは百年単位で生きているのかもしれないエルダー。だが見た目はどうしても未成年の少女そのものだった。
おばさん呼ばわりされた村雲鈴音は。もうとっくに諦めている様子で眉ひとつ動かすことも無かった。
おそらくだが、誰もがエルダーを子供扱いしている。この若々しい知性の感じられないしゃべり方。無作法な挙動。そして口調。そのどれをとっても尊敬に値する存在とは思えなかった。
だが彼女がソサリーメテオの長であり、不老不死という事だけは決して揺るがなかった。
『ジョンの出番がなくなっちゃったじゃないのよ。まーいいわ、ジョン、ちょっと紅茶を入れてきて』
『かしこまりました』
手に持った資料もそのままにジョディー=ランスターが画面から消えた。
『ちょっと、フレイム=A(エース)! 私のことじっと見てるだけで、なんか不気味なんだけど文句あるの?』
火の粉がこちらに飛んできた。
「いえ、何もありません」
『ふんっ! あんたの顔ってごつごつした岩みたいで何考えてるのかわかんないのよね、頭の中で変な事考えてたりして無いでしょうね?』
「しておりません」
『……あっそ』
無表情でいられるのが煩わしいらしい。この不老不死の少女は。
『とにかく、台駄須郎は皆殺しよ。情報部が見つけたら任務を作戦部が出すから、実行部隊は出来るだけたくさん殺してちょうだい、ハイ終わりー。今日の緊急招集はこれで終わり。ジョン、モニターを切って』
最後にエルダーが『あーお肉食べたい』と呟いてモニターが切れた。
ブルーライトで照らされている薄暗い室内が一気に静かになる。
「あー……疲れた」
村雲鈴音が椅子の背もたれに全身を預けた。
時間にして十分程度だったが、あのエルダーとの会話は、毎回生気を持っていかれているかのように疲労感がやってくる。
最大の謎と言ってもいいかもしれない。このような明らかに適当な召集会議でも、情報部と作戦部は統制が取れている。そして正式な任務がわれら実行部隊に回ってくるのだ。
まだ、セイバーとアックスの隊員達はこの事を知らない。まさかここまで完全秘匿として裏社会に脅威と畏怖を撒いている暗殺組織の長が、あんな少女の小遊びのような声で動いているとは、夢にも思うまい。
「ブレイク、アンタはよく平気でいられるわね、あんな小娘相手に毎度毎度くそ真面目に対応して」
そんなわけがない。疲労感は感じている。顔に出していないだけだ。
しかしどんな場でも、示しと言うものがある。組織のいち部隊を預かる身として、たとえどんな上司であろうと徹底してその品格を落としてはならない。
「まぁ、多分あんたみたいなのがいるから、きっとこの組織はちゃんと回っているんでしょうね」
「…………」
なんだろうか……村雲鈴音の今の台詞で、何故か胸が痛くなった。
8:
「ん?」
鼻がひくついた。
――いる!
直感で分かった。絶対にいる!
いつものルート、こっちだ!
「じゃあね! 昴!」
「おうじゃあな!」
愛観に手を振って友人達と別れる。
走って走って、その背中を見つけた。
こんにゃろう!
「てりゃー!」
見つけた背中、その尻に向けて突き出すようなけりを浴びせる。
だがやっぱりかわされた。
「うわ、っとっととととっ!」
つんのめって倒れそうになる。と、力強い手が俺の腕をつかんで引き戻させた。
「うわっ!」
気がついたら、その胸の中に入っていた。
「やあ、昴」
「誠一郎……」
はっとなって気づく、こんな近くに誠一郎の顔が。
「このやろー!」
どすん! とみぞおちにパンチを入れて距離を取る。
胃の部分をさすりながら誠一郎が、
「今のはちょっと苦しかったぞ」
「ざまあみろ!」
なんで急にいなくなるんだよ! どうして待っていも来なかったんだよ!
どうして突然現れるんだよ……。
「行くんだろ? 『ひなた』に」
「ああ、そうだ」
「しゃーねえな、また付き合ってやるか」
「そうか、じゃあ行こう」
「おう!」
誠一郎の腕を引っつかんで、一緒に歩く。
今まで胸の中にあった色んなもやもやしたものが一気に晴れた。
「さっさといこーせ」
「ああ、そうだな」
まったく誠一郎は。
しょうがないヤツだ。
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