第九話 誠一郎編2
Intermission
1:
「食を制するは世界を制す!」
両手を挙げてクジンは大声を上げた。
「その昔、大航海時代と呼ばれた時代は、異国の香辛料や茶葉、珍しい食べ物を求めて旅をするのが目的でありました。当然、長旅の大航海には危険も多く、また莫大な資産が必要でした。つまりは大富豪や貴族、または城主などがスポンサーとなり、まだ見ぬ美味な食べ物を海のかなたへ求めたのです――って、みなさん聞いていますか……?」
聞き入ってくれるはずだった四人は四者四様に卓の上に置かれた豪華な中華料理を食べていた。
浦佐田技研の屋上こと、大崑崙の決闘闘技場。
専用のエレベーターのある部屋の中で、シュウジは春巻きを黙々と齧っていた。
背中に白い翼を持ったユーリも遠慮がちに料理へ箸を伸ばし、シャオテンはどうしようかとまごまごしていた。そして彰吾という黒装束姿の忍者は腕を組んだまま箸に手をつけてすらいなかった。
せっかく力説しようとしていたクジンが両手を下ろしてため息をついた。
「日本では花より団子って言うんでしたっけねえ……」
と、クジンは顔を上げてシャオテンを見た。
「ところで、御子息のお傍に仕えていながらも、給仕の一つもしないとは、なかなか肝が据わってますねえ」
びくりとシャオテンの箸が止まった。
「……やっぱり私、そうします」
おろおろとしていたのは、大崑崙というアウェーの中で、シュウジもといシンファの横で同じように食を進めることに戸惑いがあったからあった。
「いい、お前も食べろ」
シュウジがすっぱりと言った。
「ですが」
「いいから食ってろ」
「はい、うぅ……」
シュウジとクジンの板ばさみ状態となり、さらに肩身が狭くなるシャオテン。
それからシュウジは彰吾にも声をかけた。
「彰吾っつたな、お前も食べろ」
彰吾は組んだ腕も解かず、無言で拒否を示した。
「命令だ」
シュウジの強く込めた言葉。
「…………」
彰吾はかたくなに否定しているが、
「彰吾君。御子息からの命令です。いくら対戦相手と卓を共にするとしても、形式上御子息のほうが身分は上です。従ってください」
「…………」
そうしてようやく彰吾は箸に手を伸ばし、幾重にも顔に撒いた黒布の隙間から上品なあんかけののったから上げを一口した。
クジンもそれを見てクジンも満足気に頷く。
「そうそう、仲良きことはなんとやら。もし彰吾君が御子息に負けることになったら、正式に御子息の配下になるのですから」
ぴくり、と彰吾の箸が止まった。
クジンは滑らせた口を「おっと」と言って手で覆い、ひょうひょうとした足取りで彰吾から離れた。
そんな昼食の中で、シャオテンがポツリとユーリに尋ねた。
「ユーリさん、もし心中を悪くされたら申し訳有りませんが……」
「なあに?」
「そのなんていうか、その翼。なんですが」
「うん」
「抵抗はなかったのですか?」
「抵抗?」
「ええ、なんていうかその、自分の体をいじられたり、別の何かをくっつけられたり……その、気を悪くさせてしまいましたらごめんなさい。そういうバイオ技術の実験体になることに抵抗感はなかったのでしょうかと? もし失敗したら、と言うこともあるでしょうし……」
「…………」
ユーリは無言で手に持った箸を下ろし、うつむいて遠くを眺めるような表情になった。
「ごめんなさい! 傷つけるつもりはなかったんです! ほんとうにごめんなさい!」
「……いや、大丈夫だよ」
ユーリが一度ため息を吐いた。
「わかってる。シャオの言いたい事、わかってるよ……でも、僕は……僕達はむしろ今の状況のほうが充実しているんだ」
「充実……ですか?」
「そうだね、そうとしか言いようが無い、かな? だって僕達は元々スラム街とか、行き場の無い難民を集められて、ラストクロスにいるんだ。だけどね、正直言って、ラストクロスに連れてこられたことが、逆に僕達にとっては初めてまともな人間として扱われたんだ……」
空気が重くなり、シュウジが食べる箸と皿の音しかしなくなった。
「僕達はスラム街で、名前すらなかった。だから名前は自分で決めた。ジャズって言う音楽が好きだったからジャズ。好きな歌手でマイケル。他にもファルとララっていう双子もいたよ。ララは字も読めなくて書けもしなかったけど、「らーらーらー」っていつも綺麗な声で歌うから、皆がララって名づけたんだ。あの頃は本当に何にも無かったから、いつも何かを皆で叩いて音を出して歌って遊んでた」
ユーリは遠い昔を思い出すかのように淡々とした口調だった。
「小さい子や弱いもの同士で寄り添って、空腹やひもじさにも耐えて、同じスラムの人間にいじめられたり、命からがら助かったような喧嘩もして……それで普通の家庭、お父さんお母さん兄弟や姉妹のいる普通の家庭に憧れて……そんな時に、ラストクロスに拾われて。それから僕の世界は一変したんだ。皆とばらばらになっちゃったけど、暖かい布団と寝床、美味しい食事が3回も。そして必要な教育もさせてもらった。そう……僕はラストクロスに拾われることで、ようやく普通の人間として扱われたんだ。たとえその代償が実験材料にされる事だったとしても、僕達はようやく温かい世界に入ることが出来たんだ」
「…………」
シャオテンがどう言って良いのか分からず黙ってしまっていると、黙々と中華料理を口の中に放り込んでいたシュウジが口を開いた。
「シャオテン、お前も思い当たる節があるだろ? 獣計十三掌を学んでいた時、それと同じだ」
「そうですね……」
「弱い者は虐げられ、強い者が常に上に立つ。弱肉強食。そんな中で、弱い者は……俺達は大きな代償を払ってでも生きていかなければならない」
上品な香りのする紅茶をぐっと一息で飲むシュウジ。
「っぷはあ!」
おそらく象牙を材料に使ったのだろう、見るからに上等な湯のみを卓の上にコトンと置いて、シュウジは立ち上がった。
「お前らも早く食っちまえよ、俺は一足先に食後の運動でもしてるわ」
「……はい」
2:
「御子息」
シュウジが体をほぐしていると、一緒に屋上のへ出たクジンが呼び止めてきた。
「ソーサリーメテオが何者かにハッキングされたそうですね」
「……ふーん」
シュウジはクジンの話を聞き流しながらストレッチを始める。
だが、シュウジが聞き返した。
「それ、ドコからの情報だよ?」
「MELL・K(メル・ケー)からの情報です」
裏社会でMELL・K(メル・ケー)は大規模な情報屋として有名だった。表の社会で言えばスクープニュースや新聞などの立ち位置に似ているかもしれない。だが、MELL・K(メル・ケー)は裏社会では敵にもなり味方にもなる。たとえば大崑崙のような武器兵器を売りさばく組織にとっては、裏社会の情報は大助かりのツールとなる。対して組織とその行動の全てを秘匿とするソーサリーメテオにとっては、天敵でしかない。
「ソーサリーメテオがハッキングされたなどとは、界隈では一大事な情報です、すぐに多くの裏組織がその情報を買い、ソーサリーメテオの正体を少しでも得ようと行動を起こしましたが……おそらく寸での差でしょうかね、ハッキングされた情報ツールや足跡などはすでに無くなっており、結局徒労に終わりました」
「……クジン、お前はどこまで知っているんだ?」
その問いに、クジンは首を横に振った。
「駄目ですねえ御子息。会話の駆け引きも必要かつ重要な要素ですよ。そんなストレートに聞いて簡単に教えるわけが無いでしょう。アナタはまだ大崑崙の跡取りとしての地位をまだ手に入れていない。教えられることは限られています」
ニヤついた顔で人差し指を口元に当てるクジン。
「じゃあ何で俺に話したんだ?」
「そうですねえ、ただ御子息の反応が見たかったから。でしょうかね?」
「茶化すな」
「それは失礼を。ですがソーサリーメテオの情報ツールを発見し、さらにハッキングでニセの任務を差し挟んだ人間がいるとすれば……それはかなりの頭脳の持ち主――たとえば台駄須郎とか? でしょうか」
「なに?」
シュウジは目元をきつく絞ってクジンを見返した。
その反応を見たクジンは「くくく……」服の袖で口を隠しながら笑った。
「ジョーカーと言いましたかね。あの羽根小僧の翼をむしりとったもう一人の飛行可能人間。彼も台駄須郎と同じ所にいるのならば、きっとまたソーサリーメテオとラストクロス、もしくはあのユーリ=マークスという少年に対して、何らかの行動を起こすかもしれません」
「何故そう思う? ユーリの翼は奴が奪ったんだ。もう襲う理由など……むしろこの状況で再襲撃はリスクにしかならねえだろ? このままどこかへ消えていなくなれば奴らは大事に至らずに済む」
「果たしてそうですかねえ?」
「何が言いたいんだ、いい加減はっきり言え」
イライラし過ぎたシュウジが、震えるほど拳をぐっと握っている。
「なあに、勘みたいなものです。ただそれだけです。この事件がこのままうやむやに消え去ってしまう……そうは行かないのではないか? と思うのですよ」
「…………」
「まぁ、本当のところ、どうなるかは分かりません。私は台駄須郎でもジョーカーでもありませんゆえ」
話はこれまで、とばかりにクジンは両手を持ち上げて肩をすくめた。
シュウジは込めていた拳から力を解いた。
「そうか……」
シュウジとクジンの睨み合いの間に、ひゅうと音を立てた冷たい風が吹いた。
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