Strike The 『Joker』 (後編)
7:
シュウジシャオテン、ユーリの三人が歩いて鈴音に近寄ると、彼女は広げていた両手を下げ、「ふう」と吐息を吐いた。
「お前達。よく頑張ったわね」
鈴音が優しい表情で迎える。
「後は私に、任せなさい」
ばさり、ばさりばさり!
グアアアアアアアアア!
背後から、激しい叫びを吐き出し、ジョーカーが現れた。
それを、
「ふっ」
鈴音は片手を振るうと、激しい突風が生まれ、空中にいるジョーカーを吹き飛ばした。
風の能力者。村雲鈴音。
「行くわよ」
周囲に激しい気流をまとい、鈴音はジョーカーを追って飛翔した。
ガァァ、グウウウウウ……
乱気流のような突風の中、ジョーカーが漆黒の翼を巧みに扱い、姿勢を取り戻す。
だが、目の前には、
ガァ!
村雲鈴音の姿があった。
「はっ!」
鈴音が突き出し声を発すると、激しい衝撃波が襲ってきた。
まるで押し込まれるかのように山の中腹まで下がる。
ジョーカーはいったん、森の木々の中に入り、適当な枝に留まって身を潜める。
「無駄よ」
ジョーカーがはっとなる。声がしたのはすぐ背後からだった。
「ここら一帯の『大気』は私が支配したわ。言わばアナタはカゴの中の鳥。どこにいてもすぐに分かるわ」
ガアアアアアアアアアアッ!
ジョーカーが振り向き様に手首に内蔵された粘性の火炎弾を放つ。
だがそこには鈴音はいなかった。
「こっちよ」
声がしたのは真上から。
ガァァ!
見れば、鈴音は逆さになって宙に留まって浮いていた。
余裕の笑みの表情の鈴音。その様子がジョーカーの憎悪を激しく駆り立てた。
前上に向けてジョーカーが吠え、その口からマイクロウェーブ、電磁波を吐き出す。
だがその見えない攻撃。電磁波すらも見えているかのように、まるで海中で泳ぐ魚のような流れで回避する鈴音。
追いかけるジョーカーの電磁波放射。
その効果範囲を鈴音はするりと宙を舞って避ける。
グアアアアアアアッ!
ジョーカーが両手を突き出して、粘性の火炎弾をぶちまけるように乱射した。
その火炎弾の雨が鈴音を襲う。
「ふっ!」
鈴音が腕を突き出すと、燃える液体だった火炎弾がその形を失い飛び散って消えた。
風圧。大気の壁に火炎弾は通用しなかった。
ガアッ!
両腕から火炎弾が出なくなった。粘性の火炎弾を撃ち尽くしてしまったのだ。
ガアアアアアアアアアアアア――
仮面の奥、口から吐き出る電磁波放射で鈴音を追いかける。
だが見えないはずの電磁波の攻撃は宙を舞う鈴音にはかすりもしなかった。
ガ……ガァ……ガァ……
ついにはジョーカーが肩で息をし、疲労の姿が見え始めた。
「もう十分に分かったでしょう?」
すう、と宙に浮いたままジョーカーの目の前に鈴音が現れた。
火炎弾も撃ち尽くした。電磁波も聞かない。宙を舞う機動力も段違いの差を見せ付けられた。
「アナタは私には敵わない」
グゥ……フー……フー……グゥウ!
「これで終わりよ」
鈴音が唱えた。
「刃風陣(ブレイドストーム)」
ジョーカーを中心に竜巻が起こり、ジョーカーはきりもみしながら暴風に体をもっていかれる。
さらにその竜巻の隙間、真空状態になった場所から無数の真空刃が生まれ、ジョーカーの体は真空の刃でずたずたに引き裂かれる。
「はああああああああ! はぁ!」
両腕を持ち上げブレイドストームを操っていた鈴音が、両腕を振り下ろすと、竜巻が大きくUの字に曲がり、ジョーカーは竜巻の暴風と真空の刃を受けながら、山頂の地面へ激突した。
8:
呆然とするシュウジとシャオテンとユーリ。
あれだけの攻撃力と飛行能力、そして恐怖を持ったジョーカーが激しい風と共にズタボロになって帰ってきた。
グゥ……ガァ! ハー、ハーハー……
ぼろぼろになったジョーカーが息を切らせて四肢を動かしもがいている。
ウッ……グアアアアアアアアアッ!
満身創痍の姿で、ジョーカーが中腰の姿勢で立ち上がる。
構えるシュウジとシャオテン。
だが――
「もうやめようよ!」
ユーリが叫んだ。
そしてジョーカーへ駆け寄る。
「いいじゃないいかもう! 戦わなくても! 僕を殺さなくても! 僕達は同じ試験成功体。僕達は同じなんだよ。もしかしたら君が僕で、僕がジョーカーだったかもしれない。だけどきっとラストクロスは君を歓迎してくれるよ! 僕達は同じなんだ。同じなんだよ……だから、一緒に飛ぼうよ!」
静寂。ジョーカーの激しい息継ぎだけがこだまする。
風が吹いた。その場にいた全員の頬を撫でるように、静かに風が鳴いた。
ウッ! ウァァァ……アアアアアアアッ!
ジョーカーが前に出てユーリに襲いかかり。
「おいこら」
すっと両者の間に入ったシュウジが、ジョーカーの顎をつかんで持ち上げる。
「俺は、お前が今どんな気持ちなのかなんて分からねえ。どんな気持ちでこんな実験体の被験者になって、どんな気持ちで改造されて、ユーリを何故こうまでも狙う気持ち……きっと辛いんだろうな……苦しいんだろうな。だがな、それでもユーリの呼びかけに答えられない、それでも俺の『ダチ』を狙うって言うなら――」
言葉の途中で、シュウジがはっとなった。
持ち上げた顎から手を離し、シュウジが後ずさりをする。
「俺は、まだ何も……」
「耐久力の限界だ」
シュウジ達が振り向くと。凉平と仮面を外した誠一郎がいた。
誠一郎が淡々と言う。
「ここまで、素体が原形をとどめないほどの改造、そして火炎弾と声帯……声を犠牲にしてまで取り付けたマイクロウェーブ発生装置の追加武装。こんなツギハギだらけの改造では、元になった体の寿命が早まってもおかしくない」
どさり
固まって動かなくなったジョーカーの片腕が落ちた。
「ジョーカーは既に死ぬ寸前だった。だから近いうちに、今日今晩にでも戦いの舞台を用意しなければ、ジョーカーはおそらく、ひなた時計にやって来てまで君を狙っただろう」
そして仰向けに、空を見つめたまま、ジョーカーの死体は地面に倒れた。
「そんな……」
ユーリがふらついた足取りで倒れたジョーかのもとへ駆け寄る。
「彼は、いや『この子は』もうとっくに限界だったんだ」
シュウジが誠一郎に聞く。
「この子?」
「ああそうだ。同じ試験体となれば、ユーリと同じ年齢と体格の素体を選ぶだろう……よく見ろ、胸と頭の大きさを見れば、まだジョーカーは子供だったと分かるはずだ」
ユーリがジョーカーへ手を伸ばし、恐る恐るそのくちばし状の仮面を取る。
そしてユーリがはっとなって驚いた。
「……マイケル!」
ジョーカーの仮面の中には、ユーリと同じほどの年齢の、頬にそばかすを残した少年の青白くなった顔があった。
空を見ている瞳には、もう光がなくなっている。
シュウジが聞く。
「マイケルって、あのスラム街に居た時の仲間か?」
「そんな……酷い」
シャオテンが両手を口に当てて呟く。
「マイケル……ねえマイケル! マイケルなんでしょ! しっかりして! マイケル! ねえ起きてよ! マイケル!」
一生懸命ジョーカーの胸を揺さぶるユーリ。だがジョーカーはもう事切れていた。
凉平がはき捨てるように、
「くそっ、胸くそ悪いじゃねえか」
誠一郎も同意する。
「友情を憎悪に変えて、台駄須郎はジョーカーを操っていたのか。確かに、あまりにも後味が悪い……」
ジョーカーの胸で泣き伏せるユーリ。
風が鳴く。音も無く夜空が星星で瞬いている。
そんな中に月がぽっかりと浮いていた。
風が鳴く。静かに野原の草を撫でるように。
闇夜が静かに広がっている。ただただ静かに。
ユーリの泣く声だけが。
全ての終わりを物語っていた。
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