ContinueーーNever give up Heart

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 1:

 ずいっ

「この度はうちのユーリが大変お世話になりました」

 ずいっ

「いえいえ、それほどでも」

 ユーリ君のお父さん、東条さんとマスターが向かい合って世間話の入り方をしているけど、何故だろうか。両者からは火花が散るかのような睨み合いをしていて、ものすごく重たい空気が立ち込めているんだけど。これは一体?

「よう東条、忙しい中律儀だな」

「……せいっ、凉平」

 ユーリのお父さんの東条さんが凉平さんに向かって憎々しげに睨み付けた。

 先日の麻人さんという人のことで十分に分かった。凉平さんは仲が深い相手ほど悪態を付き合うという。

「何を持ってきたんだお前」

 東条さんは凉平さんを無視してマスターに向き直り、両手にもった大きなダンボール、それをカウンターのテーブルに置いた。

「これはユーリがお世話になったお礼です。粗品ですが、うちの会社で品種交配をして作った特別野菜です」

「これはどうもご丁寧に」

 昴ちゃんシュウジ君シャオちゃんが「なんだなんだ」と集まってきてダンボールの中をあさりはじめた。

「うわっ、トマト……あんまり好きじゃねえだよな」

 昴ちゃんが手に取ったトマトを見て引き顔になるが、うん? とすぐに不思議な顔になった。

「あれ? トマトにしちゃあちょっと固くね?」

「それはトマトとリンゴを交配させて、トマトの栄養価を高めつつリンゴの味がするように作ったものです」

「まじか」

「はい」

 ゴクリと一度生唾を飲み込んでから、昴ちゃんがそのトマトを齧った。

「わはっ、ほんとだ! リンゴジュースみてえ!」

 おいしそうにトマトにかぶりつく昴ちゃん。

「なんだこれ、でけえきゅうりだな」

「まるで瓜みたいでございますね」

「それは野菜の中でも最も栄養価の低いきゅうりの欠点を補うべく、栄養価を高めた結果巨大になったきゅうりです」

「ほう、なら漬物にでもしてみるか」

 私も素朴に聞いてみる。

「ユーリ君のお父さんはこういう仕事をなさっているのですか?」

「いえ、これは他の課のものがやっていることで、ええと……」

「私は田名木柚紀と申します」

 軽く会釈をして自己紹介。

「そうですか、田名木さん。私は主に人体の限界……人の体についての研究を担っておりまして、今回は特別にご用意させていただきました」

「ちなみにあだ名は『たぬき』なんだぜ」

「だから誰がたぬきだ!」

 凉平さんの腰にゲンコツを浴びせるが、まったく効いてない様子。

「失礼だが凉平君。君はそうやって、いつも誰にでも人を食った顔をして自慢げにしているのかな?」

「別に食ってなんかいねーよ」

 東条さんの肩に腕を乗っける凉平さん。

「気安く触るな」

 肩を振って拒否を示す東条さん。

 加奈子ちゃんが、やたら真っ白なサツマイモの束を持って言ってくる。

「この白いサツマイモはなんですか?」

「ああ、それは大根の生産性を高めるためにイモと交配させてできたサツマイモ状の大根です」

「これが大根! はぁ~」

 加奈子ちゃんが感心した様子で「こんなことが出来るんだ」とサツマイモ大根を眺める。

「ユーリのこと、ちゃんと頼むぜ」

「君に言われなくても分かっている」

 凉平さんと一切眼を合わせない東条さん。

「では私はこれで、失礼しました」

「またな、東条ー」

 背を向けた東条さんへ凉平さんが手をひらひらさせて見送るが。

 登場さんは何故か一度立ち止まり、肩を震わせた。

 そしてばっと振り返り。

「よく覚えておけ凉平! 貴様との馴れ合いはこれで最初で最後だ! 次は必ず決着をつけるぞ! 首を洗って待っていろ!」

 まるで今まで我慢していたものが噴火したように叫ぶ東条さん。そしてこほんと咳払いをして「それでは」と一言付けてひなた時計を後にした。

 ジト目で凉平さんを見つつ。

「凉平さん、何かまたやらかしたんですか?」

「いやまあ、えー……っとまあ。そんな感じ?」

「阿呆め」

 マスターがポツリとそうこぼした。


 2:

「もうすぐ身体検査の診断の結果が出るからすこしまっててね」

「……はい」

 水瓶座は主に人体の治療、生物の回復能力を研究する場であり、その主任幹部、アクエリウスとユーリは椅子に座りながら向き合っていた。

 アクエリウスこと水谷芳華が、落ち込んでいるユーリに同情の顔を見せる。

「報告は書面でだけど目を通したわ、辛かったわね」

「はい」

 信頼していたかどうかは不明だが、自分を監督していた台駄主任に裏切られ、仲間だった研究班も殺され、翼を奪われ……そして命をも狙ってきた、その相手が昔の友人だったという今回の顛末。まだ少年のユーリにはあまりにも重く酷い形で終わった事になる。

「今夜私の部屋へ来なさい、慰めてあげるから」

 べしん!

「子供相手に何やってるんですか」

 突然に水谷芳頭がはたかれる。

「何よ、痛いわねえ」

「さらりと子供を自室に呼び込もうとしないでください」

「めそめそしてる子を見るとつい」

「このショタコンめ」

 ストレートヘアーの若い研究員ががっくりと肩を落とし、ため息をつく。

 そして現れた女性がこほんと息をはいて仕切りなおす。

「ユーリ=マークス君ね、私は赤川飛鳥。早速だけど君の身体検査がまとまったので報告します」

 手にしていたボードを見て、つらつらと赤川飛鳥はユーリの侵害状態を言ってくる。

「体温、脈拍、血圧、脳波その他諸々問題なし。身体的な後遺症も無し。オールグリーン。まったくの健康な体です」

「そうですか」

 ユーリが広げている翼、引きちぎられた左の翼を見る。

「まったくソーサリーメテオは、ほんっとやってくれますね。傷を治す超能力を持っているなんて。でもまあ、助かってよかったわね」

「……はい」

 一度、と静まり返った後で、ユーリが膝に乗せていた拳を強く握って、勇気を出していってみる。

「あの、僕の左の翼は治らないのですか?」

 それは水谷芳鼻が答えた。

「実際に再生医療を使えば可能よ」

「本当ですか!」

「でも問題があるの」

 一瞬だけ差した希望の光が一瞬で消えた。

「再生医療はものすごく時間がかかるわ。特にその左の翼は半分近くも失われている。……いったいどれだけの時間がかかるのか」

「う……」

「それに、わかってはいると思うけど。ユーリ君みたいな試験体候補はいくらでもいるわ。長時間を要する再生医療を使うぐらいならば、新しい候補を選んで再実験するほうが早いわね。ほぼ飛行可能人間の試験データはそろっているから、新しい候補を選んで残った飛行試験も含めて再スタートのほうが効率としては良いほうね」

「……じゃあ、僕は。お払い箱ということですか?」

「そう、なっちゃうわね。その羽根を切除して、次の試験体として待機する他はないでしょうね」

「…………」

 すると、またも赤川飛鳥が手に持ったボードで水谷芳鼻の頭を叩いた。

「なにを意地悪いことをしているんですか」

「順を追って説明するのが普通でしょう」

「え?」

 意外な会話に、ユーリの胸がどくんと跳ねた。

 諭すように赤川飛鳥が言ってくる。

「ユーリ君。大丈夫……とはいえないかもしれないけれども、回収したジョーカーの翼があるの」

「マイケルの翼が!」

「ええ、そうよ。もし君が今のその翼を捨てて、ジョーカーの翼を移植すればまた空を飛べるようになる。もちろん試験は最初からやり直し。そしておそらく飛行可能人間の試験体も数体は配備されて、第二段階の個人差の比較試験に参加できると思うわ」

「自分の翼を捨てて……ジョーカー、マイケルの翼を受け継ぐということですか……」

「そうね。まだ少し時間の余裕があるから、じっくり考えて――」

「その翼を僕に下さい!」

 ユーリの即答。

「僕は、その、なんていうか。同じ空に憧れた、本当だったら、一緒に飛行試験を受けていたかもしれない。僕は、マイケルの翼が欲しいです」

 水谷芳鼻がユーリに聞いた。

「今の翼を捨てても大丈夫なの? 場合によっては私の権限で飛行可能人間の負傷回復の試験という名目で、議会に提案するっていう方法もあるわよ」

「でも、このままだとマイケル、ジョーカーの翼は廃棄されるんですよね? 僕は、たとえ襲われたとしても、友達が自分の命よりも大事にしたものを見捨てるなんて、できません」

「本当にいいのね?」

「はい、お願いします。マイケルの翼を僕に下さい」

 ユーリの熱の入った言葉に、水谷芳華はため息をついた。

「分かったわ、今後の事は書面で通達しないといけないから、実際の移植手術の実行にはちょっとがかかるけど、その線でまとまるようにしてみるわ」

「ありがとうございます!」

「まあ、細かい話もあるから、夜にでも私の部屋へ――」

 べしん!

「だから子供を自分お部屋に連れ込むなっての! このショタコン!」

「痛いわねえまったく。ほんの冗談じゃない」

「ほんの冗談で棚から牡丹餅でも期待してるんでしょう。そうは行きませんよ」

 水谷芳華が赤川飛鳥から目をそらして「ちっ」と小さくした打ちした。

「あの?」

 素朴な声でユーリが二人に聞く。

「ショタコンってなんですか?」

 しいん。

 ことり、と音を立てて赤川飛鳥の持っていたボードが床に落ちた。

「やっぱり今すぐ私の部屋へ、手取り足取りじっくり教えてあげるわ!」

「やめろっての!」

 水谷芳華が赤川飛鳥にグーで頭を殴られた。


 3:

 決闘闘技。

 未だに繰り広げられるシュウジと彰吾との戦い。

 だが今回は少し毛色が違う様子だった。

 相変わらず黒装束の中に多彩な武器を持ち、数多くの技を使いこなす彰吾。

 対して、獣計十三掌の虎の拳しか持っていないシュウジ。

 相手の懐に入る、至近距離でこそ発揮されるシュウジの拳法は、どれだけ向かい合っても彰吾の技の数々の前ではその条件を満たすことが出来ないでいた。

 だが、今回は違う。勢いとスピード……意気とでもいうのか、今夜のシュウジにはそんな気配が見て取れた。

 相変わらず、自分の得意なリーチである至近距離を彰吾から奪い取ることが出来ないでいるが、シュウジは俊敏に動き、回を重ねて覚え見切った彰吾の技をさばいている。

 彰吾が身につけている黒装束から、丸い形をした小型の爆弾を数個取り出し、シュウジに向かって投げる。

 シュウジに命中し、爆発音と爆煙が広がった。

 いつもならばこれでシュウジは彰吾と距離を取る――はずだったが。

 もうもうと立ち込める爆園の中から、彰吾の目の前にシュウジの姿が現れた。

 爆弾を受けたにもかかわらず、そのまま彰吾の懐へ突っ込んだのだった。

 シュウジの意外な行動に、彰吾がほんのわずかに隙を作ってしまう。

「おらああッ!」

 気合の声と共に繰り出した拳。半ばアッパーカットのようなそれが、彰吾の顎にあたり、後方へよろけて膝をつく。

 クリーンヒットというやつだった。

 彰吾が立ち上がろうとするも、下顎を強打したせいで下半身に力が入らなくなっている。

「収まるまで待っててやるぜ」

 腰に手を立てて、してやったり。ようやく一矢報いたことに満足気な顔のシュウジ。

「まだだ、まだお前を正々堂々と張り倒して俺の配下にしてやる。何度でも、何度でも、俺がお前に勝つまでやってやろうじゃねえか」

「…………」

 何が変わったのだろうか、シュウジにいったい何の変化が起きたのだろうか。

 それは彰吾には分からないところだったが。

 これからのシュウジとの決闘闘技はさらに身を引き締めて挑まねばならない。

 そういった気配が漂っていた。

「たとえ弱くても劣っていたとしても、絶対に勝てないなんてことは無い。ダチが頑張っているんだ。俺も負けていられねえな」

 シュウジが彰吾に向かって構えを取る。

「さあ、かかってきな! どちらかの心が折れるまで、何十回でも何百回でもやってやるぜ! 負けてたまるか!」

     

                           ――終――

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Inherit Will ーインヘリットウィルー 石黒陣也 @SakaneTaiga

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