第26話 美結③

「そういえば遊斗兄ぃは飲み物いらないの? 休憩中に構ってもらってるわけだし、ここはあたしが奢るよ?」

「いや……自分は特に大丈夫だよ。うん」

 空いた席に座り、早速会話を始める二人。

 美結は生クリームとチョコソースがトッピングされた抹茶オレを飲みながら、上目遣いで聞いていた。


「ははぁん。それってあれでしょ。店員さんが言ってたみたいに、もう常連さんに奢ってもらってお腹タプタプってやつ」

「……ち、違うよ?」

 ニヤニヤしながらストローから口を離す美結に、無意識に声のトーンを上げながら否定する遊斗。

 この時、声色が変わらなければ疑われることもなかっただろう。


「じゃあお腹押していい?」

「……ダメ」

「やっぱりそういうことじゃん」

「違う……よ?」

「じゃあお腹押してもいいよね?」

「ダ、ダメ」

「本気で押すぞ?」

「ごめんなさい」

 耐久に特化した遊斗だったが、それ以上の火力で押し切った美結に完敗する。

 タプタプであることを認める結果になる。


「一体どんなことをすればそんなに奢ってもらえるんだか……。妹としては一応誇らしくあるけどさ。そんなに好かれてるってことだし」

「あはは、ありがとう」

「ちなみになんだけど、今までで常連さんの誰かと一緒に休憩したことあるの?」

「いや、さすがにそれはないよ。常連さんと言っても、接客中に会話をするくらいだから」

「ふーん。じゃあ休憩中にこんなことをするのはあたしが初めてなんだ?」

「そうそう」

 自分が初めての人間。そう聞いた瞬間、内心ガッツポーズを作る美結である。


「にひひ、じゃあこんな光景を常連さんに見られたら恨まれそうじゃんね? 遊斗兄ぃの奢られる回数が減ったらごめ」

「え? それとこれはなにも関係ないような……。『お仕事をいつも頑張ってるから』とか、そんな理由でドリンクをいただいててね」

「……いや、それガチの理由だと思ってるの?」

「そ、そうだけど……違うの? 美結さんが『この席使う?』って最初に声をかけてくれたのも、頑張っていたからって気持ちがあったからじゃ?」

『自分で言うことじゃないけど』と付け加えながら、ぽけーっとした顔で聞いてくる。

 その表情に思わず口角がピクつく美結である。


「あのさ……いつか刺されても知らないかんね? マジで」

「えっ? 刺される!?」

「うん」

「いや……さすがにそれは大丈夫なはず……」

 美結はこの反応を見て完全に理解した。

 遊斗本人が『モテない』と言っていた理由を。

 遠回しのアピールに気づいていないだけだと。言われた言葉を鵜呑みにしているだけなのだと。

 三姉妹全員で不思議に思っていたこと。

『なんでこれでモテないの?』との謎がようやく解明された瞬間であり、遊斗はわかりやすく話題を変えた。


「……えっと、美結さん。今日はお勉強しなくて大丈夫? 今なら自分、手が空いてるから」

「ありがと、そう言ってくれて。確かに勉強した方がいいのは間違いないんだけど、もったいないんだよね、やっぱり」

「もったいない?」

「うん。あの時は遊斗兄ぃだってわからなかったからアレだけど、今は正体わかってるから、こうして会話する時間に当てたいっていうか」

「ふふ、こちらこそありがとう。そう言ってくれて」

「どーいたしまして」

 遊斗が笑顔を浮かべる時、尖った八重歯やえばが見える。

 優しい表情とプラスされるソレはズルいだろう……。

 昔の記憶にそんなのはないが、彼の笑顔を好ましく思っている美結である。


「一応言っておくと、自習室で勉強してきたんだよね。遊斗兄ぃがバイトしてることに賭けて」

「美結さんはすごいよね。誰よりも自分に厳しくて」

「あ、あたしの立場なら当たり前だって……」

 心に刺さる言葉を、感情を込めて言ってくる。

 これを言ってくるのが(義)兄だから、敵わないのだ。


「ぶっちゃけるけど、あたしの学力だとこの大学に合格しただけで奇跡起きたってやつだよ?」

「とてもそうは思えないけどなぁ……」

「いやいや本当だって。入試受けてる時のあたしの顔、マジで真っ青だったもん。てか、あたしは滑り止めも受けたけど、真白姉ぇと心々乃は一本勝負だよ?」

「えっ!? それは……すごいね……」

 つまり受かるという自信がそれだけあったということ。

 実際、講義を受けている時にその内容を理解していた真白で、予習の時間に割いていたくらいなのだ。

 そんな長女と同じ行動を取った心々乃は、それ相応の実力があるということになる。


「マジであの二人はバケモノなんだよね。三姉妹なんだから、あたしも同じくらい賢くてもよくない? って何度も思ったことあるし」

「……でも、美結さんも美結さんですごいでしょ? むしろ自分は美結さんが一番すごいって思ってるけど」

「は、はあ?」

 遊斗だってあの二人のように学力に長けていたわけではない。死ぬ気で勉強してこの大学に入学した一人である。


「な、なに言ってるんだか……。あたしが一番平凡なんだって」

「うーん。確かに一点だけを見ればそんな言い方もできるけど、二人との差を感じても腐らずに、人一倍の努力を陰でして、今の大学に合格できたんだから」

「……」

「さらには大学に入ってもその気持ちを緩めずに頑張ってるでしょ? それを含めるとなおさらすごいよ」

「……そ、そかなぁ」

 どうしてこんなにも心が温かくなるのか。それは本心から口にしていることがヒシヒシと伝わってくるからだろう。


「そうそう」

「じ、じゃあ素直に受け取っとく……。嬉しくはあるしさ」

 美結は褒められるために勉強をしているわけではない。

 ただ大学の授業についていくために自習をしているわけだが、こうして頑張りを認めてもらえる言葉には弱いのだ。

 言われた通り、『陰』で勉強をしているのだから。


(こんなところだろうね、モテるところって。常連さんに奢られるのは、こうやって励ましたりしたからだろうね。本人は自覚ないんだろうけどさ)

 二人で接すれば接するだけわかっていく。大人の魅力に。


「……でもさ、遊斗兄ぃ」

「うん?」

「ちょっとキザすぎ」

「ッ!?」

 頬杖をつく美結はこっそりと靴を脱ぎ、ちょんちょんと脚に当てるのだ。


「キ、キザじゃなくない? 素直に思ったことを言っただけで……」

「普通にキザだから」

 遊斗の脚にぐりぐりと攻撃してわからせていく。


「その手の言い方、心々乃にはしないでよ? あの子が一番チョロいんだからさ」

「そもそもこういう風な会話にならないような……」

「どうだかねえ。遊斗兄ぃだからねえ」

 無意識にやりそうだからこそ、足の攻撃をやめない。

 その予感は正しかったと知るのは、この話が終わってすぐだった。


「あっ、そうだそうだ! 言い忘れた。美結さんって今日は21時までここにいられる?」

「どして?」

「実が今日早上がりできることになってて、21時バイトが終わるんだよね。だから一緒に帰れたらなって」

「……ね、嬉しいことぶち込んでくるのやめてくれない?」

「あははっ。って、足攻撃もうやめよう!? 緊張するから……」

 遊斗の休憩時間を、いつ終わるのかをずっと気にしていた美結なのだ。


「ヤダ」

 今の気持ちをぶつけるように、両足で遊斗の脚を捕まえる次女だった。



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