第30話 心々乃②

 翌日のこと。

 心々乃は一人、大学内に設置されたコンビニの中にいた。

 無表情のままポツンと立っている場所は、お菓子コーナー。

 大好きないちごミルクの飴が売られているその正面に立って、数日前のことを思い出すのだ。


(ここで初めて……会った)

 この飴を買い物カゴに入れようとしたその時、同じタイミングで手を伸ばした男の人……義兄の遊斗のことを。

 まさかあの優しい人が義兄だとは思いもしなかった。


「……」

 そして、そんな義兄と長女と次女の二人は、自分よりも多く遊斗と顔を合わせている。自分よりも長い時間、遊斗と接している。

 まさしく、一人だけ置いてけぼりにされている状況なのだ。


(会いたいなら行動だけど……難しい……)

 遊斗のバイト先であるカフェにお邪魔するというのは、とても敷居が高いこと。かといってメールでお誘いをするのも敷居が高いこと。

 二人きりで会うというのはなんとも難しいことで、心々乃にとって現実的なのは真白か美結の協力を仰いで複数で会うということである。


(でも、それは……)

 あまり好ましいことではない。

 自分だって長女や次女がしていたように、二人きりで会いたいとの気持ちがある。

「……」

 遊斗と十数年ぶりに出会ったこの場所で、そんな想いを膨らませていた矢先だった。

 ——横から手が伸び、いちごミルクの飴が一袋取られてしまう。さらには有無を言わさぬスピードでもう一袋取られ、完売になってしまった。


(な…………)

 一瞬の出来事に目を大きくして石のように固まる心々乃。小さな顔に大きな影が落ちる。

 ぼーっとして手に取っていなかったが、元々は購入するつもりだったのだ。

 しかし、こればかりは手に取っていなかった自分のせいである。

 文句は言えない。文句が言えるような性格でもないが、こんな現実はなかなか受け止められるものではない。



 カラクリ人形のようにゆっくりゆっくりと手が伸びてきた方向に首を向け、相手を確認したその瞬間だった。

「——久しぶりだね、心々乃さん」

「っ!!」

 ——予想もしていなかった人物がニッコリと立っていた。


「あっ、これは全部独り占めしようとしたわけじゃないからね!? 一緒にお会計しちゃった方がって思って!」

「わ、わかってる……」

『義兄がいちごミルクを独り占めした』なんて驚きだと思ったのか、慌てて弁明する義兄。

 実際は会えたことをただただ驚いているだけの自分である。


「それならよかった。心々乃さんもお買い物?」

「う、うん……。お昼になったら混雑するから、今のうちに」

「えっ? もしかしてコンビニで昼食を済ますつもりなの?」

「そう……だよ?」

 不思議そうに聞かれるも、逆に不思議に返す。心々乃は毎日この生活をしているのだ。


「真白さんとか美結さんと学食で食べたりは?」

「ううん……。全員学部が違くて、時間割りもバラバラだから……各自になってる」

「あー。なるほど」

「……」

「……」

 会話が終わり、無言になる。

 会いたいと思っていたが、たくさん話したいと思っていたが、いきなりの登場に心の準備がまだ整えられていないのだ。


(なにか、話題を……)

 必死の頭を回転させて、気まずくならないように立ち回ろうとすれば、それよりも先にリードしてくれる人がいる。


「ってことは、まだ学食で昼食を食べたことはない?」

「……うん、まだない」

 興味はあるが、これも敷居が高い場所。首を左右に振って正直に答えれば驚きの言葉が返ってくる。


「もしよかったら今日自分と一緒に行く? 学食は安くて美味しいから、利用して損はないと思うよ」

「っ! い、いいの……?」

「それはもちろん。じゃあお昼は学食で食べよっか」

「う、うんっ」

「よーし」

 そんな声と共に笑顔を作ってポケットからスマホを取り出した遊斗は、文字を打つような素ぶりを見せた後、再び戻した。

 自然な流れで違和感はなかったが、まるで先に入っていた予定を取り消すように……。


「ゆ、遊斗お兄ちゃん……。もしかしてなにか予定が入ってた?」

「いやいや、そんなことないよ。ちょっといろいろとね」

 怪しい言動はなにも見られない。

 ただ優しい人だからわかるのだ。こうして濁している時は図星を突かれた時だと。都合が悪くないなら、ちゃんと言えるはずなのだから。


「……」

 ジーッと凝視すれば、なにやら焦っているように視線をキョロキョロし始めた。

 もうこの反応でわかることだった。


「ありがとう、遊斗お兄ちゃん……」

「あはは、お礼を言われることはなにもしてないよ」

(嘘つき……)

 なんてことは言わない。嬉しいから言わない。


「あ、そうだそうだ。学食ってことだから真白さんと美結さんも誘ってみる?」

「……ダ、ダメ」

「ダメ!?」

「え、えっと、その……今日は二人とも用事あるって言ってたから」

「あら、それじゃあ二人で学食行こっか」

「二人で行く」

 この時、いろいろな罪悪感が混じり合った。でも——。

(真白お姉ちゃんも、美結お姉ちゃんも、遊斗お兄ちゃんを独り占めしてたから……)

 このくらい、許してくれるはず……。そんな思いで独占欲を溢れさせる心々乃だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る