第29話 心々乃①

「うーい、ただいま〜」

 遊斗と別れたその後のこと。

 美結が帰宅の声を上げれば、仕事部屋から二人の『おかえり』が聞こえていた。

 いつもはリビングにいる姉妹だが、もう夜も遅い時間。家事が終わった時間なのだ。

 美結は仕事部屋のドアを開け、二人が仕事をしている姿を目に入れる。


「お、ちゃんとやってんね。二人とも順調?」

「うんっ!」

「わたしも順調……」

「そっかそっか。それはよかった。って、あれ? 順調にしては真白姉ぇの進捗遅くない? 今日一限だけじゃなかった?」

「っ! えっと……」

 もう何年と一緒に仕事をしている間柄なのだ。各自の作業ペースを知っているからこそ気づくことで、言い淀む真白にすぐ突っ込むのは心々乃である。


「遊斗お兄ちゃんと抜け駆けしてたから」

「えっ、それマジで!? 真白姉ぇが仕事優先しないってことさすがにないでしょ」

「マジ、だよ。『お姉ちゃんが彼氏と遊んでた』って情報をもらって、ファミレスで撮ったあの写真を見せたら、その男の人って言ってたから」

「……一緒にお昼ご飯を食べました……」

 美結は知らない。ソファーの上で正座した真白が、心々乃から問い詰められていたその現場を。

 ここまで証拠を揃えられたのなら、言い訳のしようもないのだ。


「え、それガチの抜け駆けじゃん。しかもお昼ご飯ならあたし達を誘ってくれてもよくない? 遊斗兄ぃのこと避けてるわけでもないんだし」

「わたしも同じ意見」

「……すみません」

 縮こまって謝る真白である。


「美結お姉ちゃんも怒って」

「……え? いやぁ、それは……なんか可哀想じゃない? 真白姉ぇも十分わかってることだろうし」

 抜け駆けされているのに、なぜかフォローに入る美結。

 次女の性格的にそれはありえないことで、その理由にすぐに察す心々乃である。


「……美結お姉ちゃん。もしかして遊斗お兄ちゃんと一緒にいた?」

「い、いやー。そんなことないって。さすがに」

「……」

「……」

 この返答を聞いた瞬間、ペンを止めてジト目になる心々乃と真白がいた。

 誤魔化していることに確信を持ったのだ。

 長女からすれば『抜け駆けしてたのに責めてきた』となり、三女からすれば『あなたも抜け駆けしたの』となる。

 当然の感情である。


「帰ってくるの遅かった理由わかった。心配してたのに」

「こんな時間だから、遊斗お兄さんにご迷惑までかけて……」

「い、言っとくけど無理強いしたわけじゃないからね? 言っとくけど!」

 無理強いしたわけではない! と懸命に伝えるが、これまたお見通しの二人である。


「……美結お姉ちゃんのことだから、たくさん甘えたに決まってる」

「遊斗お兄さんは優しいから、甘えたくなるはずだもんね」

「真白姉ぇのは体験談でしょ。どうせ」

「そ、そんなことはないよ!?」

 図星を突かれ、カウンターを繰り出すことでなんとか話題を逸らそうとする美結と、あわあわ否定する真白。

 お互いがダメージを負う中、心々乃だけは『むうう……』となっていた。


「二人ともズルい……。わたしはまだ遊斗お兄さんに会えてないのに……」

「そ、それはマジでごめん! 別に心々乃だけを仲間外れにしようとかしてないからさ! まさか真白姉ぇまで会ってるとか知らなかったし!」

「つ、次会う機会があったら心々乃もちゃんと誘うからねっ!」

「あ、あたしもその機会があったら誘うから!」

 珍しく慌てる二人。

 メラメラとした嫉妬と、膨れ上がるモヤモヤ。

 そんな心々乃の気持ちが大いに伝わったからこその宥めなのだ。


「……約束だからね。わたしも遊斗お兄ちゃんと会いたいんだから……」

 本音を漏らす三女。

 そんな心々乃は、誰の手も借りることなく遊斗と会う日を偶然迎えるのである。

 

 抜け駆けした二人を知っているからこそ、独り占めしたいという思いは大きくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る