第28話 Side美結⑤
「み、美結さん? 一体これはいつまで……」
「にひひ、あたしの気が済むまで」
最寄りの
投げられた疑問に答える美結は、遊斗の腕をぎゅっと掴みながら足を進めていた。
それはまるで『自分のもの』だとアピールするような姿で、別れが近づいているその寂しさを誤魔化しているよう。
「気が済むまで!?」
「——って言うのは冗談で、あたし目が悪いから、今足がおぼつかない状態なんだよね? それこそ遊斗兄ぃの顔がボヤけてるくらいで」
「えっ、そうだったの!?」
「コンタクトつけてたんだけど、なんかいつの間にか両方取れちゃってた」
「マ、マジか。それは大変だなぁ……。次からは予備も持ってくるようにしないとダメだよ? 夜道で目が見えないのはいろいろと危ないんだから」
「うんうん」
「じゃあゆっくり歩こっか? 腕も掴んだままで大丈夫だから」
「ありがと」
なんてお礼を言って一度笑顔を浮かべた美結だったが、パチパチとまばたきをして呆気の表情を作っていた。
(な、なんか……いや、この展開嘘でしょ……?)
絶対にバレる嘘をついたつもりだった。『そんなわけないくせにー』なんてツッコミ待ちだった。
それが予想外の方向に転がってしまう。
目を丸く、口を長方形にしながら遊斗の顔にチラッと視線を送れば、真剣な表情で足元を確認していた。段差をいち早く見つけられるように。
自分が躓かないようにするために。
「……」
この顔には見覚えがある。それはついさっき、満員電車に乗った時のこと。
人の波に流されないように、潰れないように自分を守ってくれた時と変わらないもの。
(本当、優しいんだから……。コンタクトが両方取れるって状況の違和感より、心配の気持ちが勝つってこと……普通ないでしょ)
騙すつもりはこれっぽっちもなかった分、罪悪感が芽生えてしまうが……少し不満もあった。
(『悪い女に騙されないようにね』って注意したばっかりなのに……)
客観的に見れば、今の美結は『悪い女』である。
そんな悪い女に簡単に騙されているのが、腕を掴まながら真剣に安全確認を行っている男。
(
全員に対してこんなことをするのは間違いないだろう。
(本当、こんなんじゃ簡単に家まで連れ込めそうじゃん……。チョロすぎて)
お酒の席に参加して、酔ったふりをして、周りの参加者に協力してもらうように手を回してもらって。
これだけで遊斗を自宅まで引き込めてしまうだろう。
そのまま流されてしまえば、相手にとってはしてやったりの展開だろう。
「……」
美結は義兄と再会してこう思っているのだ。
(イケナイことだが)彼女を作ってほしくないと。狙われた場合には上手に避けてほしいと。
もし遊斗が彼女を作ってしまえば、遊斗の家にもお邪魔できなくなる。こんな行為だってできなくなる。関わる時間だって減ってしまう。
自分にとって……三姉妹にとって嫌なことが連鎖して起こってしまう。
今まで会えなかった分、関われなかった分、これからたくさん構ってほしいという気持ちでいっぱいなのだ。
「ね、遊斗兄ぃ。ちょっと前にも言ったけど、本当に悪い女には騙されないようにね?」
「あははっ、大丈夫だよ。そんなところは敏感だったりするし」
「ふーん」
(もう騙されてるんだって。あたしに)
こんなに説得力のない言葉はない。笑ってる場合でもない。
「だから心配しなくても平気だよ」
「……」
(いや、騙されてるから心配するんだって)
本当に。
本人はそんなことをツッコまれているとも知らず、『あと10歩くらいで小さな段差があるからね』なんて注意を呼びかけてくる。
(まったく。どうしてあたしのお兄ちゃんはこんなに隙があるんだか……。そりゃ昔の遊斗兄ぃらしいから、悪いってことはないけど……)
どうしてもモヤモヤする。
隙がなかったら、こんな心配することはないのだから。
(体とか成長してるんだから、そんなところも成長してくれっての……)
段差で足を取られるふりをして、遊斗の太い腕にぎゅっとする。
電車に乗った時から同じ。これをするだけで身も心も落ち着いてしまうのだ。
(十数年前のことが影響してるのかね……これって)
当時、遊斗に構ってもらおうとする時はいつも腕を掴んで、独り占めしようとしていたのだ。
腕を掴んだまま眠ってしまった記憶だってある。
その名残があっても不思議じゃない。
(まあ……あたしの初恋だし、当然と言えば当然だけどさ)
修学旅行の恋バナだって、友達に教えたのは隣にいる男の人のこと。
そんな人だから、美結はもっと悪い女になってしまったのかもしれない。
「あのさ、遊斗兄ぃ。一つだけ謝らないといけないことがあるんだけど」
「な、なに?」
「今、北に向かって歩いてるじゃん?」
「そうだね」
「あたしの家、南側なんだよね」
「……え!? じゃあどんどん遠くなってるってこと!?」
「にひひ……本当ごめんね? もう少しだけ遊斗兄ぃと一緒にいたくってさ」
悪いことをしたのはわかっている。ちゃんと謝ろうとしたが、恥ずかしすぎて笑ってしまう。
ふざけてる、なんて思っても不思議じゃないところでこんな表情を作ってしまったが、遊斗はちゃんとわかってくれていた。
「……じゃあ、もう少しだけこのまま進もっか」
恥ずかしさが移っているのか、少し顔を背けながらこう言ったのだ。
「えっ……いいの?」
「嫌だったら嫌って言うよ」
「そ、そだよね。あ、ありがとね……マジで」
「こちらこそ……」
「い、いや……それは別に言わなくていいって……」
同じ気持ちだったと伝えてくれる。こんな人だからズルいのだ。
(今日のことは真白姉ぇと心々乃には秘密にしとこ……)
義兄に迷惑をかけたことで怒られてしまうから。そんな理由もある。
だが、一番の理由はもっと別のところにある美結だった。
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