第27話 美結④

「ねえねえ、このまますぐ電車乗るのは味気ないし、ちょっとだけぶらっと歩かない? 多分電車の中は混雑してるから、コレ持って乗るわけにはいかないだろうし」

「あっ、それもそうだね」

 カフェを出る二人が手に持つのは、スターバックで買った暖かいココア。ペットボトルのように完全な蓋ができるような仕様になってないため、美結の案は周りのことを考えた案にもなる。


「おっ、よかった……」

「ん?」

 そうして遊斗がこの声を上げたのは、ぶらぶらするために駅の外に出てのこと。


「なにかいいことでもあったの? 遊斗兄ぃ」

「うん、今日はあまり冷え込んでないから」

「ほえー。そんなに寒いの苦手なんだ?」

「……う、うん。そんなところ」

 美結はすぐに察する。遊斗の反応から、的を得た発言ができていないことに。

『なんだろ?』と考えを張り巡らせ、『寒い』というワードからふと自分のコーディネートを見た時、ようやくその意味を理解した。


「あっ……。にひひ、ありがとね。やっと意味わかったよ。あたしが足出しコーデしてるからね?」

「あはは、それもあるよ」

「100パーセントでそれなくせに」

 体を冷えさせないか、それを考えてくれていた遊斗である。


「遊斗兄ぃって下心ないのがすごいよね。わざわざ隠すってことはそういうことだし。マジで初めて会うタイプ」

「下心?」

「こう言えばあたしからの好感度が上がるよねー、的なやつ」

「そっ、それは身内だから当たり前だよ!?」

 女性はその手のことに敏感だと聞く。

 確かにそんな考えはこれっぽっちもなかった遊斗だが、なかったからこそ驚いてしまう。


「もちろんその言い分はわかるけど、あたし達って血が繋がってるわけじゃないから、付き合っても結婚してもなんら問題ないわけじゃん?」

「う、うん」

「だから……さ? あたしなら下心が出ちゃうけどねえ。遊斗兄ぃイケてるし」

「ッ!?」

 一瞬で艶めかしく声色を変える美結。

 今、ココアを飲んでいたら咳き込んでいただろう。

 動揺しながら隣を見れば、彼女はニンマリと笑っていた。冗談だと気づく表情である。


「も、もー。年上をからかわないの」

「ちょっと本気にしたでしょ?」

「……黙秘」

「にひひ、なんかその感じだとあたしでも遊斗兄ぃ落とせそうな気がするんだけど。一撃で意識させられそうだし」

「か、からかわない……」

「ごめんごめんっ! とりあえず遊斗兄ぃは攻められるのに弱い、と」

 脳に刻むように口に出し、両手でココアを飲んだ美結。

 なぜかとても楽しそうである。


「まあ悪い女に騙されないようにね、遊斗兄ぃ。あの大学は就職にも有利だから、お金目当てで近づく人とかもいるだろうし」

「年下さんからこう言われちゃうのはちょっと情けないなぁ……」

「優しいからこそだって」

「本当?」

「そうそう。あたしはそんなお人好しなお兄ちゃんで嬉しいしね。昔と変わってないわけだし」

 コクコクと頷きながら笑い、ぽんぽんと腕に触れてくる美結は本音で伝えているかのよう。


「まあ、妙にデカくなってるのはちょっと思う部分あるけど」

「えっ!?」

「会うまではあたしの方が大きいんじゃね? とか自信あったのに、結果10cm以上も差があったし」

「あははっ、なるほどね」

「いやぁ、大人になったねえ、遊斗兄ぃは。隣いてマジで安心感すごいよ」

「美結さんこそ大人になって」

「可愛くなったでしょ?」

「美人さんになってる」

「そ、そこは言い直さなくていいって……」

 流れ的にも『可愛い』となるところで言い換えられる。

 それも即答で。

 本音をポロッと出したようなやり方には、思わず照れ臭くなってしまう。


「え、えっと遊斗兄ぃは結構カッコよくなったじゃん」

「ありがと」

「いや……照れろし」

「え?」

「なんでもない」

 同じく照れさせようとした美結だったが、これまた流れ的にお世辞だと思われてしまう。

 ただ割りを食らってしまった彼女は、ぐびぐびとココアを飲み……むず痒い時間を過ごすのだった。


 * * * *


「ひー。やっぱりほぼ満員電車だよねえ。遊斗兄ぃ、ここで別れても大丈夫だよ?」

「ううん、一緒に帰るって言ったのは自分だから。それに満員電車はいろいろと心配だしね」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん。じゃあよろしく」

 そんな会話を交わすのは、ホームに電車がたどり着いた時。


 電車から降りる客と乗る客はほぼ同じ。

 人酔いしそうな密度だが、朝の通勤ラッシュと比べたらまだマシなレベルである。


「美結さん、こっちに」

「う、うん」

 先に遊斗が乗り込み、背を預けられる位置を彼女に譲る。


「……美結さん、本当ごめんね」

「へ、平気平気……」

 後ろから人がどんどんと乗ってくる。その度に目の前にいる美結と体が触れ合ってしまう。

 胸が当たってしまっているのは気のせいではないだろう……。こうなることが頭の中から抜けていたばかりに、無理矢理にでも気にしないよう立ち回る遊斗に美結から声がかかる。


「……あ、あのさ? 心臓のアレ伝わってたらマジごめ」

「い、いや。大丈夫だよ。大丈夫……」

 お互い理解しているからこそ、こんな気まずい会話になってしまう。


 そんな時、ドアが閉まりゆっくりと電車が動き出そうとする。

 美結の隣にある握り棒を握る遊斗。そして——。


「み、美結さん……?」

 なぜかその腕を掴む彼女がいる。


「ど、どうせだしね……? それにこれが一番守ってくれそ」

「ぶ、文明の力を信じよっか……」

「にひひ、やっと照れてくれたね? 遊斗兄ぃ」

「年上をからかわない……」

 そうして数駅の間、ずっと密着したままの二人。

 余裕そうにしていた美結だが、その心拍数は遊斗の1.5倍は早かった。

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