第31話 心々乃③
「ゆ、遊斗お兄ちゃん……。待った?」
「ううん、全然」
そんな会話を心々乃と行う場所は、A棟の入り口。待ち合わせをした場所だった。
「じゃあ早速行こっか。人は多いだろうけど、まだ空きはあると思うから」
「空きがなかったら、どうする?」
「その時はいちごミルクの飴で凌ごうか」
「……やだ」
「俺も嫌だ」
軽口を言いながら肩を並べて学食に向かっていく。
いつも真白の歩幅に合わせている癖が出ているのだろうか、歩くペースがかなりゆっくりの心々乃である。
「遊斗お兄ちゃんは、いつも学食でお昼を済ませてるの?」
「基本は学食で、席に座れない時はコンビニかファミレスで食べることが多いかな」
「……友達と食べるの?」
「あー、割合で言うと半分半分かな」
「……わたし、ほとんど一人」
「まだ一年生の最初だもんね」
「うん。だから、わたし……ほとんど一人」
「ん?」
意味深長に同じ言葉を繰り返す心々乃。
隣を見れば、なにかを期待するように上目遣いでこちらを見る三女がいる。
「……わたし、ほとんど一人」
さらに繰り返し、裾を握ってクイクイと引っ張ってくる。
もしかしたら? と感じていた遊斗だったが、ここまでストレートにぶつけてくれたおかげで『迷惑になるかも……』なんて考えを持たずに言うことができた。
「それじゃあ、自分が一人の時は心々乃さんを誘ってもいい?」
「いいよ」
「あはは、ありがとう」
——即答だった。
あまり表情は変わっていないが、尻尾があればぶんぶんと振っているように目が輝いている。
「もし予定とか入ってたら遠慮なく断ってくれていいからね。一度しか誘わないわけじゃないからさ」
「その時はごめんなさい」
「全然大丈夫だよ」
義兄という関係上、『遠慮しない』というのは難しいだろう。しかし、一言言っておくだけでも違うはずだ。
心々乃はまだ新一年生。
周りのことを優先して輪を広げてもらう方が、遊斗にとっては嬉しいことなのだ。
と、そんなことを考えているうちに学食に着く。
「……うわ」
中に入った途端、心々乃から聞こえてくる驚きの声。パチパチとまばたきをして呆気に取られている。
「人多いよね。でもこのくらいなら大丈夫だよ。むしろまだ空いてる方」
「それならよかった」
「券売機はこっちとあっちの二つにあるけど、どっちも同じメニューだから」
「買った券をあそこにいる人に渡せばいい?」
「そうそう」
初めて学食を利用する心々乃だけあって、キョロキョロとどこか落ち着かない様子を見せている。
まるで一年前の自分を見ているようで、懐かしい気持ちに包まれる。
「自分は生姜焼き定食にするけど、心々乃さんはどうする?」
「わたしはおうどんにする。わかめうどん」
「お! いいね」
ファミレスの時もパスタを選んでいた彼女。きっと麺類が好きなのだろう。
「サラダとか揚げものはいらない? サイドメニューも美味しいよ」
「ポテトサラダ気になる……けど……」
券売機からチラッと視線を外した心々乃は、トレーに乗った昼食を運ぶ学生に目を向ける。
そこにあるのは、こんもりと盛られたポテトサラダ。
あまり表情が変わらない三女だが、少しずつ彼女のことがわかってくる。
「もしよかったら一緒に食べる?」
「食べてくれる?」
「実は自分もポテトサラダ気になってて。だからむしろ注文してほしいな」
「ありがとう……。お金はわたしが出す」
「いやいや、ここは兄の出番だから。はいお財布を戻す」
「うん?」
「お、お財布を戻しなさい。チャックも閉める」
「遊斗お兄ちゃん、上を見て」
「上? なにかあるの?」
そんな指示で首を上げた瞬間だった。遊斗は券売機にお札が吸い込まれる音を聞くことになる。
「え!?」
すぐに券売機を見れば、『10000』の電子表示が浮かび上がっている。
『一銭も出させない』そんな思いがこもった額で、ぽちぽちと券を買っていく心々乃がいる。
「あ、あぁ……ちょっ」
「遊斗お兄ちゃんが嘘ついたせい」
「う、嘘?」
「定食を頼んだ人、ポテトサラダが小皿でついてた」
「え、ええー? それは知らなかったなぁ……」
「何度も学食を利用してるのに、知らないはずない」
食券を買い終えて、残金を財布に入れていく心々乃。誤魔化しているのがわかっているからこそ、ボソボソと言う。
「そんなに優しくされると困る……」
「……え?」
「……や、やっぱり、なんでもない。食券渡しにいこ……」
「あ、う、うん」
そうして遊斗の裾を引っ張っていく心々乃は、カウンターに向かっていくのだった。
* * * *
「な、なあ。前の二人……あれ
「だ、だよな……」
「めっちゃ小走りだな……」
「顔見られないように……だろうなぁ」
遊斗達の後ろに並んでいた二人の学生は、カウンターに向かう心々乃の面様をしっかり捉えていた。
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