第32話 心々乃④

「やっぱりポテトサラダついてた」

「あ、あはは……。心々乃さんが頼んでくれたおかげでたくさん食べれるよ」

 注文した料理をトレーに乗せて空いた席に座る二人。

 早速三女からツッコミを入れられる遊斗であり、『いただきます』と挨拶をしながら互いに料理を食べていく。


「あっ、言い忘れてた。奢ってもらって本当に大丈夫なの? 今からでもお金を……」

「ううん、全然平気。お金には少し余裕があるから」

「そう言ってくれると気持ちは楽だけど……心々乃さんもバイトしているんだっけ?」

「……」

「え?」

 今思えば、この手に関することは全然聞いていなかった。興味本位で質問すれば、返ってきたのはまさかの無言だった。

 予想していなかった展開にまばたきを繰り返していれば、言いづらそうにしながらも答えてくれた。


「え、えっと……。あまり詳しくは言えないけど、お仕事してるから、お金は大丈夫なの」

「へ、へえー」

 なんて反応で終わるわけではない。

『どんなお仕事をしてるの?』と、話を膨らませようとしたその瞬間である。


「……おうどん美味しい」

 追及されたくないようにあからさまに話題を逸らす心々乃。

 ちゅるちゅるとうどんを口に入れながら、どこか落ち着きのない様子を見せている。


「ははは、あまり聞かれたくない?」

「うん……。恥ずかしい」

「そっか。それなら聞かないことにします」

「あ、ありがとう……」

「いやいや」

 正直に言えば猛烈に気になっているが、言いたくないことを無理やり言わせるのは好ましくない。

 申し訳なさそうにコクっと頷いた姿を可愛らしく思いながら、先ほど振ってくれた話題に繋げる。


「学食美味しいでしょ?」

「美味しい……。今日は来てよかった」

「本当!? そう言ってくれると誘った甲斐があるよ。約束通り、また一緒に来ようね」

「約束だよ?」

「もちろん」

 長女の真白や次女の美結とは違って、口数が少なく静かな性格を持つ心々乃だが、そんな三女の個性もまた好ましく思っている遊斗は、変わらず楽しい思いができている。


「あ。話は変わるけど……少し驚いたことある」

「驚いたこと?」

「見てる感じ、一人で学食に来てる人が多い。高校の時と全然違うから」

「あー確かにそれはあるね」

 高校生は特に多感な時期で、集団生活を前提としている場でもある。

 気にする必要のないことだが、一人でいるだけでも周りの目が気になってしまうこともある。


「大学生になると基本的に一人行動だから、それが大きく影響してるんじゃないかな。あとは精神的にも大人になったりとか」

「高校と比べたら、一人で過ごしやすそう」

「うんうん。そう感じられてるなら、もしもの時は一人でも学食は利用できそうだね?」

「それは……難しい」

「あははっ、なんだそれ」

 とんでもない真顔で言いのける心々乃に思わずツッコミを入れてしまう。


「やっぱり周りの目を気にしちゃう?」

「あとは少し心細い……。真白お姉ちゃんと、美結お姉ちゃんには内緒だよ……?」

「承りました」

 高校生の時はずっと三人でいたことも影響しているのだろうか、『しー』と伸ばした人差し指を口に近づける三女。

 面白いのは表情がなにも変わっていないこと。

 無表情だが、恥ずかしいからという理由であることはひしひしと伝わってくる。

 そんな思いが伝わったからこそ、遊斗はこんなことを聞くのだ。


「ちなみにだけど、今日は何限まで講義入ってる?」

「今日は4限まで」

「真白さんと美結さんは?」

「真白お姉ちゃんは1と2と3と5限で、美結お姉ちゃんは2限までだからもう帰ってると思う」

「つまり……心々乃さんは一人で帰る予定?」

『コク』と、頷く。

 遊斗の聞きたいことは、これで全て聞くことができた。


「ね、もしよかったら今日一緒に帰る?」

「え……」

「自分は3限までだけど、わからないところを先生に聞きにいく予定だったし、今日はバイトもないんだよね」

「い、いいの? そんなこと言ったら、甘えちゃう……よ?」

 利き手に持っていた箸を下ろし、上目遣いで首を傾けた心々乃に対し、笑顔を浮かべて首を縦に振る遊斗である。


「それじゃあ——」

 なんて話をまとめようとした矢先だった。

 タイミング悪く、ブーブーと振動音を耳に拾う。

 それはマナーモードの着信音で、電話を拾ったスマホは心々乃がテーブルに置いたピンクのスマホだった。


「ぁ……。電話出ても大丈夫? 美結お姉ちゃんから」

「はは、もちろん大丈夫だよ」

 丁寧に一言を入れた三女は、応答のボタンを押してスマホを耳に当てた。


「どうしたの? 美結お姉ちゃん」

『心々乃! 友達から教えてもらったんだけど、あんた今遊斗兄ぃと——』

「……」

 耳をスマホから離し、無言で電話を切った心々乃である。


「え? な、なんか早すぎない?」

「……今日は一緒に帰ろうね、遊斗お兄ちゃん」

「あ、う、うん……。それじゃあ4限が終わる頃にはこっちから連絡を入れるよ」

「ありがとう」

『絶対に一緒に帰る』そんな思いが強く伝わったのは気のせいだろうか。

 この時、独占欲を滲ませていた心々乃だった。



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