第33話 Side心々乃⑤
「おまたせ……。待った……?」
「いや、そんなことないよ。余った時間で自習をしてたから」
「ならよかった」
時刻は16時40分。
4限の講義が終わった後、A棟の玄関口で義兄の遊斗と合流を果たした心々乃。
(なんだかデートをするみたい……)
ストーリーに合わせたイラストの仕事も行っている分、こんなことを思いながらトコトコと近づいていく。
「あ、講義の方はどうだった? 頑張れた?」
「頑張ったけど、疲れた」
「あはは、やっぱり一日で4限は大変だよね。講義時間も長いし」
「大変」
大学やその環境に慣れたらもう少し楽になるのだろうが、まだ慣れてはいない。苦労も人一倍だ。
「でも、ちゃんと頑張った心々乃さんには——はい。プレゼント」
「え? あ、ありがとう……」
遊斗はカバンの中からコンビニの袋を差し出してくる。
その袋を両手で受け取り、中を覗いてみればチョコレートやバームクーヘン、プリンなどの甘いお菓子が入っていた。
「これ、本当にもらっていいの?」
「もちろん。明日も大変だろうけど頑張ろうね」
「う、うん……」
こんなものをもらえるとは思っていなかった。
(嬉しいな……。優しいな……)
プリンはまだまだ冷えている。
つまり、合流をする前に買ったもので、コンビニで買い物をする時間を計算して自習を終わらせたということ。
些細な気遣いを受け、心が温まっていく心々乃である。
(義理のお兄ちゃんは、みんなこんなに優しいのかな……)
身近にそういう人がいなかっただけに、こればかりはわからない。
「荷物持たなくて大丈夫? 4限分あるから相当重たいでしょ?」
「う、ううん。大丈夫」
(やっぱり、みんなこんなに優しいわけがない)
心配そうに首を傾げながら聞かれ、結論はすぐに出る。
「そ、そう?」
「そう。力はあるから。見て」
力こぶを見せるように長袖を捲って右肘を曲げる。
「ほら、盛り上がってるよね」
「えっと……それは盛り上がってるかな?」
「触ってみる? 少し硬くなってる」
「いや、それは大丈夫! 力があるのはわかったよ。うん」
「……?」
肌を見ないように目を逸らしている遊斗だが、腕を見られるくらいはなにも恥ずかしくない心々乃である。
「じ、じゃあ行こっか」
「うん。遊斗お兄ちゃんのお家に」
長袖を戻しながら答えれば、ニッコリされる。
「さすがに送ってもらうわけにはいかないよ。年上だし、なにより男だし」
「……子ども扱いはしなくていいよ。わたしはもう成人してる」
(お仕事もしてる。えっちなイラスト描ける……)
遊斗の繋ぎ言葉に対し、心の中で言い返す。も、当然これは伝わらない。
「あ、子ども扱いはしてないよ。心々乃さんのことが大事なだけ」
「っ、恥ずかしいこと言ってる……」
「コ、コホン。うるさいです」
恥ずかしそうに咳払いをしている。
「ま、まあそんなわけだから、ここは譲ってほしいな」
「……」
「ダメ?」
「じゃあ……甘えてあげる。そう言ってもらえるのは嬉しいから」
「あはは、ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
負担がかかるはずなのにお礼を言われる。
お世辞や皮肉のようなものでなく、本当に感謝しているように。
(……)
誰もができるわけではない素敵な行動に対し、心々乃は小さな恩返しをすることにする。
「送ってもらうかわりに、遊斗お兄ちゃんにわたしのお家教える。近くに来たりしたら、寄ってね」
『仕事を悟られないように、住んでいる場所は教えない方がいい』
そんなことを言われているが、学食で仕事のことは追及されなかったのだ。
問題ないと判断した上でのこと。
しかし——。
「本当!? それじゃあ臨海駅に行くことがあったら、マンションに寄らせてもらうね」
「え……」
最寄りの臨海駅。そして、『マンション』の言葉で気づく。
「遊斗お兄ちゃん、もう教えてもらったの……? お家」
「部屋番号までは教えてもらってないけど、バイト終わりに美結さんと一緒に帰って、その時に。美結さんから聞いてなかった?」
「……全然聞いてない」
これは心々乃にとって衝撃的な内容。
(教えない方がいいって言ったの、美結お姉ちゃんなのに……)
そんな経緯があるからこそ。
また、『遊斗お兄ちゃんに一番に教えられる』なんて気持ちがあったからこそ、この発言はショックを受けることだった。
(本当にみんな抜け駆けするんだから……)
昔と変わらず油断も隙もない。改めてそう思う心々乃。
でも、今回ばかりはモヤモヤはしなかった。
今手に持っているコンビニ袋——遊斗が自分のために買ってきてくれたお菓子があることで。
(じゃあもうこれはわたしの独り占めにする……)
ぎゅっと取っ手を握って強く思う。
甘いものが大好物の真白に見つからないように。加えて美結からつまみ食いされないように。
「ね、遊斗お兄ちゃん」
「うん?」
「このお菓子をあげたこと、真白お姉ちゃんと美結お姉ちゃんには内緒にしてほしい」
「もちろん誰にも言うつもりはないよ。心々乃さんのために買ったものだから」
「ん。ありがとう……」
これで心々乃にも“二人だけのこと”を作ることができた。
長女と次女が知る由もないことを。
客観的に見たらただのコンビニ商品だが、自分のことを考えてプレゼントしてくれたこのお菓子は、心々乃にとっては何倍も価値のあるお菓子。
目を細めてうっすらと微笑む心々乃は、遊斗との肩の距離をもう一歩縮めるのだった。
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