第34話 帰路

「……遊斗お兄ちゃん、私達のお家入る?」

「えっ?」

 三女の心々乃からこの声をかけられたのは、電車を使って最寄り駅に着いた後のこと。


「お家には美結お姉ちゃんがいて、真白お姉ちゃんは夕方くらいに帰ってくるけど、それでも大丈夫ならいいよ」

「でもそれはいろいろ迷惑じゃない? お邪魔したくないわけじゃないけど、予定に入ってなかったことだし」

「私がもう少し一緒にいたい」

「ッ」

 表情を変えずに当たり前に言う心々乃。そして、予想もしていなかった言葉に驚く遊斗であるが——。


「あと、学食の時に美結お姉ちゃんからの電話をぶち切りしたから、怒られる時は遊斗お兄ちゃんの背中に隠れたい」

「そ、それ絶対……壁目的だよね? もう少し一緒にいたいってよりも壁目的じゃない?」

「もう少しいたい気持ちの方が強い」

「本当〜?」

「ん」

 ずっと生活を共にしている三姉妹なのだ。

 それぞれが怒られることにも慣れていて、人壁など必要もない。

 素直に伝えることが恥ずかしかったが故の言葉だが、筋が通った言い分なだけに遊斗は気づかない。


「お家来て」

「あ、あはは。そこまで言われたら少しお邪魔させてもらおうかな。正直、みんなと顔を合わせたい気持ちはあって」

「ありがとう。それじゃあちょっと待ってね。まず連絡しなきゃだから」

 育ちがいいと言うのか、歩道の端に寄った後に歩みを止めてポケットからスマホを取り出す心々乃は、白魚のような綺麗な指先で電話をかけるのだ。


 スピーカーにはなっていないが、ワンコール、ツーコール、スルーコールの音を遊斗が聞いた後、電話が取られた。


「あ、もしもし。美結お姉ちゃん」

「あ、心々乃ッ!!」

「うん、私だよ」

『私だよ、じゃないでしょ! あんたよくも即切りしておいて! 帰ってきたらお仕置きだかんねマジでー!』

 ムカー! とした美結の声が漏れて聞こえる。

 確かに『怒られる』と言ったことが現実になっているが、心々乃はなに一つとして動揺していない。

 そのまま電話を続けるのだ。


「あのね、美結お姉ちゃん」

『なに!?』

「今から遊斗お兄ちゃんを連れてお家に帰るね」

『っ、はあ!?』

 驚くのも無理はないだろう。口数が少ない彼女であるばかりに唐突な言い方になってもいるのだから。


『ちょ、今仕事中なんだけど! それよりもめっちゃラフな格好なんだけど!』

「ラフの姿は普段よりも可愛く見えるってアンケートに載ってた」

『じゃあラフのままでいっかー! とかなるわけないじゃん!』

 華麗な一人ツッコミが聞こえてくる。

 かなり焦っている様子だが、これができるのはさすがだろう。


『ちなみにあと何分くらいで着くわけ!?』

「10分あるかないかだと思う」

『お、おけ。とりあえずわかったから、できるだけゆっくり歩いてきて! あたしにも準備あるから』

「わかった。あとお仕事部屋はあれしてね」

『当然だって。それじゃ、マジでゆっくりきてね』

「うん」

 最初は怒られていた心々乃だが、いざ電話が終わってみれば仲良い会話に戻っている。

 遊斗としても安心するところである。


「それじゃあ行こ?」

「うん。って、今わかったんだけど……美結さん在宅で働いてるんだ?」

「私も真白お姉ちゃんも在宅で働いてる」

「三姉妹全員で!? それすっごいね」

「ありがと……」

 他人にも、友達にも、身内にも言えない仕事をしている三人。深堀りされるわけにはいかないが、褒められるのは嬉しいこと。

 ほんのりと表情を崩す心々乃である。


「だけど、これ以上は……」

「もちろんわかってる。聞かないようにするよ」

 学食でも同じ会話をしたのだ。

 気にならないの? と言われたら当然気になるが、家族に嫌なことをするわけにはいかない。詮索する真似は避ける遊斗である。


「ただ……心々乃さんはもっと自分のお仕事に自信を持っていいと思うけどなぁ。恥ずかしがることもないよ」

「どんなお仕事……でも?」

「まあ人を騙したり、法に触れたりするような仕事はまた別だけど……心々乃さん達がそんなことするわけないし」

 そうして一区切りする遊斗は、一拍置いて言葉を繋げる。


「まあその、お金を稼ぐって立派なことだし、どんなお仕事でも人の助けになったり、喜ばせることができたりするものだから、もっと胸を張っていいと思うな」

「……」

「心々乃さん?」

「……今までそんな風に考えたことなかった」

 ボソリと。


「はは、でも今言ったことは間違ってないでしょ?」

「うん。私のお仕事は喜ばせられてる……」

「でしょ? だから恥ずかしく思うことはなにもないよ。どんなお仕事をしてても、自分は応援するから」

「っ……。あ、ありがとう…………ね」

 少し口ごもった心々乃は目を伏せるようにして顔を下げる。それはまるで今の顔を見られないように。


「……遊斗お兄ちゃん、お家行くよ」

「手、手も……握るの?」

「迷子になるかもだから」

「もう20歳だから迷子にはならないかなぁ、なんて……」

「でも、念のため……」

 ここでちょぴり頑固になる心々乃は、手にぎゅっと力を入れて遊斗を先導するのである。

 遊斗の前を歩くのも、今の顔を見られたくない。ただそんな理由だった。


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