第35話 仲の良さ
高層マンションの15階。
「ちょ、心々乃帰ってくるの早いって!」
「これでも遅く帰ってきた方だよ。エレベーターも少し待ったから」
「え、マジで!?」
その1509号の玄関では早速の言い合いが始まっていた。
「いやいや、さすがにエレベーターは待ってないでしょ」
「待ったよね、遊斗お兄ちゃん」
「——ぁ」
と、ここで流れ弾が飛んでくる。今まで掴んでいた手を一度ギュッとした後、こっそりと離して。
「——う、うん。タイミング悪くて3台動いてた」
「マジで!? あ、遊斗兄ぃども」
「久しぶり。って、美結さん家じゃメガネしてるんだ? ちょっとビックリした」
「へ?」
この声に頓狂な声をあげる美結は、反射的に両手で目を押さえた。
当然、その手は丸いレンズによって防がれる。
ここでハッと気づいた様子の美結は、すぐに縁の大きい丸メガネを取った。
「美結お姉ちゃん、『あたしのメガネ姿はダサい』って言って家でしかつけないの」
「そうなの? 十分似合ってると思うけどなぁ……」
「それホントに思ってる? これだよ?」
もう一回メガネをつけた美結。疑っているのだろう、細い眉は八の字になっているが、義妹という補正なしに似合っているというのが本音である。
「似合ってなかったらこんなこと言わないよ?」
「ふぅん……。なんかそれ遊斗兄ぃのセンスがないだけも気もするけど……遊斗兄ぃがそう思ってるならこのままでいっかな。コンタクトつけるのめんどくさいし」
なぜか口撃されたしまった遊斗は苦笑いを。その一方で嬉しそうな声を作っている美結である。
「まあそれじゃ入りなよ。なにもないけどさ」
「ん、美結お姉ちゃんの言う通り入って」
「ありがとう」
そうして、初めて三姉妹が住むマンションの中に入る遊斗である。
ジロジロ見るのは失礼だとわかっているが、本当に広い室内である。
廊下を歩くだけで5つのドアが目に入る。
そのうちの3つがそれぞれの自室で、残りはお手洗いとお風呂場に繋がるドアだろうか。
光沢のある床を歩いて正面のドアを開ければ、ようやくリビングに着く。
「う、うおぉ……」
そこを目に入れた途端、圧巻の声を漏らす遊斗。
開放感のあるオープンキッチンに、清潔感ある白いカーテン、統一感のあるインテリアと配色。
女の子の家というよりは、女性の家といった落ち着きのある雰囲気のある部屋になっていた。
「結構綺麗にしてるでしょ?」
「美結さんがいつも綺麗にしてるの?」
「まあ真白姉ぇのおかげなんだけどね」
「一番厳しい人なの」
「あ、あはは。そうなんだ」
家庭的な性格を持っている彼女なだけに、それはすぐに納得ができる。両手を腰に当てて二人をビシバシ注意しているのだろう。
「それにしても本当に広いね……。外観からそんな気はしてたけど……」
「3人で住んでるから、それなりのところに住まないと不便だしね」
「家賃の方は大丈夫なの?」
突っ込むところではないが、義理に兄という立場上どうしても気になってしまう。
「そこは大丈夫だよね、心々乃」
「うん。家賃は高いけど、三等分で払ってるから」
「あっ、なるほど。三等分ならそこまで高くなるわけでもないのか」
「そうそう。さすがにここの家賃を一人で払うのはしんどいって」
この言葉を聞いて一安心する。
「……遊斗お兄ちゃん、立ちっぱなしも疲れるから座って」
「気遣ってもらってごめんね、じゃあソファーに座らせてもらうよ」
「心々乃、それ言うの遅いって。せっかく譲ってあげてたのに」
「タイミング掴めなかっただけ。美結お姉ちゃんがすぐ話そうとするから」
「あたしのせいだって?」
「ん」
「ねえねえ、遊斗兄ぃはどう思う? 心々乃のせいじゃない?」
「美結お姉ちゃんのせいだよね」
「あ、あはは……」
喧嘩するほど仲がいいというのか、これが二人の関係なのだろう。また言い合いが始まった。
今度は巻き込まれて。
「っと、まああたしのせいでいいや。その分遊斗兄ぃに慰めてもらお」
長い戦いになるかと思えば、早期の離脱。
その分頭を回転させることに要領を使っていたのだろう、『構って』というように隣に座ってきた。
「遊斗お兄ちゃん、蹴っていいよ。美結お姉ちゃんを」
「ははっ、そんなことできないって」
無表情で。さらに倒置法の強調と蹴る動作を加えた心々乃に思わず噴き出して笑ってしまう。
「それより美結お姉ちゃんはもっと離れて。距離が近いから」
「はあ? 二人で学食食べて、その雰囲気を崩したくなかったかなんかで電話ブチ切りしてきた心々乃に言われたくないんだけど」
「……」
「もっと言えば、二人きりで帰ってきた心々乃がそれ言えないって」
「言える。ただ普通に帰ってきただけだから」
冷蔵庫を開けてお茶を取り出してコップを準備している心々乃に、ソファーからニンマリと見ている美結は言う。
「心々乃のことだから、普通に帰ってきたわけないでしょ。どうせ手とか繋いだんじゃないの?」
「……美結お姉ちゃんじゃないんだから、そんなことしない」
「あっそう。でもここからは離れないけどねぇ」
「なら、美結お姉ちゃんのお茶だけは注いであげない。注ごうとしてたけど」
「い、いやいや。それはちょっと勘弁してよ。別に注いでくれてもいいじゃん!」
喉が渇いていたのか、一瞬で
一人暮らしを続けている遊斗にとって、こんなわちゃわちゃした空間は微笑ましいこと。
「……」
目を細くする遊斗は、手のひらに残っている心々乃の手の感触を薄めるように、ソファーの生地を自然に触るのだった。
三女が嘘をついていることが、こちらからバレないように。
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