第15話 再会の日⑧

 時刻は18時30分過ぎ。

 大型スーパーに足を運んだ四人だったが、買い物カゴが半分ほど埋まったところで美結と心々乃は少し距離を置いて話していた。


「……ね、心々乃。あれヤバくない? なんであれができると思う?」

「わからない……」

 二人が目に入れるのは、ちっちゃい真白が背伸びをしたりで高い棚にある商品を一生懸命手に取り、ちっちゃい真白が重い商品も手に取っているという光景。

 それを遊斗が手渡しで受け取り、カゴの中に入れるという光景。


『役割が違くない?』

『もう少し手伝ってやれよ』

 そんな意見が出ても不思議ではないが、美結と心々乃は驚嘆しているのだ。

 真白のコンプレックスを刺激せず、本人の『やりたい』という気持ちを汲み取って、尊重したものだと。

 こんなこと誰にでもできるはずがない。


「真白姉ぇの地雷踏み抜かないのってマジでどうなってんだろ……。ファミレスとかもろもろであんなに気を遣ってくれたのに、今だけは手伝ってないって絶対わかってやってる証拠だよね」

「うん……。バケモノ」

「手伝えば手伝うだけ喜んでもらえるって考えるのが普通だしねぇ……」

「あれはわたし達のお兄ちゃん」

「とりあえずめっちゃ自慢できるね」

「ん、できる」

 ピクリと眉を上げてニヤける美結と、コクっと頷きながら即答する心々乃。

『義兄』だという補正は間違いなく入っているが、補正を抜きにしてもその評価は変わらないだろう。


「……あと、嬉しい」

「え? 嬉しいって自慢できることが?」

「ううん、真白お姉ちゃんのこと、ちゃんと考えてくれてるところ……」

「なるほどね、そこはあたしも同じだけどさ」

 姉妹愛が感じ取れるやり取りだろう。


「……遊斗お兄ちゃん、なにも変わってなくてよかった」

「てかさ、小さい頃のあたし達ってめっちゃ構ってちゃんだったから、それが今の遊斗兄ぃにも影響してる感ない? 面倒見よすぎだし、保育士みたいな雰囲気出てるし」

「……わかる」

 二人がこの会話をしながら見つめる先は、スキップしそうなほどご機嫌に買い物をしている真白。

 先ほど口にした通り、遊斗の面倒見がよい結果、長女がああなっているわけである。


「いやぁ、あんな人にあたし達の仕事教えたらどんな反応するんだろ」

「健全な方を教えれば大丈夫……」

「R-18の方がバレたら?」

「……腰を抜かすと思う」

「にひひっ、目ん玉も飛び出しそうだよね」

 面白おかしく余裕のある態度を見せている美結だが、全ては想像の話だからである。


「引かれないか心配……」

「まあエッチなイラストの方が、ファンがつきやすいことを説明すれば理解してくれる気はするけどね。あたし達も生活するために必要なことをしてるわけだし」

「でも、えっちなことに興味あるって思われる……」

 ぼそほそと言い、顔を赤くしながら『それだけは嫌……』と伝える心々乃だが、『はあ?』と表情を崩す美結がいる。


「実際に興味あるのは事実じゃん。一番ムッツリなの心々乃だし」

「ち、違う……。そんなことない。本当にそんなことないもん……」

「いやいや、アッチ系の投稿数見ても心々乃がダントツじゃん。わざわざ棒まで描いてリアリティ出してるし」

「……み、美結お姉ちゃんのばか……」

 確かな物的証拠と正論に完敗する心々乃は、捨てセリフを吐いて遊斗の元に走っていく。

 ——顔を真っ赤にしながら。


「あーあ。その状態で戻っちゃダメだって……」

 美結の独り言は正しい方向に転がる。


「あれ? 心々乃さん大丈夫?」

「っ……!?」

 次女が耳に入れるのは、面倒見のいい遊斗に完全に捕らえられた言葉。

 心々乃は三姉妹の中でも一番のインドア派。三姉妹の中で一番肌の白いからこそ、色づいた顔がより目立つわけでもある。


「はあ、仕方ないなぁ……」

『エッチな話から逃げてきた』なんて正直なことを言えるはずもない。

 あわあわしている心々乃を見て、呆れながらゆっくり近づいていく美結である。


「心配させてごめんね、遊斗兄ぃ。心々乃の体をくすぐってたらこうなってさ」

「あはは、なるほどね。他のお客さんの迷惑にならないようにね?」

「ん、もうしないようにするからさ」

 完璧な助け舟である。

 チラッと三女に視線を送り、こっそり人差し指を立てる美結。

『貸し一つだからね』と伝えるが、心々乃はジト目になって首を横に振る。『美結お姉ちゃんのせい』だと。


「ねえ遊斗兄ぃ。心々乃が全然可愛くない」

「え? 可愛いのに?」

「っ!」

「あっ……」

 自然な流れから本音を滑らせてしまい口に手を当てる遊斗と、それに対して息を呑む心々乃。


「……」

「……」

 冷たい視線を送るのは、真白と美結の二人。

「あ、別に変な意味で言ったわけじゃないからね!? 今のはその、なんて言うか——

!」

 その視線が『どうして心々乃だけ……』なんて理由からきているものだと察すことができなかった遊斗は、必死で弁明を始める。


 そんな本人は余裕がなくなったからこそ気づけなかった。

 横に流した前髪を目にかけようとして、熱のこもった顔をできるだけ隠そうとしていた三女のことを。


 * * * *


 それからどうにか口を滑らせてしまった時の空気も戻り——時刻は20時40分。


「あ、あの……どうでしょうか?」

「めちゃくちゃ美味しい。本当に」

「あっ、ありがとうございます!」

 真白の手料理、チキンのトマト煮を一口食べる遊斗は、あまりの美味しさに真顔で答える。

 そして感想を聞いた瞬間、にぱあとなる真白。


「朝ご飯も作ってあるので、もしよければ食べてくださいねっ」

「えっ、そうなの!? 助かるよ!!」

 打ち解けたように話している二人を見て、さらには褒められていた心々乃を思い返す美結は……ぷくぅと頬を膨らましていた。

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