第9話 再会の日②

 時刻は13時20分。

 約束の時間から20分が過ぎてしまった時間。


「こ、これはヤバイな……。仕方がないとはいえ引き継ぎの人が遅刻するなんて……」

『バイトがあるから遅れてしまう』と連絡していたものの、イレギュラーな事態により想定以上の遅れが生じてしまった現在。

 “十数年ぶりの再会”に対する心の準備も整えず、ただただ走ることに努め——なんとか集合場所のファミレスにたどり着いた。


「はあ、はあ……。こ、ここにみんなが……」

 この店の中に義妹たちがいる。そう思った瞬間、息切れしているはずなのに呼吸がしづらくなるほどの緊張に襲われてしまう。

 なんせ義妹のこと……三姉妹について有益な情報を挙げれば、それぞれの名前を知っていることだけ。

 大学生になって身長も顔立ちも変わっているのだから、当時の記憶などなにも参考にならないのだ。

 言わば初対面の相手と対面することとなにも変わらないような状況。


「こ、こんなことなら顔写真でも送ってもらえばよかったな……」

 義妹に再会できる喜びや嬉しさで、大事なことがすっぽ抜けていた。

 容姿の情報が一つでもあれば、この緊張は間違いなく緩和していたことだろう。


「ふう……。後悔しても意味ない意味ない」

 頬をパンパンと両手で叩き、気持ちを切り替えるように大きく深呼吸をする遊斗は、最低限の息を整える。

 そして、これ以上待たせないよう勇気を振り絞ってファミレスの出入り口を潜っていく。


「いらっしゃいませー! 何名さまのご利用でしょうか?」

 中に入れば駆け足で接客をしてくれる店員さん。


「えっと四人で待ち合わせをしている者でして、もう来ていると思うのですが……」

「承知しました! それではお待ちされてますお席の方へどうぞ!」

「あ……」

 その席に案内されることもなく、置いてけぼりにされる遊斗。……しかし、待ち合わせの場合はこれが基本的な接客となる。

『顔がわからない相手と待ち合わせ』なんて状況の方が珍しいのだから。客の友達や知人の元に案内するというのは、基本的に不必要な行動なのだから。


「と、とりあえず3人で座ってるお客さんのところに……。恐らく禁煙席だろうから……」

 相手がわからないからこそ怖いが、動かなければどうしようもないこと。

 三人の女子大生で固まっている場所はどこか、キョロキョロと客席を回っていた矢先。

『あっ!』との声が角の席から聞こえてくる。

 反射的にすぐにそちらに視線を向ければ、バイト先で出会った女の子が偶然座っていた。


「うっそ! スターバックのお兄さんじゃん! おひさじゃん!」

「ああっ! あの時、席を譲ってくれた!」

「そーそー! 覚えててくれてんのマジで嬉しいんだけど。また機会があればお邪魔させてもらうよ」

「あはは、ありがとうございます。その際には是非」

 初めて出会った時と変わらずのコミュニケーション能力である。

 スラスラとやり取りすることができ、デート日であるようなオシャレをした彼女の笑顔は見惚れてしまいそうなほど綺麗だった。

 そんな相手とのやり取りを終えて、連れの友達に一礼しようとすれば、ここでも偶然が起きる。


「あ、あの! わたしのこと覚えてますかっ!? あなたに教室を案内してもらった……」

「ッ! もちろん覚えてます! って、先輩もいらっしゃるじゃないですか!!」

「……う、うん。やっほ……」

 方向音痴で小学生のような見た目をした子に、大学内のコンビニでいちごミルクの飴を渡した子までいる。

 とんでもない再会に驚いていたのは、遊斗だけではなかった。


「ちょ、待って。二人もこの人と関わりあるわけ!?」

「うんっ! この方がわたしのことを助けてくれた先輩さんなのっ!」

「な、なるほどね。でもこの人なら納得。どんな偶然かって話だけど」

 数日前にした『誰か一番優しい人に会ったのか論争』で詳細を聞いている美結なのだ。

 その人物が彼だとわかり、無駄なことをしていたと苦笑する。


「それで、なんか先輩、、とか言われている人がいるわけだけど」

「……気のせい」

 大人しげな彼女と一瞬目が合う遊斗だが、頬を赤らめて顔を逸らされてしまう。

 恥ずかしがり屋な性格が影響しているのか、誤魔化し方が下手くそすぎる。


「あはは……。あの時は気を遣わせてしまって本当にすみません」

「う、ううん。わたしの方こそごめんなさい」

「いえいえ、お気持ちすごく嬉しかったので」

「そ、そう言ってもらえると……嬉しいです……」

 なぜあの時『先輩』だと嘘をついたのか、その目的がわかっているからこそ、穏便に済む話である。

 そしてさすがのコミュニケーション能力を持つ金髪の彼女は——。

「そう言えばさ、お兄さんはもしかしなくてもデートだったり? 今日は特にカッコいいじゃん」

 水を差すようなことをせず、空気を読んだように話を変えてくれる。

 ちなみに小学生のような見た目の女の子は、ずーーっとニコニコしながらこちらの様子を見守っている。


「実は大切な待ち合わせがありまして、少しでもいい格好ができたらって」

「へえー! 実はあたし達も大切な待ち合わせがあって、めちゃくちゃオシャレしてきたんだよね。みんな時間ギリギリまで鏡見て整えたりしてさ」

「ははっ、そうなんですね」

 みんなを褒めるべきところだが、今その余裕はない。

 加えて余裕がないのは待ち合わせをしている彼女らも同じだった。


「長話しちゃってごめんね。お互い待ち合わせしてることらしいし、この辺にしよっか」

「ですね。それではまた大学やカフェでお会いした際には仲良くしてもらえたらと」

「了解!」

「こちらこそ仲良くしていただけたら嬉しいです」

「う、うん。わたしも」

「ありがとうございます」

 そうして軽い雑談も終わり、一礼して別れた遊斗は改めて席を回っていく。


『な、なんか全員がお人形さんみたいな顔立ちですごい集まりだったな……。少し顔が似てたし姉妹さんかな?』

 なんてことを思いながら。——思いながら、喫煙席を見て回るも、義妹らを見つけることは叶わなかった。


「あ、あれ……? さすがに来てないってことないだろうし……」

 頭を悩ませるも、本当に来ていない可能性もある。


「あの……本当にすみません」

「はいっ! どうされましたか?」

 恥を忍んで遊斗が頼るのは、入店時に接客をしてもらった店員さんである。


「変なことをお聞きするのですが、三名で来店されて、一名待ち合わせがあることを伝えられたお客さんはおりますか? 今日十数年ぶりに会うものでして……」

「あっ、それでしたらあちらの禁煙席の角の席に座れておりますお客様ですね!」

 丁寧な指差しで場所を示してくれる。

「え……。あ……ありがとうございます……」

「どういたしまして! それではごゆっくりお過ごしください」

 それが店員さんとの最後の会話。度肝を抜かれた会話である。


 目をパチパチさせる遊斗は、震えた足であの席に戻っていく。

「あれ? どしたのお兄さん」

「なにかお困りごとですか?」

「……うん?」

 当たり前の疑問符を浮かべる三姉妹に、言う。

 今思えば、気づくべきだった。


「あ、あの……真白さんに美結さん、心々乃さんのお席ですかね? ここって……」

「えっ? そうだけどなんであたし達の名前知ってんの?」

 率先して聞いてくる彼女に、再び放つ。


「えっと、自分がその……遊斗です……。あの、今日十数年ぶりに会う……」

「……」

「……」

「……」

 勇気を出して伝えれば、三姉妹は青の双眸そうぼうをまんまるくして、無言。


「え?」

「はっ?」

「……え」

 次に時間差でくる返事。


「ど、どうも。本当にお久しぶりです。義理の兄……です。あ、あはは……」

「ふ、ふふふっ……」

「に、にひひ……」

「あ……は」

 全員が苦笑いを浮かべた後。


『なんてことだ……』というように手で顔を覆う構図が4つ作られていた。

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