第10話 再会の日③

「ま、待ち合わせに遅れちゃって本当にごめんね。バイト先でちょっとごちゃごちゃに巻き込まれちゃって……」

「き、気にしないでください。……ね?」

「う、うん。ゆっくり待つつもりだったし」

「そ、そう……。ゆっくり待つつもり……だった」

 一つ空いた席に座り、ぎこちないやり取りをする今。


『実は大切な待ち合わせがありまして、少しでもいい格好ができたらって』

 三姉妹は、義兄からこの言葉を。

『へえー! 実はあたし達も大切な待ち合わせがあって、めちゃくちゃオシャレしてきたんだよね。みんな時間ギリギリまで鏡見て整えたりしてさ』

 義兄は三姉妹からこの言葉を聞いているからこそ、初手から気まずい空気に包まれていたが——自然と和らいでいく。

 お互いに顔がわからなかったとはいえ、初対面ではない。関係値がないわけではない。

 昔は同じ屋根の下で暮らしていた家族で、懐かしいという思いに包まれていたのだから。


「もう三人はなにか注文したの?」

「えっと、ドリンクバーだけ先に四つ注文してます。それ以外は遊斗おおにい……遊斗さんが到着されてから注文しようと決めてまして」

「真白ぇ、小学生料金でドリンクバー取られかけたよね。相変わらず」

「学生証を出すスピードすごかった」

「っ! もー! なんで遊斗お兄さんの前でそれを言うのっ! 言わない約束だったでしょ!?」

「そうだっけ?」

「記憶にない」

「あははっ」

 隣に座るちっちゃな子が三女だと思っていた遊斗だが、まさかの長女だった。

 しかし幼少期の性格が変わっていないことは見てわかる通りで、金髪の陽気な彼女が次女の美結で、茶髪の大人しい彼女が三女の心々乃だということもわかった。


「今日は自分がお金出すから、好きなものを注文していいからね」

「そんな悪いですよ。ここは私たち三人が出しますので」

「そうそう、ここは甘えなって」

「それがいいと思う……」

 三体一で意見が対立するが、その雰囲気はとても柔らかいもの。

「いやいや、このくらいはカッコつけさせてほしいな」

「遊斗……兄ぃは、服装でカッコつけてるじゃん? 勝負服で来てるわけだしさ」

「そっ、それとこれは別なの」

「ぷっ」

 痛いところを突かれてしまう。上手に弄られてしまう。

 本当に昔と変わっていないヤンチャな次女である。


「ま、まあとりあえず注文をどうしよっか?」

「遊斗お兄さん、メニューをどうぞ」

「ありがとう」

 遊斗の正面に美結と心々乃という構図のため、メニューを渡してくれるのは隣にいる真白である。


「ね、真白お姉ちゃん。遊斗さんと距離、近いと思う……」

「それあたしも思った。助けてもらったのが遊斗ぃだからって、ちょっとベタベタしすぎだって」

「一緒にメニューを見るんだからこうなります。……あっ、もしかして二人はヤキモチを焼いているのかな〜?」

「そ、そのニヤニヤうっざ!!」

「……絶対仕返しする」

「むふ」

 こっそりとドヤ顔で妹を挑発する真白。

 じゃんけんで負けた結果、最高の席を引き当てたのだからこうもなるだろう。

 そして『小学生料金を取られそうになった』ことをバラされてしまったのだ。やっぱりこうなるだろう。

 仲良さそうなやり取りを聞く遊斗は、微笑みながらメニューを選んでいく。


「じゃあ自分はデミグラスハンバーグの和食セットで」

「あたしはカルボナーラパスタと和風サラダ」

「わたしも……美結お姉ちゃんと同じの」

「私はどうしようかな……。あ、あの、遊斗お兄さんはたくさん食べる女性ってどう思いますか……?」

「え?」

 突然と真白から上目遣いで問われる。


「自分は全然気にしないよ。むしろ遠慮せずに食べてくれた方が嬉しいな」

「あ、ありがとうございます! それではピンポン押しちゃいますね! 注文は私に任せてくださいっ」

 と、小さな手で呼び出しベルを押す真白。すぐに店員さんが来て注文を取ってくれる。


「えっと、デミグラスハンバーグの和食セットが一つ。カルボナーラパスタと和風サラダが二つ。レモンステーキの和食セットと、おろし唐揚げ定食と、ミックスサラダをください」

「……ぇ」

 後半から明らかに多い注文。

 注文を伝える真白に対し、お手本のような二度見をする遊斗は、目を皿のようにして正面を向く。

『あ、あの体であんなに入るの!? 定食がほぼ二つだよ!?』

 そんな訴えに、美結と心々乃はコクコクと頷く。

 一体どこにそんな量が入るのかと愕然とする遊斗である。


「——注文は以上になります!」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 そうして提供待ちの時間となる。


「っと、それじゃあ自分は飲み物注いでくるよ」

「わたしも飲み終わったので一緒にいきますねっ」

「はーい」

『一緒に注いでこようか?』と提案しようとした遊斗だが、『一緒にいきたい』との真白の気持ちを上手に汲み取った上での返事だった。


 * * * *


「ねえ心々乃、マジでヤバくない?」

「う、うん。ヤバい……」

 そして、二人がドリンクバーに向かっている際、こそこそと話し合う美結と心々乃がいる。


「あのさ、前に話してた優しい人って全員が遊斗兄ぃだったってオチでしょ?」

「そう。すごすぎる偶然……」

「最高じゃない?」

「……最高」

 心々乃が小さくグッジョブのハンドサインをすると、美結も同じように返す。


「思ったんだけど……昔となにも変わってないよね。遊斗兄ぃって」

「すごく優しい……。わたし達を知らないのに、あんな対応をしてくれたから」

「いやさ、マジであの人が……なんだね。あの大学に通えて本当によかったっていうか、嬉しすぎてヤバいんだけど」

「わたしも嬉しい……。真白お姉ちゃんもすごく喜んでる。ほら」

 ドリンクバーが並ぶその機械に目を向けると、遊斗の後ろをカルガモの赤ちゃんのようについていっている真白がいる。

 頭上には音符が立っているようにご機嫌で、頬が蕩けているような笑顔で楽しそうに飲み物を選んでいる。


「予定じゃファミレスで顔合わせた後は別れるって感じだけど……どうする?」

「嫌……」

「だよねぇ」

「だけど、他にいくところある? 遊斗お兄ちゃんはバイト終わりだから、お買い物とか好ましくないと思う」

「コンビニでなにか適当に買って、家とか?」

「っ!?」

「だってさ、遊斗兄ぃの住所知りたくない……? 今まで十何年と会ってなかったんだから、いろいろ関わっていきたいじゃん」

「うん……」

「じゃあタイミングを計ってそんな風に流すから、援護してくれる?」

「わかった」

 相手が相手だからこそ、もっと長い時間過ごせるように今後の流れを密かに計画する。

 その算段が終われば——。


「さて!」

 美結は立ち上がり、当たり前の顔をして真白の席を占領するのだ。


「よーし、取った取った」

「美結お姉ちゃん、それずるい…………」

「早い者勝ちってね〜」

「むー……」

 ぼんぼんぼんぼんと軽い机ドンを繰り返して不満を伝える心々乃に対し、不敵に笑う美結であり、ご機嫌で戻ってきた長女は当然怒ることになる。


「なっ! なんで私の席に美結がいるのっ!」

「あはは、でもこの機会だから席替えもいいかもね」

「なっ……」

「むっふっふ」

 遊斗を味方につけてドヤ顔を見せる美結は知る由もない。

 次にドリンクのお代わりをしようと席を離れた時、別の人物にその席を占領されてしまうことを。

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