第11話 再会の日④

「遊斗お兄ちゃ……遊斗さん、身長すごく伸びた……?」

 おずおずとその声を三女の心々乃からかけられたのは、注文された料理がきてからのこと。


「中学3年生から高校の時にグンと伸びたかなぁ。今は176センチくらいだと思う」

「めっちゃデカいじゃん。あたしと10cm以上離れてるし」

「わたしとは20cm……」

「私は25cmくらいかなあ……」


「それでもみんな大きくなったね。しばらく見ない間に」

「まあ……ねぇ」

「そう……」

 遊斗の言葉に微妙な反応を示すのは、美結と心々乃。

 その二人はジトッとした目を長女の真白に向けていた。


「な、なんですか。そこの二人の目は!」

「真白ぇ、身長を5cmも盛るのはどうかと思うけど。それ厚底ブーツの高さまで稼いでるじゃん」

「真白お姉ちゃん身長が145センチだから、30cm差」

「そんなところは細かく訂正しなくていいよねっ!!」

「嘘ついた方が悪いって」

「うん」

「あははっ」

「遊斗お兄さんも笑わないでください!」


 一人暮らしをしているばかりに、この明るい会話はとても楽しく感じるもの。

 だが、コンプレックスなのは理解している。

 プリプリして目の前のステーキを大きく頬張る真白にしっかりフォローを入れる。

 これは義兄として当然のことだろう。


「それでも真白さんは大人っぽいと思うよ。服装も綺麗に着こなしてるし、香水を振っているところも女性らしいし」

 可愛らしい童顔には触れない。いや、フォローできないために触れられない。

 それ以外のことで褒めれば、もぐもぐしていた真白の口が止まった。

 目を大きくして、青の瞳を宝石のように輝く。


「褒め方んっっま……。今のが即席とかヤバすぎでしょ」

「うん……」

 美結と心々乃の小声が正面から届いたが、長女には聞こえていなかった。

 いまだにキラキラしたお目目めめでこちらを見続けている。


「えっと、見続けられると恥ずかしいな?」

「っ!」

 我に返るようなまばたき。

 そして頬張ったお肉を飲み込むために——もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ忙しく動かしている。

「ねえ、遊斗ぃって絶対彼女いるでしょ?」

「え? いないよ!?」

「絶対に嘘……」

「たくさん告白を受けてはいますよね!?」

 復活した真白も合流してくる。


「それが情けない話……本当にモテてなくて」

「いやいや、それはありえないって! 遊斗兄ぃタラしじゃん」

「誑し!? いやいや、本当の本当に。本当なら見栄張りたいくらいだもん」

「モテてないはずない。気づけなかったのは、女の人から彼女がいるって勘違いされてたからだと思う……」

「そ、そんなことはないような……」

「あると思いますっ!!」

 妄信的にフォローしてくれる真白は先ほどのお礼をしてくれているのだろう。

 義理堅さを感じる。


「って、この手の話で言えば、みんなの土俵じゃない? 三人とも恋人とかいないの? 中学高校とかたくさんモテたでしょ?」

「まあ一般的に見たらモテた方だと思うけど……最悪だったよ? あたしに振られたら次に心々乃とか真白ぇに狙いを定めるとかさ。中高は風紀検査があって同じ髪型だったから、容姿で似てる部分も多くって」

「そっか……。それは辛いな……」

 三姉妹の三つ子ならではの悩みだろう。

 確かにそんなことをされたら尊厳を傷つけられたように感じるはずだ。

 遊斗だってその話を聞くだけで嫌な気持ちになってしまう。


「……大人っぽい人もいなかった」

「あはは、中高だとそれは仕方ないかもね。自分もその頃は落ち着きがなかったし」

「遊斗お兄さんでも……です?」

「周りはそんなこと思ってないヤツだって。遊斗兄ぃが落ち着いてないとか想像できないって」

「昔から面倒見がよくて、ずっと落ち着いてたよ……? その記憶ある」


「お? じゃあそう言うことにしておこうかな」

「そう言うこともなにも、絶対落ち着いてたって!」

「ありがとうね。そう言ってくれて」

「そ、そこでお礼は言わなくていいって……。笑顔も……本当」

「……美結お姉ちゃん照れた」

「はあ? 全然照れてなんかないし!」


 遊斗と同じように、三姉妹も昔の記憶があるのだろう。そうと信じて疑っていない様子には嬉しくなる。


「じゃあ心々乃さんの好きなタイプは大人っぽい人なんだ?」

「っ! わ、わ、わたしだけじゃない……。真白お姉ちゃんも、美結お姉ちゃんも、そんな人がタイプ。三つ子だから、そんなところも似てるの……」

「心々乃が一番そんなタイプ好きなくせに」

「そんなことない。みんなと同じくらい。普通。本当……」

「こんな風にたくさん区切る時が、心々乃が図星を突かれている証拠なんです」

「ははっ、そうなんだ。それはいい情報を聞けたよ」

「むぅ……」


 極秘情報だったのか、ぼんぼんぼんぼんとテーブルを叩いて不満をぶつけている心々乃。

 ムッとしているものの、これっぽっちも圧を感じない。周りに迷惑をかけないような音に調整しているのはなんとも微笑ましかった。


「ふふ、少しシメっぽい話になっちゃうけど、今日はみんなと会えてよかったよ。再会できるようなキッカケを作ってくれて本当にありがとう」

「いえいえ! こちらこそお会いできて本当によかったです。あの時に助けてくれた先輩が遊斗お兄さんだということも知れたので!」

「マジでシメっぽい話でウケる。っと、今のうちに飲み物おかわりしてこよっと。心々乃はもう残ってないけどなにか注いでこよっか?」

「今は平気」

「ほーい。じゃあちょっとごめんね、遊斗ぃ」

「もちろん」


 遊斗が座っているのは窓側ではなく通路側。一度席から立って出られるスペースを作る。

 美結がいなくなったことを確認すれば——。

 心々乃がのっそりと体勢を落としていき、視界から消えていった。

 正面にいる遊斗はすぐにその行動に気づき、テーブルの下を覗き込めば、にょきっっと可愛らしい顔が隣から出てきて、体も出てくる。


「遊斗お兄ちゃ……遊斗さんのお隣、取った」

 そう言いながら遊斗の隣を陣取ると、テーブルの上にある美結の料理を取り替えていき、席順を上手に変えたのだ。

 真白から『お行儀が悪い』なんて視線を無視するように立ち回っているのは気のせいではないだろう。


「次から自分が窓際に移るね? その方がみんなの席替えもしやすいと思うから」

「ありがとうございます! 心々乃、次は私の番だからね?」

「……このままでいい」

「独り占めはダメ」

 心々乃の失敗は、隣になりたいという気持ちが先行したばかりに飲み物がないということだろう。


「心々乃さん、ちょっとだけ耳貸してくれる?」

「う、うん……?」

 彼女が隣にきたことで遊斗は耳を貸してもらうように小声に変え、ずっと言いたかったことを伝える。


「自分のことは好きな呼び方で呼んでいいからね。なにもからかったりしないから」

「っ」

 目を細めて心々乃に優しく伝えれば、サッと顔を逸らされてしまう遊斗。

 そんな彼の驚く様子を含めて見つめる真白は、全てを察しているようにニッコリと嬉しそうな笑みを作っていたのだった。



 それから少しして——。

「はあ!? 心々乃それマジで怒るよ!?」

「……早い者勝ち」

 こんなやり取りを聞く遊斗と真白でもある。


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